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イモウトを愛しただけなのに  作者: 澄田こころ(伊勢村朱音)
第二章 六花、高一の夏
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早くきて

「六花、ちょっと待って!」


 お兄ちゃんの声が、わたしを呼び止めた。振り返ると、お兄ちゃんがへんな英字がプリントされた黒いTシャツにデニムのパンツをはいて肩を上下にゆらしていた。

 ここまで、走ってきたのか息が乱れている。


「ちょっと、忘れ物。コンビニ行ってくるわ」


「じゃあ、あんまり遅くならないでね。暗くなるから」


「どこで、待ってる?」


 お兄ちゃんは、口の端をあげてのんびりと訊いた。


「サンマイで、待ってる」


 わたしが答えると、お兄ちゃんの口がすぐさまひきつる。


「サンマイて、なんであんなとこ」


 あそこは、死体が埋まっている埋葬地。昼でも薄暗い不気味な場所だった。


「あそこやったら、誰もこおへんし邪魔されんやろ」


 わたしの台詞に、お兄ちゃんはまだためらっている。わたしは、お兄ちゃんを懐柔しようと甘えた声を出した。


「最初だけいて、暗くなったら場所変えたらいいやん。夢幻峡の公園でもええし、電車乗って街に行ってもええし」


 ようやく、お兄ちゃんはうなずく。


「ほな、待ってて」と言って、坂道を駆けおりて行った。家の前の道は通らず、川に早く出られる獣道を行くのだろう。


 わたしはお兄ちゃんの後ろ姿が見えなくなっても、その姿を目で追いかけていた。本当に、これでいいのだろうかという迷いを抱えて立ちすくむ。


 ためらうわたしを、蝉の声が早くしろと追い立てた。踵を返し、サンマイをめざし歩き始める。


 しばらく行くと、墓石が並ぶ詣り墓に着いた。その脇にもっと奥へ続く細い道を見つける。あの先に、サンマイがある。ゆっくり、ゆっくり足を進める。


 木立がとぎれ、草深いサンマイにたどり着いた。草が生い茂る隙間に、木の墓標が乱立していた。最近は土葬が減っているので塔婆は古いものばかり。


 半分朽ちかけているものや、傾いている塔婆もある。足元には、大きな石がゴロゴロしていた。埋葬する時遺体の上におく石が、掘り返されて地表に出てきたのだろう。


 土葬は、何年かたったらまた同じ場所を掘り返して埋葬するのだ。そうしないと、埋める場所がなくなるから。その時に、前の埋葬者の骨が出たり石が出たりする。


 わたしは、草をかき分け一番奥を目指す。そこにはイツキさまの石塔があった。

 元は角張った長方形の形だった石塔は、長い年月をかけ角がとれ丸くなっている。そっと、石塔にふれるとボロボロと細かな石の粒が零れ落ちた。


 わたしは、しゃがみ込みイツキさまの石塔に手を合わせた。本当にこのまま心中をしていいのかと惑う心を抱えたまま、石塔を見つめる。

 イツキさまは恋に殉じたお姫さまで、この石塔の下に眠っているのだ。


 『恋を捨てるわけにはいかないわ。捨てるぐらいなら、死んだ方がましよ』


 苔むした石塔からそう語り掛ける声が、聞こえたような気がした。そのやさしく誘うような声を聞いたら、迷っていた心が嘘のように晴れやかな気持ちになってきた。


 恋に生きたイツキさまなら、わたしたちの恋を見守ってくれますか?


 心中して今の生を終えても、来世で結ばれればいい。新しい世界へ生まれ直したらいい。

 曾根崎心中のお初と徳兵衛みたいに。


 お兄ちゃんにどうやって殺してもらうかも、ちゃんと考えてきたんだし。それを実行に移さないと。


 曾根崎心中では、短刀でお初は命を散らしたけれど、それはちょっと無理だと思った。誤って、お兄ちゃんがわたしのお腹を刺したら大変だ。赤ちゃんが死んでしまう。


 赤ちゃんはわたしの中で永遠に生きるのだから。


 やはり赤ちゃんを傷つけずに死ぬには、首を絞めてもらうのが一番だ。まず、お兄ちゃんにわたしの首を絞めてもらい、その後お兄ちゃんがこのサンマイの木で首をくくる。わたしはしゃがんだまま、まわりの木立へ目を向けた。


