事情聴取
母屋の電話で警察に通報すると、この間県道で会った木村巡査が一番に駆けつけてきた。
現場まで案内すると腰をぬかすほど驚いて、
「落ち着いてください、落ち着いてください」
と俺たちになのか、それとも自分への呼びかけなのかわからない言葉を繰り返していた。
まもなくサイレンが遠くから聞こえてきて、何台ものパトカーが来る頃には近所の人たちも異変に気付き後川家の前で様子をうかがっていた。
警察が現場を調べている間に、俺たちは離れのリビングに集められ一人ひとり指紋を取られ話を聞かれた。スーツを着た刑事がまず第一発見者の母を呼び出した。
母はあきらかに動揺していて、ちらちらと俺を伺う。
「聞かれたことに、答えればいいだけだから」
そう言って、俺は落ち着かせようとしたがあまり効果はなさそうだった。
次は父、そして俺の番が回ってきた。
襖を締め切り密室になったリビングの横にある狭い座敷に入ると、刑事がふたり押入れを背にして机の向こうに座っていた。
年かさの刑事はゆったりとした感じで、威圧感は感じない。しかしその横に座る若い刑事は、ペンを持ちメモ帳を片手に殺気だっていた。
年かさの刑事が、軽い挨拶をしてさっそく尋問を始めた。
「ええっと、こちらの息子さんの後川涼太さんでよろしいですね」
俺は短く返事をすると、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「昨晩はどこにおられました? 行動をできるだけ詳しくお聞かせください」
昨晩は、晩酌をしてその後十二時を過ぎてから初詣に行った。その時母屋を見ると真っ暗で、ふたりとも寝ていると思ったと答えると、初詣では誰と会ったかまで聞かれた。
母の話と辻褄があってるかどうか、たしかめるのだろうか。俺はできるだけ多くの挨拶を交わした人の名前を口にした。
「ふむ。ところで、お父さんとお母さんは再婚だそうですね。あなたはお母さんの連れ子で、亡くなったおばあさんとは血がつながらない」
隠す必要もないので素直にうなずいたが、人の家庭内のことをねちねち調べられているようで、いい気分はしなかった。
「妹さんとも、血はつながってないと。でも、なんで妹さんだけあちらで生活してるんでしょうね」
「そのことが、何か関係あるんですか」
つい、語気が強くなる。悪い印象をもたれたら、疑われる。そう思っても、不快な気分を隠せなかった。
「いやね、同じ質問はご両親にも聞きました。どちらも、あやふやなことしかおっしゃらないので、なんでかなとちょっと不思議に思っただけですよ。何も、ご家族の仲が悪かったとかそういうことは思ってませんから」
刑事の言い訳じみた言葉に、家庭内の仲の悪さを疑われていると感じた。
家族間で起こる殺人は、多い。それは俺も知っていた。殺人が家庭内で起こったら、まず家族を疑うのがセオリーなのかもしれない。
それ以上のことは聞かれず、俺は解放され次は六花の番だった。六花の顔色はあきらかに悪い。妹が心配だと同席を頼んだら、口を挟まなければいいと許可された。
六花は口だけで俺に『ありがとう』と合図した。純粋に六花を心配する心と、六花の中の『ナニカ』が暴走しないか見張ると言う意味も含んでいた。あの黒煙を俺以外の者の前で出せば、何もかも終わりだ。
座敷に刑事と机を挟んでふたりが座ると、俺にした同じ質問を六花へ投げかけた。
「昨日は、十時になったらものすごく眠くなってきてそのまま寝ました。朝までぐっすり寝て、朝起きたらお兄ちゃんが部屋に入ってきておばあちゃんが死んだって教えてくれるまで、何にも気づきませんでした」
「おばあさんが、何時に寝たかわかりませんよね」
「おばあちゃんは、いつも年が明けたら若水を汲んで祠の神様にお供えするから、夜中まで起きてたと思います」
若水を汲む風習なんて、俺は知らなかった。ということは、祖母は新年になって祠に若水を供えに行って襲われたということか。
しかし、それなら母屋の電気はついているはずだが。
「このお家は、犬飼うてますか」
『犬』という単語に一瞬緊張が走り、思わず六花の方へ視線を投げようとした。田舎の家は番犬代わりに犬を飼っている家が多いので、そう訊かれただけなのだろう。
それでも、カイが死んだ要因まで訊かれたのかと思い返答が遅れた。
「――犬は飼ってたんですが、年末に逃げ出して今はいません」
動揺を隠し淡々と答えると、刑事はそれ以上カイについてはつっこまなかった。
「なるほど、なるほど。じゃあ、最期にもうひとつ。おばあさんは、何か悩み事とか、心配事とかありませんでしたか」
俺と六花は顔を見合わせた。刑事の質問の意図がわからなかったからだ。なぜそんなことを聞くのか。さっぱりわからない。
それでも六花は、なんとか答えを用意した。
「年末もいつも通り、お正月の用意したり忙しくしてて。特別沈んでるような様子もなかったし、元気にしてましたけど」
その答えを聞いて刑事は、俺たちをその場から解放した。




