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イモウトを愛しただけなのに  作者: 澄田こころ(伊勢村朱音)
第二章 六花、高一の夏
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ふたりの図書館

 未希ちゃんとのきわどい会話にうしろめたさを感じていたら、校門から自転車を押して出てくるお兄ちゃんの姿を見つけた。


 背が高いから、どこにいてもすぐにわかる。というよりも、背が高かろうが低かろうがお兄ちゃんは特別だから、どこにいたってすぐにみつけられる。


「ごめん、今日もお兄ちゃんと図書館いく約束しててん。じゃあ、またな」


 おざなりに未希ちゃんに謝るとそそくさとコンビニから飛び出し、お兄ちゃんめがけて駆けて行った。


 その時、目の端にうつった未希ちゃんの顔を見て、ちょっとだけ優越感を抱いたけど、すぐにむなしさが優越感を追い越した。


 他のカップルのように付き合っていることを口外できない関係なんて、逆に劣等感を搔き立てられるだけだ。

 それでも、わたしはお兄ちゃんの元へ駆けて行く。


「六花、ごめん待たせた。進路指導の先生に呼ばれたんや」


 お兄ちゃんはシミひとつない真っ白な開襟シャツを着て、切れ長の目を細めわたしに笑いかけた。わたしだけに向けてくれる笑顔に胸がどきどきしたけど、進路指導という言葉がずしんと胸に重く響く。


 お兄ちゃんは、東京の大学進学を目指している。来年の春にはここにいないかもしれない。わたしひとり、取り残される。

 そんな不安をお兄ちゃんに悟られないように、無理やり笑顔をつくった。


「ううん、未希ちゃんとコンビニで雑誌読んでたから」


 今すぐここで、お兄ちゃんの温かく大きな手にふれたい。ぴったりと肩を寄せ合って、体の熱を感じながら歩きたい。


 でも、そんなこと人目があるこの場所でできるわけがない。兄妹の適切な距離を守り、お兄ちゃんが押す自転車を挟んで立った。


「あれっ、六花の自転車は?」

「あっ、コンビニにおきっぱなしや」


 わたしのうっかりに、お兄ちゃんはあきれた声を出しつつも頭をポンポンとやさしく触ってくれる。


「ほんま、六花はうっかりもんやな」


 このままお兄ちゃんの前に立っていたら、抱き着きたい衝動を抑えられないから踵を返しコンビニへ自転車を取りに行った。


         *


 ふたりして梅雨明けが待たれる曇り空の下を、自転車に乗ってこのあたりで一番大きな図書館へ向かった。レンガ色のタイルがはられた四角い建物の中に入り、受付カウンターから離れたいつものテーブルに落ち着く。


 もう試験が終わったんだから、ここで勉強する理由はない。でも、家に帰ったらわたしたちは離ればなれになる。だから、すこしでも家に帰る時間を遅らし、ふたりでいられる時間を引き延ばす。


 一応わたしは形ばかり教科書とノートを出した。お兄ちゃんは受験生だから、参考書をひらいて問題を解き始めた。


 お兄ちゃんの左側に座るわたしは、端正なうつむく横顔を盗み見る。邪魔をしてはいけないから、あくまでも気づかれずにそっと見ているだけ。でも、内心は気づいてほしい。


 お兄ちゃんの隣でそんなさみしい気持ちになった時は、たいてい気づいてくれる。テーブルの下のわたしの手が、ふいに大きな手につつまれた。


 お兄ちゃんがちらりとわたしを見て、唇だけで笑う。たったそれだけで、今のこの幸福な瞬間をわたしの中に閉じ込めようとして、死にたくなる。


 わたしのこの気持ちが伝わればいいと、手のひらをひっくり返してぎゅっとお兄ちゃんの左手に指を絡めて握りしめた。


 強く強く握る手を、お兄ちゃんの太い親指がなだめるみたいにやわやわとなでてくれた。どうして、わたしはお兄ちゃんの妹として出会ったんだろう。もっと違う関係で出会いたかった。


 わたしを産んだお母さんは、わたしが小さい頃おばあちゃんとそりが合わず家を出ていった。おばあちゃんがよく使う言葉を借りれば、お母さんは村の外から来たよそ者だったそうだ。


 お母さんは家を出る時、わたしを連れて行けたのに自分だけ出て行った。わたしは、お母さんに捨てられたのだ。


 お父さんは気まぐれで、機嫌のいい時は遊びに連れて行ってくれたけど、たいていは休日も自分だけ遊びに行っていた。


 だからわたしは、ほとんどおばあちゃんに育てられたようなものだ。おばあちゃんは厳しいけど、わたしに愛情をかけてくれていると思う。


 わたしが食べたいと言ったら、おばあちゃんの好みに合わないものでも作ってくれる。昔話や、怖い話なんかもよくお話ししてくれた。


 特にイツキさまのお話は大好きで何度もお話してとせがんだ。だから不満なんかないけど、ひとつ嫌なことがあるとしたら、村の人のおばあちゃんに対する視線だった。


 わたしが知らない村の大人の前で自分の名前を名乗ったら、たいてい「ああ、巫女聞きの後川さんとこの」という前置きがつく。


 その巫女聞きはおばあちゃんの仕事だけど『巫女聞き』というフレーズにちょっとだけ蔑んだ感情が入っていることに、わたしはいつの頃からか気づいていた。


 その巫女聞きの仕事をつぐのは後川家の嫁か娘だから、わたしが継がなければならないとおばあちゃんは言う。だから、お父さんが新しいお母さんを連れてくると言った時、わたしはもう巫女聞きの仕事をしなくていいと思ったのだけど……。


 新しいお母さんの晴子さんは、そんなことしてくれる人じゃなかった。


 初めて会ったファミレスで、わたしはすごく舞い上がっていた。かっこいいお兄ちゃんに新しいお母さんができて、うれしくてしょうがなかったのだ。


 だから、すこし興奮してフォークを落としてしまった。あわてて拾うと、お父さんが店員さんを呼んで取り替えてもらった。


 そうしたら、ファミレスを出てお父さんがお兄ちゃんに話しかけたすきに、お母さんはわたしの横に来てぼそってつぶやいた。


「おばあさんに育てられたわりには、行儀の悪い子やなあ」


 その冷たい声が、わたしのすべてを否定したような気がした。



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