 あそこでお兄ちゃんが首をくくったら、わたしと離れ離れになってしまう……。


 それはちょっと嫌だな。抱き合ったまま、お互いの首を絞めるというのはどうだろう。そういうことが、できるだろうか。お兄ちゃんがきたら、相談してみよう。


 お兄ちゃんは頭がいいんだから、きっといい死に方を考えてくれる。ふたりが手を取り合って死ねる方法を。そうですよね、イツキさま。


 ああ、楽しみだな。


 そう思えるようになると、急につわりもおさまり重かった頭もすっきりしてきた。きっと、赤ちゃんもわたしたちの旅立ちを喜んでくれている証拠だ。


 あの世で三人で暮らせることを楽しみにしてるんだ。待っててね、もうすぐだから。


 わたしは、お兄ちゃんがくるまでずっとイツキさまの石塔の前でうずくまり、語り合っていた。


 だんだん辺りが暗くなり、あれほどやかましかった蝉の声も小さくなっていく中、お兄ちゃんを今か今かと待っていた。


 背後で、草をふみわけ歩いてくる気配を感じた。お兄ちゃんだ!

 わたしは勢いよく立ち上がるとくらりとめまいがして、お兄ちゃんの胸の中に倒れ込んだ。


「大丈夫か。なんや最近、顔色も悪いし、痩せてきたやろ。なんか心配事でもあんのか」


 わたしはお兄ちゃんのすこし汗臭い胸に顔を押し付け、首をふった。


「大丈夫や、もう心配事は解決したし」


 わたしはパッと顔を上げカラリと笑い、お兄ちゃんの切れ長のきれいな目をじっとのぞき込む。


「あんな、いっしょに死んだら、何もかもうまくいくねん」


「はっ? 何言うてんのや、六花」


 お兄ちゃんは、きょとんとした顔でわたしの顔を見下ろしている。どうして、わたしの言ってることがわからないんだろう。


「だからな、いっしょに死んでって言うてんの」


 お兄ちゃんの顔に、困惑の色がひろがっていく。わたしの言うことを理解してくれないお兄ちゃんに、だんだんイライラしてきた。


「いや、意味わからんから。とりあえず、落ち着こ」


 お兄ちゃんの体はこわばり、わたしの肩に手をおき力を入れた。わたしは体をはなしたくなくて、お兄ちゃんの黒いTシャツにしがみつく。


「落ち着いてんで、わたし。ずっと考えててん。どうやったら、楽に死ねるかなって。おばあちゃんの腰ひも持って来たから、これで首絞めて」


 わたしはうつむきポケットをさぐり、腰ひもを取り出すとまたお兄ちゃんの顔を仰ぎ見る。

 そうしたら、お兄ちゃんの顔は恐怖にひきつっていた。


「何が怖いん? 今から死ぬんやから、何にも怖ないで。わたしといっしょやねんから。ほら」


 わたしが腰ひもをお兄ちゃんの首にかけようとした瞬間、思い切り突き飛ばされた。数歩よろめき後ろ向きに倒れそうになる。寸でのところで、受け身をとろうと身をよじり横向けになったけど、とっさに両手でお腹をかかえた。


 そのままお腹をかばい地面に倒れ込むと、こめかみに激しい痛みが走り、視界が急に真っ暗になった。


 どうも、硬い石が当たったようだ。右のこめかみのあたりでドクドクと音がして、顔がどんどんぬれていくような気がする。


 どうしてぬれてるのか、たしかめたいけど手が動かない。体も動かない。夏なのにどんどん寒気が襲ってくる。


 ……死ぬ時って、寒くなるんや知らんかった。


 遠くでお兄ちゃんがわたしを呼んでいる。


「六花! 六花!」


 耳鳴りがひどくて、ハッキリ聞こえなかったけど、最後にお兄ちゃんの声が聞こえてよかった。お兄ちゃんも早くきてね。


 ひとりは、さみしいから。



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