葬儀
祖母の遺体が帰ってきたその日の夜遅く、ふたたび元日に集まったメンバーが集結した。まず来迎寺の住職が、母屋の座敷に北枕で寝かされた祖母の傍らで枕経をとなえ、それから細かい打ち合わせに入った。
葬儀会社も頼んでいるので、その打ち合わせに同席してもらった。葬儀会社の人も、土葬は初めてだと困惑した顔をしている。
通夜は明日の三日夜、葬儀は四日のお昼からに決まった。もろもろの手順を住職が説明していく。野辺送りに使う葬具は寺で保存されているそうだ。
野辺送りの葬列は導師をふくめ十二人必要だった。
「先頭の鉦持ち役は村の長老の役目やけど、新井さんもう九十や。墓地まで歩けんで」
叔父さんが、渋い顔をした。
「そやなあ、他の人に頼もか。でももう、ここらの年よりはみんな八十は軽く超えてるし、一番元気な人に頼んでみよ」
父が提案した。
「まあ、あとの役は親戚やら近所の人に頼んだらええわ。でも、仏さんの餅を運ぶ子供はどうする?」
住職さんが毛のない頭をつるりとなでた。
「ここらに、子供おらんからなあ。子供は無理でも若い子にあたってみるわ。それと、棺桶は明日の昼ぐらいには届くさかい」
田所さんに、座棺の手配を任せていた。
「あの、葬儀会社としては祭壇を組むことだけで、よろしいでしょうか」
じっと静かに話を聞いていたスーツ姿の男性が、おずおずと口をはさんだ。
「ええですよ。本来、葬式を仕切んのは、寺の仕事やったのにいつの間にか葬儀会社が仕切るようになって。わしが、枕経いったらぜんぶ決まってるなんてこともあるんや。寺と喪主が話し合って葬儀のこと決めるんが本来の姿でっせ」
住職は、なぜかちょっと得意げだった。
「おっさん、あとは墓掘り人やけど、三人はいりますねえ。これは若いもんにしかできんし」
叔父さんはちらりと俺の顔を見た。
墓掘りって、サンマイに行き穴を掘るということか。昔、六花を埋めた所へまた……。正座をしている膝を、痛いくらい握りしめていた。
「りょうちゃんは、お棺担いでもらわなあかんやろ。担ぎ手は、仏さんの孫て決まってる」
叔父さんの視線に気づいた住職が、俺に違う役を割り振ってくれたけれど、どちらにしてもサンマイへ行かなければならないということだ。俺はこの時点になって、はじめて恐怖を感じ始めた。
また、あそこに行かなければならないのか。
俺が青い顔をしていたのだろう。父が俺に語り掛けた。
「涼太は大阪で育ったから、土葬なんて怖いわなあ。でも、ばあさんへの孝行やと思て勤めてくれよ」
祖母への孝行と言われても、あの人が祖母であったという実感はいまだに持てない。それでも、この場で嫌だと騒ぐわけにもいかず、俺は力なくうなずくしかなかった。
住職さんと田所さんそれに葬儀会社の人が帰ると、俺はまだ納棺されず顔に白い布を被せられた祖母から距離をとって座り込んでいた。
祖母は警察で口の中の土はきれいに取られて、あの鬼のような形相が嘘のようなきれいな顔でこの家に帰ってきた。ごく一部の人を除き祖母の死にざまはふせられ、ただの自死だったとされた。
もう二度と動くことのない祖母の遺体を見ていると、本当に自死だったのかもしれないと思えてくる。
俺にわけのわからないことを言ったことを思えば、あの時からおかしかったのかもしれない。父も母も警察の見解をそのまま鵜呑みにすることにしたようで、死因については何も言わない。
とにかく、葬儀を無事に済ますことに集中しているようだ。六花も、母と叔母さんの手伝いを黙々として口数がすくない。
葬儀まで、今日と明日の夜は寝ずの番をしなければならない。今日は俺と父の番だった。母屋には他に、奈良へ嫁に行った父の妹も駆けつけていた。
