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イモウトを愛しただけなのに  作者: 澄田こころ(伊勢村朱音)
第二章 六花、高一の夏
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愛はコンビニで

「愛はコンビニで買えるんやって」


 わたしが唐突に話しかけたら、半袖のセーラー服をきた未希ちゃんは「はあ?」とちょっと馬鹿にした声を出した。未希ちゃんは立ち読みしていた雑誌から顔を上げずに、めんどくさそうに答える。


「なに言うてんの? ここに愛なんか売ってるわけないやん。てか、愛ってコンビニで買えるほどお手軽なんや」


「だって、今流れてる曲で歌ってた」


 ちょっといじけたわたしの声にようやく顔を上げた未希ちゃんは、コンビニの店内に鳴り響く軽快な曲へ耳をすませ、ななめ上をにらむ。


「この曲、うちのおかんが好きなアーティストや」


 すこしかすれた歌声にふたりして耳をそばだてても、二度と同じフレーズはリピートされなかった。興味をなくした未希ちゃんは、目の前のガラス窓に写った自分をチェクしつつ、前髪を整えてから大好きなアイドルが載った雑誌にふたたび視線をおとす。


「それ、買うの?」


 わたしが雑誌をのぞき込んで聞くと、犬のようなうなり声が返ってくる。


「うううっ、どうしよ。買おうかなあ。インタビューはどうでもいいけど、このマツくんの顔、神ってる思わへん?」


 わたしにむかってひろげられた雑誌の中で、捨て犬のようなこびた顔をしたアイドルが愛くるしさをふりまいていた。よさがわからないわたしは、こてんと首を横にたおし「さあ」と短くつぶやく。


 わたしの反応に興をそがれたのか未希ちゃんは雑誌を閉じて棚にもどした。


「それ、買わへんの?」


 ファッション誌を手に取る未希ちゃんに問いかけながら、わたしはガラス越しに見える高校の正門へ視線を走らせた。

 一学期の期末テストが終わった昼下がり、生徒がぽつぽつと校門から出入りしている。


「やめとこ。来月は夏休みやし」


 なぜ、夏休みが近づくとアイドルの雑誌を買わないのか。その理由を聞こうとしたけど、ファッション雑誌に夢中の未希ちゃんには迷惑な質問だと思ってやめた。


「あーあ、せっかく今日期末も終わったのに、答案返ってくるんが恐ろしい。最悪や」


 口をとがらせて言う未希ちゃんは、テストの出来がよくなかったようだ。それについてわたしが何も言わないから、未希ちゃんは横目でにらんできた。


「六花はいいよなあ、イケメンのお兄ちゃんに勉強教えてもらってて。うちのお兄ちゃんと交換してほしいわ」


「けんちゃんだって、かっこいいやん」


 未希ちゃんのお兄ちゃんのけんちゃんを、ほめたつもりだったけど未希ちゃんの機嫌はよくならない。


「どこが、あんなじゃがいも」


 多少お世辞をふくんだわたしのセリフは秒で否定された。しかし未希ちゃんは口の端がニタっとつり上げ、声をひそめる。


「こないだ、お兄ちゃんの部屋でこんなんみつけてん」


 そういうと、スカートのポケットからスマホを取り出し操作すると画面をわたしに見せる。そこには、裸のお姉さんとお兄さんがからみあっていた。


「漫画かりにいったら、本棚にこそっとエッチな本かくしてんのみつけてん。パラパラめくっておもしろそうなんとこだけ、撮ってみた」


 画面はどんどん切り替わり、いろんなポーズをとったいかがわしいお姉さんが出てきた。そっぽをむいて、「見たくない」とこぼすと、未希ちゃんのカン高い声が頭を直撃した。


「ええー、六花、高一でこんなん恥ずかしがっててどうするん。六花とこのお兄ちゃんも、絶対見てるって」


 そのからかいに『うちのお兄ちゃんと、けんちゃんをいっしょにせんといて』と叫びそうになったが、のどの奥でなんとかとどめた。

 未希ちゃんの機嫌をそこねると、後々めんどくさいのだ。どう言えばよかったかと考えていると、さすがに言い過ぎたと思ったのか未希ちゃんはわたしのうつむく顔をのぞき込んでくる。


「あんなあ、そろそろブラコンやめたら? いくら勉強教えてくれる優しいお兄ちゃんでも、彼女できたらもう面倒みてくれへんで」


「彼女――」


 制服のスカートに、手のひらにかいた汗をぎゅうぎゅうと押し付ける。黙り込むわたしをおもしろがるように、未希ちゃんはあおってくる。


「彼女おらんの?」


「知らん」


 わたしが素っ気なく返したから、もうこの話題に興味は薄れたのだろう。未希ちゃんはまた前髪をいじりつつ、適当に相づちを打つ。未希ちゃんはとにかく、自分の容姿が気になるのだ。


「そっかそっか。そら嫌やな、お兄ちゃん取られるなんて。わかる、わかる」


 未希ちゃんにわかるわけがない。わたしが『お兄ちゃんの彼女』というワードに引っかかった本当の理由なんて、絶対わかるわけがない。


 未希ちゃんはスマホをポケットにしまい、また違う雑誌を手に取った。


「六花知ってる? うちのクラスの中で、もう付き合ってる子いるんやって」


「早いな、まだこの高校に通い始めて三か月しかたってないのに」


「そやろ! やっぱり、うちの村の子と違ってすすんでるんかな」


 わたしたちが通う高校は、隣の市内にあった。村に高校はなく、自転車で四十分かけて通う一年生はわたしと未希ちゃんを含め、数人しかいない。

 普段、彼氏がほしいと公言している未希ちゃんにとって、クラス内にもうカップルができているという事実は、焦りを感じるのだろう。


「でもな、付き合ったら。即やるんかな?」


『やる』が何を意味しているのか、未希ちゃんのすこしおびえた顔を見ていると聞かなくてもわかる。


「さあ、そんなすぐには、せえへんのやない。まだ高校生やし」


 自分で言っていて、嘘くささに嫌気がさす。


「そうかなあ、もうやってる子いたりして。でも、初めてってめちゃくちゃ痛いんやって。うち、たえられるんかな」


 彼氏もいないのに、その時の痛みにおびえている未希ちゃんがとてもかわいく思える。そんな姿を見たら、教えてあげたくなった。


 最初は体が裂けるかと思うくらい痛いけど、そのうち慣れるから。

 お兄ちゃんは、すごく優しくしてくれるよ。


 ……お兄ちゃんの彼女はわたしだなんて、口が裂けても言えない。


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