土葬
祖母の遺体は司法解剖に回され、しばらく葬式も出せない状態。母屋は規制線が張られ、六花はしばらく離れで暮らすことになった。
元日の夕方に警察が帰ると離れには叔父さんと来迎寺の住職、それと祖母のところに出入りしている人たちの代表としてあの田所さんが集まってきていた。
田所さんは、俺が橋の上で見かけた人だ。田所さんは祖母への悔やみを言うと祖母から伝言を預かっていると切り出した。
「巫女さんは、自分が亡くなったら土葬にしてほしい。この山の土に帰りたいて、言うたはりました」
その発言に一番に、叔父さんが異を唱えた。
「今どき、土葬てそんな無茶な。ここ十年はやってへんかったで」
「いや、正確には九年前が最後や。わしが導師したんやし、覚えてる」
来迎寺の住職が口を挟んだ。
「九年も十年もかわらしまへんで、おっさん」
叔父さんの口から出た、『おっさん』という言い方は僧侶につかわれるこの地域独特の言葉だった。
ちなみに発音は、語尾が上がるのではなく下がるのである。
「そやかて、お母ちゃんがそう望んでたんやったらそうしよ」
父が長男らしくまとめに入ったが、叔父さんはなおも反発する。
「兄貴は簡単に言うけど、面倒なことはぜんぶこっちにまわすやろ。第一土葬やったら野辺送りや、穴掘りやら人数いんねんで。それに、棺桶はどうすんねん」
ここに引っ越してきてから一度だけ、野辺送りを見たことがあった。土葬では、普通の長い棺桶ではなく、仏さんが座って収まる四角い座棺が使われる。
「どうせ、正月には葬式出せへんのやし。その間に準備したらええ。うちらも手伝うし、座棺はとなりの地区の大工が作ってくれるはずや」
田所さんは、父に加勢する。正月に葬儀をするのは昔から縁起が悪いとされているけれど、その前に祖母の遺体がいつ帰ってくるかもわからないのだ。
「とりあえず、土葬で準備始めよ。これからどうなるかわからんけど、お母ちゃんには立派な葬式出してやりたい。あんな死に方したんや。本人の希望きいたらんと、成仏できひんで」
父は涙声でかたり、そこまで言われては叔父さんも何も言えない様子でうつむいていた。そのうつむく顔を上げ、叔父さんは俺を見る。
「りょうちゃん、三日には帰る言うてたけど延期してや。とにかく土葬は人出がいんねん。親族が率先してせなあかん。りょうちゃんも気張ってや。うちの佑樹も明日には帰ってくるしな」
話し合いを人ごとのように聞いていた俺に話がふられ、息をのむ。そうだ、俺は祖母が死んだのだから葬儀に出ないといけないのだ、三日になんて帰れるわけがない。
「今回は長期休暇とってますんで。何ができるかわかりませんが。がんばります」
何をがんばればいいのかなんてさっぱりわからないが、とりあえず口ではそう言っておいた。そして頭の中では、飛行機のチケットの心配をしていた。
「今どきの火葬はとにかく簡単で、あっちゅう間に終わってしまう。そうすると、気持ちの整理がつかんままになってしまうんや。その点、土葬は手間ひまかけてるうちに、不思議と仏さんと向き合うて気持ちの整理ができんのや。まあ、大変やけどするだけの価値はありますわ」
住職さんがそうしめくくり、祖母の遺体が帰ってきたらまた集まることで落ち着いた。帰り際に、台所にいた母と叔母さんへこまごまと用意するものを伝え住職さんは帰って行った。
叔父さんと、父と俺だけになったリビングで叔父さんは声をしぼる。
「犯人のめぼしは、ついてるんか?」
父は、首をふる。
「お母ちゃん、なんか恨みでもかってたんやろか。巫女聞きでトラブルあったとか」
「さあ、なんも知らん。そういうことなら、六花の方が知ってるかもしれん。なんせ、いっしょに住んでたのは六花やし」
六花へすべてなげようとする父を不快に思う。
「しかし、正月に亡くなるなんてなあ。誰か引っ張られへんかったらええけど」
叔父さんは大きなため息をついて、不穏な台詞を吐いた。
「引っ張られるって、どういう意味ですか」
「昔の言い伝えや。正月に人が死んだら、次の仏さんを引っ張って行くてな」
祖母が次の死者をつくるということか。そんな禍々しい、言い伝えがあるなんて。
「昔の話や。気にせんとって」
叔父さんは黙り込んだ俺の背中を邪気払いするように、二回バンバンと叩いた。祖母の死にざまを見た俺に、本当に邪気が入り込んできそうな気がする。
そういう弱った心の隙間に、何か悪いものが入り込んでくるのだろう。俺は、ぎゅっと唇をかみしめた。
*
祖母の遺体は意外にも早く、翌日の夜には家に帰ってきた。司法解剖の結果を刑事の口から聞いて、家族一同驚愕した。
「自死ですか? そんなあほな」
口火を切ったのは、父だった。
「どう見ても、殺されてるようにしか見えませんでしたけど。それに、祖母は自死するような人じゃないです」
俺の言葉に、刑事は苦笑する。
「自死のご家族は、たいていそう言います。でも、状況からしてそれしか考えられんのです」
刑事の話によると、第三者の指紋や足形はいっさい出てこなかった。なおかつ祖母の体には、おさえつけられた跡がどこにもない。
普通、無理やり口にものを詰め込まれたら暴れるので、犯人は馬乗りになるか腕をおさえつけるはずだ。しかしその跡がない。
「おばあさんは精神錯乱にでも陥って、自ら祠の前の土を掴んで口に詰め込んだんでしょう。爪の中に口の中と同じ土の成分がついてましたし。間違いないです」
そう、断言されたら素人は何も言えない。
「でも、部屋の電気が消えてたのは?」
もし本当に祖母が自死したとして、わざわざ電気を消して外に出るだろうか。俺が食い下がると、刑事はああ、と思い出したように言った。
「部屋の電気はついてたんですよ。朝あなたが家に入った時は、明るくて気づかんかったんでしょう。夜に電気が消えていたのは、そう見えただけじゃないですか」
そんなことはない、たしかに母屋は真っ暗だった。そう思ったが、もう口にはしなかった。