とにかく、余計なことを考えず忙しさに身を任せる方が、この場をやり過ごせる。
……ここまで考えて、ふっと笑いがもれた。
結局俺は、昔とちっとも変っていない。六花のことも、自分の都合のいいように解釈して、やり過ごした。
とにかく受験勉強という目の前の作業に没頭して、ここから逃げることばかり考えていた。六花が別人であろうが、生き返ったのであろうが、見て見ぬふりをしたのだ。
こんなヘタレでは、そのうち大きなしっぺ返しがきそうだな。
冷たくなった祖母の白い髪が、蛍光灯の青白い光を反射していた。あの時、祖母は何が言いたかったのか。イツキさまとは何なのか。祖母は巫女聞きだけでなく、予言のようなものも口にしていたと言う。
何か今回の惨事を予知していたのだろうか。あの時祖母を突き放すのではなく、話をもっと聞いておけば、こんな結果にはならなかったのかもしれない。
それとも、祖母の忠告通り東京に帰っていたら、祖母は死なずに済んだのか……。
今更考えてもしょうがいないことを、俺は一晩中考えていた。
*
通夜も無事終わり、いよいよ葬儀の日となった。その日は冬晴れの気持ちのいい澄んだ青空が広がっていた。
葬儀の手伝いをする人々は口々に、祖母の人柄がよかったからお天道さまが晴れにしてくれたと言った。
好天に恵まれたのは祖母の手柄ということだ。何事も、葬儀は死者が主役なのだ。
午後二時になり、鉦が打ち鳴らされた。カーンカーンと物悲しい鉦の音が山間の村を駆け抜け、乾いた空気を震わせ空へ昇って行く。
葬儀の始まりの合図である。鉦の音と共に、来迎寺の住職の勤行が始まった。
母屋に組まれた祭壇には田所さんが手配した座棺がおかれ、祖母の遺影の周りには菊の花がびっしりと隙間なく飾られていた。
後川家の親戚一同がうち揃い、座している。みな喪服の中、父だけが古式ゆかしい白い羽織はかまという白装束を身につけていた。
この村では、喪主は白装束と決まっているそうだ。帰省に喪服など持ってきていなかった俺は、父の喪服を拝借した。体に合わないが、着ないよりはましだ。
俺の横には、叔父さんの息子の佑樹くんが座っていた。佑樹くんは昨日帰宅するや、自分が棺桶を担ぐ役と聞かされ、断固拒否したそうだ。
そこまで嫌がられてはしょうがないと、村に住む遠縁の男性が担ぎ手をかって出てくれた。祖母は血のつながった孫ではなく、血のつながらない孫である俺に担がれ墓場まで運ばれるのだ。
住職の指示で、親族弔問客が焼香をすませいよいよ出棺の時がきた。
祖母を信望していた田所さんたちのグループは、通夜の時から手伝っていて今日も参列していた。
そのグループの女性たちが出棺の時に、お棺にすがりついて泣き出したのだ。大声であまりにも大仰なその鳴き声は滑稽でさえあった。
たまたま隣にいた奈良に住む叔母がぼそりと、俺の耳だけに入る声で言った。
「泣女の真似かいな。今どき、あないなことするなんて。ほんま大層な人らやで」
祖母を慕っていた人たちを馬鹿にしたような声に、俺は少しだけ違和感を覚えた。この叔母はめったに、この村に帰ってこない。若いころ、祖母の下で巫女聞きの修業をしていたのをやめたそうだ。
その時に何かあったのだろうと、前から思っていた。
「おばあさんのこと、本当に慕ってたんじゃないんですか」
なおも続く慟哭にまぎれて、叔母に問うた。
「ふん。お母ちゃんは予言どころか、死者の声なんか聞こえん。ぜんぶでまかせ言うてたんや」
「えっ……」
困惑のつぶやきは、抑えようとしても漏れ出ていた。




