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罪悪感

 うごめく漆黒の闇の中で、俺は忘れたい悪夢のような過去を思い起こしていた。


 いっしょに死のうと言う六花は、目線がさだまらず明らかにおかしかった。何かにとりつかれているように表情がなく、ただ死のみをひたすら口にした。


 そんな六花が恐ろしく、突き飛ばしたのだけれど、運悪くそこに石があった。六花はそのまま石にあたまを打ち付け、死んでしまった。

 

 頭から血を流し、うつろな目がぱかりと開いた六花は幽鬼そのもので、俺はその場から一目散に逃げ出した。


 今思えば、なんとも無責任でどうしようもない奴だ。すぐに救急車か警察を呼べばよかったのだが、妹とこっそり付き合っているという後ろ暗い高校生に、そんな勇気はなかった。


 自室に籠もってみじめに震えるていると、六花の望み通り俺も死ぬべきだとだんだん思い始めた。しかし、母の顔が浮かび思いとどまったのだ。


 俺を育ててくれた母を残して死ねない。母は俺が東京へ行くことを望んでいる。それを叶えないと。


 そのことだけに心を集中させ、他の思考は追い出した。そして、呪文のように「なんとかしないと、なんとかしないと」とつぶやき続けた。


 深夜になり、ライトとスコップをもち再びサンマイへ忍んで行った。自分が夕方に見た光景が夢で、そこに六花はいないんじゃないかと、半ば都合のいい妄想を抱きながら。


 しかし死体が消えるわけもない。月光の青い光をうけ、六花は冷たい土の上に横たわったままだった。


 頬に触れると氷のように冷たい。ただ眠っているのではないのだ。しかし開いたままの六花の瞳は、月の光が反射して黒曜石のようにきらめき生気を宿しているようだった。


 俺は六花のまぶたを閉じ、黙々と穴を掘りそこに葬った。ここには普段、誰もこない。都合がいいことに、スマホの電波も届かないのだ。


 六花は行方不明として片付けられるだろう。そうでないと、俺は警察につかまり大学へ行くこともかなわず破滅する。


 俺の狙い通り、六花は行方をくらませ神隠しにあったという事実で落ち着きそうだった。それなのに……。


「お兄ちゃん。わたしが生きて現れて、びっくりした?」


 黒い霧はいつの間にか晴れ、街灯の心もとない光の下で六花がたたずんでいた。耳には水の流れる音が聞こえ、あんなに鳴きわめいていたカイは六花の足元でこと切れていた。


「おまえは、誰だ」


 恐怖におののき、まだ声が無様にひきつっている。


「さあ、誰やろ。自分でもわからん」


 六花はつまらなさそうに、下唇をすこしだけ突き出した。そのしぐさは死んだ六花そのものだった。


「わからんって、でも六花の記憶があるってことは六花なんじゃないのか」


 さきほど、自分で六花じゃないと断定したくせに、まだ六花の死を受け入れていない。俺はこの七年、ずっとこの思考の間で揺れていた。


 神隠しから帰ってきた六花は、ぼんやりと表情もなく、夢うつつな状態だった。冷たくなった遺体を見た俺にとって、なお別人にしか見えない。サンマイで六花の体にナニカが入り込んだんだ。そう確信したのだが……。


 少しづつ日常生活を取り戻し、家族や俺のことを覚えている六花は、元の六花のようだった。ひょっとして、六花は死んだのではなく仮死状態だったのではないかと都合の良い疑問を持ち始めた。


 六花はあの時死んだのか、それとも仮死状態から息を吹き返したのか。いったい、どちらが正しいのか。


 この村に足を踏み入れなかった三年の月日で、正解を出そうと決めたはずなのに。体から黒煙を吹き出す異様な六花の姿を見ても、まだわからない。


「お兄ちゃんにとったら、わたしが生きてる方が都合ええやろ。だって、自分は犯罪者にならんですむんやから、ほな、わたしが六花でええやんか」


 六花は朗らかにほほ笑んで、悲劇の男のフリをしている俺の欺瞞をついてきた。そうだ、俺は六花の死をかなしんでいるんじゃない。


 ただ、妹を死なせた罪悪感から逃げ出したいだけなんだ。逃げ出したいだけなら、この村に帰ってこなければよかった。ここに帰ってきた理由は、ひとえに自分の犯した罪に決着をつけるためだった。


「ははっ……」

 

 乾いた笑いが込み上げる。決着なんてたいそうなもんじゃない。ただ、楽になりたかったんだ。


「俺は、最低だな。死んだ方がいいんだよ、こんな男」


 六花が勢いよく俺の胸へ飛び込んできた。


「そんなん言わんといて。わたしの大事なお兄ちゃん」


 昔の六花と微妙に違うこのナニカを受け入れたら、俺は楽になれるのか?

 しかし、この六花を受け入れた先には何があるんだ。ふたりの未来なんて、何ひとつ俺には思い描けないのに。


    *


 暮れのせまった三十日は、この村では餅をつく家が多かった。


 二十九日はをつくから縁起が悪い。大晦日は忙しい。そういう理由で三十日に餅をついていた。


 さすがにもう杵と臼でつくのではなく、餅つき機をつかうけれど、この日は父の弟である叔父さん夫婦も手伝いにくる。


 父は三人兄弟で一番下の妹は奈良へ嫁に行き、この村にはいない。叔父さん夫婦はこの村に住んでいる。


 祖母の住む母屋の台所が餅つき会場だ。この日もいない父の代わりに俺は駆り出されていた。六花は気分がすぐれず寝込んでいると祖母が言うと、俺は心底ほっとした。


 昨晩、カイの死骸を御津川に捨てた。つい二日前に『おまえのこと捨てないからな』と言ったばかりなのに、俺はためらいもせず捨てた。


 父と母にはカイが散歩の途中で行方をくらましたと言うと、あっさりと了承しそれ以上聞いてこなかった。

 カイの存在なんて、そんな程度のものだったのだ。


六花ももうあれ以上、俺を追い詰めるようなことは何も言わなかった。六花は神隠しに合って、帰ってきた。そう思い込めば、何も変わらない。元通りの生活に戻れる。


 俺は、正月が終わればこの村をさるのだ。もう何も考えたくない。


「今年は佑樹ゆうき、正月にも帰ってこんて」


 叔父さんの奥さん、昌代まさよさんが餅箱を出しながら、母に向かって愚痴を言っていた。たしか、佑樹くんは大学生だったはずだ。


「うちの涼太もなかなか帰ってこんかった」


 母も昌代さんに話を合わせ適当なことを言い、餅箱に餅とり粉をまいていた。もち米は昨晩から水につけておき、今大きな蒸し器で蒸している最中だ。


 祖母が蒸し器の蓋をあけ、もち米をつまんで口に入れる。


「さあ、できたで」


 その声を合図に、みんなはてきぱきと動き始めた。



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