表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/45

野辺送り

 俺だって死者の声を聞くなんて半信半疑だったが、祖母の風貌やこの村の因習と相まって信じていたふしがある。


 それを祖母の娘であり、巫女聞きの修業までしていた人にそう言われては返す言葉もない。


「お母ちゃんは、はっきり言わへんかったけど、わたしは修業してたからわかるんや。死者の声なんか聞こえへん」


 ここまで言って叔母は、一心不乱に泣き続ける女性たちから視線をそらせ横に立つ俺に真っすぐな視線を投げかけた。


「でもな、嘘でも人の心を癒すには必要なこともある。お母ちゃんがやってたことは、間違いやないとは思うけど、わたしは聞こえんもんをさも聞こえたように言うのは無理やった。それだけのことや」


 俺に言うというよりも、自分に言い聞かせるような口調だった。しかし、祖母に特別な力がないのであれば、俺に言った忠告はなんだったんだ。


 やはりただの錯乱で、自分で土を口に詰め込んだのは、ひょっとして自分が今までついてきた嘘がもう漏れないようにしたとか?


 そうであればいい……。


 俺は葬列を見送る人々の群れの中に、六花を探した。六花は長い髪をひとつにくくり黒いワンピースをまとっていた。顔には疲労の色が浮かんでいて、祖母を亡くした孫の顔をしている。


 俺は心の底で、六花が祖母を殺したのかもしれないと疑っていた。でも、祖母が殺されたのでなければ六花を疑わなくてもいい。


 また、物悲しい鉦の音が響き渡った。野辺送りの葬列の出発の合図の鉦だ。その音を聞き、泣き伏していた人々はパッとお棺から離れた。その顔には、悲しみではなくどこかほこらしげな表情を浮かべている。自分たちの役目を全うした達成感だろうか。


 鉦を持つこの美山地区で三番目の高齢者である山下さんを先頭に、ゆっくりと葬列は動き始めた。


 次に続くのは死者の弁当だという餅を担ぐ役。これは子供の代わりに、六花の友人未希ちゃんに白羽の矢が立った。そして位牌は母が持ち、その後ろに死者のお膳を持った叔母、導師が続く。


 導師の後ろからは俺が担ぐ、座棺が行く。座棺は二本の棒をくくりつけ前後ひとりづつ担ぎ手が担ぐ。肩に、祖母とお棺の重みが食い込む。


 何とも言えない生々しい重みだ。今までの人生でこれほどあらゆる意味で、重いものを持ったことがない。佑樹くんが拒否した気持ちが嫌と言うほどわかる。


 お棺の横には、喪主である父が天蓋てんがいという日除けのような飾りを、お棺の上にかざしていた。


 そして最後尾にはお経の書かれた白いはたが四本付き従った。この幡持ちは、近所の人がしてくれた。


 葬列はゆるゆると山をのぼって行き、詣り墓についた。しかしそこを素通りして葬列はもっと奥へ向かう。


 詣り墓の奥にある、遺体を埋める埋葬地であるサンマイへ到着した。俺の体は冬だと言うのに汗が吹き出し、悪寒を感じ全身が震えていた。


 ここに足を踏み入れるのは七年ぶりで、六花を埋めて以来だ。

 六花が死んだところ。俺が罪を犯したところ。できれば、お棺を放り出し今すぐ逃げ出したい。


 震える体にムチを打ち、指示通りサンマイの入り口にある蓮華の花をかたどった石の台の上にお棺を置いた。


 ドスンと大きな音を立ててお棺をおろしふと目を上げると、蓮華台の前にずらりと並んだ六地蔵と目が合う。


 柔和な地蔵の顔はうっすらとほほ笑んでいて、まるで無様に怯える俺をあざ笑っているようだった。


 お棺に向かい導師がお経を唱え始めた。地の底から聞こえてくるような、低い低い声は俺の腹の底に響く。


 じっとお経に耳を傾け目線がさまよわないように集中する。六花を埋めた場所を無意識で探してしまわないように。


 あの時は暗闇の中、ライトの光を頼りに埋めたので場所はほとんど覚えていない。それでもそこには六花が這い出した痕跡が、今も残っているのではないかと怖気づく。


 お経が終わると、いよいよ埋葬の時がやってきた。サンマイにはあらかじめ墓掘り人が墓穴を掘り、待機していた。


 俺は指示された墓穴へお棺を担ぎ、中へおろした。墓穴は二メートル程の深さで、お棺はきれいに収まった。導師は辺りに落ちていた手のひらより大きな石を拾い、お棺の上に置いた。


「この石おいとかんと、仏さんの体に悪いもんがつくさかいな。成仏できんのや」


 途端、静まり返るサンマイにカラーンと耳をつんざく派手な音がこだました。俺の持っていた担ぎ棒が手から離れ倒れた音だった。


 いっせいにみんなが俺を見たので、あわてて謝りしゃがみ込む。取り落とした棒を拾った手は、ブルブルと震えていた。


 顔から血の気が引いているのが自分でもわかった。

 しかし、何食わぬ顔で祖母のお棺に墓掘り人の手で土がかけられていく様子を見ていた。


 六花は、俺が石をおかなかったからよみがえったのか? 

 そう思って、直ちに否定する。石をおくなんて、ただの迷信だ。しかし、俺が掘った穴から六花が這い出てきたのは、まぎれもない事実。


 仮死状態であったかどうかは、関係ない。今の六花は普通ではないのだから。よみがえる時、何か得体の知れないものが体に入り込んだのでは……。


 では、得体の知れないものを追い出せば元の六花に戻るのではないだろうか。俺が、不確かな確証を心の中で膨らましている間に、祖母の埋葬は終わった。土饅頭の上に墓標が立てられ、野辺送りのメンバーはその墓標に向かって手を合わせていた。


 すると、住職がふいにサンマイの奥に歩き出した。


「おっさん、どこ行かはんの?」


 叔父が声をかけると、住職はサンマイの一番奥にあった崩れそうな墓石に向かって手を合わせていた。


「いやな、イツキさまに手を合わせとかなと思て」


 その台詞に、この村で育った大人たちは「ああ」ともらし納得したようだったが、未希ちゃんは首を傾げた。母は、はなから興味なさそうな顔をしてそっぽを向き、俺はますます顔を青くしたのだった。


 祖母の言っていた『イツキさま』のことではないのか。


「イツキさまって、何ですか?」


 未希ちゃんが場違いな程明るい声で、俺が聞きたいことを聞いてくれた。


「未希ちゃん知らんのかいな。この村に逃げてきたお姫さまの話」


 住職が未希ちゃんに言うと、あっけらかんと「知らん」と答える。


「イツキさまはなあ、帝のお姫さまでイツキノミコやって――」


「ちょと待ってください。イツキノミコっていうのがわからへん」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