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2話

道中は馬車での移動となった。私の護衛として付けられた二人のうち一人が手綱を握っている。

魔女は馬車の中で私の横に座り、時折窓から顔を出して道案内をした。

それ以外の時間は私の喋り相手になってくれた。

「よくご自分からこの仕事を買って出ましたね。」

「そりゃあお母様にはよくなってほしいですもの。それにちょっと面白そうだったし。」

「台所をお借りして薬の調合をしているところをあんな真剣な眼差しで見られたのは初めてです。普段なら気を使ってかそれとも不気味なものを視界に入れたくない為か、見るともなしに遠巻きに監視されるだけでしたから。」

「皆さん好奇心が足りないのね。」

「そうかもしれません。しかし魔女に対する不気味さはその好奇心をそぎ落とす程度には大きいのかと。」

「魔女の事をよく知りもしないのに怖がるなんて、私にはできないわ。

私のお母様、本当のお母様が生きている時に教えていただいたの。何事もちゃんと知らないから過度に怖いのであって、ちゃんと知れば適切に怖くなる。」

「素晴らしいお言葉ですね。しかし、そうは言ってもこれから魔女の家に連れていかれるのですよ。恐怖は感じないのですか。」

「恐怖ですか。」

「魔女の噂ぐらい聞いたことがあるでしょう。」

「ああ、よくある魔女の家に連れていかれた子供が食べられるっていうやつの事ね。それだって少なくとも私の周りではそんな被害にあった子供は聞いた事がないわ。

だからそれも根拠がなさ過ぎて信じる気になれない。それにわざわざ子供なんかさらって食べるよりその辺の野ウサギを捕まえる方がよっぽど楽だし合理的よ。」

「なかなか。お若いので侮っていましたが慧眼ですね。」

しばらくして森の中にあった道らしきものも細くなり、馬車での移動はそこまでとなった。

そこから見える範囲に緑に覆われた家らしき物を見つけ魔女の先導でそこを目指す。

私の護衛に付けられた二人はその家の玄関先で待機することにしたらしく、家の中には上がらないらしい。

魔女に案内されて家の中にお邪魔する。

そこはおとぎ話の中の魔女の家とは少し違った。おとぎ話の中の魔女の家に加えて試験管や顕微鏡といった最先端科学者の研究室のような機材が置かれている。

「やはり自宅が一番落ち着きますね。」

「とても素敵なお家ね。魔女の家っぽくもあるし医者の診察室のようでもあるし錬金術師の研究所のようでもある。一言でいえばいい意味でごちゃごちゃね。」

「そうですね。確かにそんな感じですね。」

「あなたは「魔女」なの、それとも「医者」か「錬金術師」?」

「かなり答えにくい所を突かれましたね。もとを辿れば医者の娘ですから医者のなりそこないでしょうか。

そこから広く浅くで魔女みたいな事とか錬金術師の真似事とかしているのでどれが正解とも言えないですね、しいて言えば何をしていても許されそうな雰囲気ということで「魔女」と名乗ってはいますね。」

「それで思い出した。出会ってからあなたは自分の事を「魔女」としか呼ばせていないじゃない。」

「そうですね。」

「でも「魔女」はあなたの役職名でしょ。あなたの名前が知りたいわ。」

「ああ。そういえばそうでした。改めて、私の名前はアイヴィー。以後お見知りおきを。」

「エリンよ。よろしく。」

「ふふ。存じております。」

「そうよね。どこに行っても私が知らない人が私の名前を知ってるのよ。不公平じゃない。」

「領主様はそれだけこの地に貢献され、皆から慕われている証拠です。」

「でも新たに人に会ったら私ばかり覚えることが増えるのよ。」

「大変ですが光栄な事だと思います。」

「まあ、いいわ。それよりも早速薬の調合を教えてちょうだい。」

「伝授する前に、まずは食事にしましょう。お腹が減ったでしょう。」

言われて初めて自分が空腹を感じている事を意識した。ここまでの道中のアイヴィーとの会話やこの家の中に対して興味が尽きず、すっかり忘れていた。

「そ、それは確かにそうだけど。そんなにのんびりしていて良いの。」

「では食事をしながらまずは座学としましょうか。知識を先に覚えてもらって、その後で実践としましょう。」

何やら上機嫌なアイヴィーは陽気に手早く調理を始める。

「カエルとか出てこないでしょうね。」

探りを入れる。相手は魔女だ、もしかしたらそんなゲテモノが出てこないとも言い切れない。

「カエルはカエルで美味しいんですが、今日は丁度在庫を切らしていまして。何の変哲もない野兎しかありません。」

声の調子から冗談で言っているとは思うが、本当に冗談なのだろうか。

出された料理は美味しかった。館で食べている物ほど高級な食材ではない事はわかるが、それでも庶民の食卓としては豪華な食材だろう。そこにはもてなしの心を感じる。

感謝しながら食べて雑談をする。

「そういえばさっきお母様を診察していた時に、強い呪いがかかっているって言っていたけどそれは本当なの。なんか話を聞いているとあなたがそういう曖昧なものより、ちゃんとした物の見方をしているように見えてきて。」

「ふふっ。半分正解で半分外れです。呪いと言ったのはあながち間違いではないからです。例えば親と子だと顔が似ますよね。」

「・・・そうね。」

ふいに実の母親の事を思い出す。優しかったお母様。今では肖像画が残っているだけだが、その笑顔に最近鏡に映る自分の顔が似てきていると少し感じていた。

「病の中には顔と同じように親から子へと伝わっていく物があります。」

「・・・まって、でも実のお母様と今のお母様は別の家の出身よ。」

「ええ。父親の方の系譜である家で考えるとそうなりますが、母親の方の系譜でお考えいただければわかるかと。そんな話を聞いた事ありませんでしたか。」

「ちょっと待って。」

頑張って記憶を辿る。その中に見つけた。そういえば父親とマヤが結婚する時に誰かが言っていた気がする。

「実のお母様と今のお母様ってたしか従姉妹って言っていたような、」

「そうです。ローザ様とマヤ様それぞれの母親が姉妹の為、お二方は従妹の間柄ですね。」

「じゃあその祖母の家系が呪われているってわけね。」

「それを呪いという言葉で表すならそうですね。ただそんな正体不明の呪いとは違ってこちらは確実にその家系で時たま起こっている病、と考えています。」

「随分と詳しいわね。」

「ローザ様が亡くなられてから、色々調べましたから。」

「何でそんな事を。」

「まあ関係が無いと言われてしまえばそれまでなんですがね。私の父もローザ様を診察した医者の一人でした。そして救う手立てをあれこれ考えていましたが結局。

それにそのつてで私自身もローザ様とお話する事が出来たので。まあ、簡単に言ってしまえば大切な人を失った悔しさからですかね。」

「お母様と話した事が有ったの。」

「ええ。ほんの少しですが。」

「どんな感じだった。」

「とてもお優しい感じの方でした。」

「もう少し聞かせて。」

実母の事を知っている人に出会えた事が嬉しくなり、自分の中で時とともにどんどんと薄れていく実母の面影を知りたくて、矢継ぎ早に聞いてしまう。

しばらく実母の事で話をしていると玄関と反対側の方から何やら小さな音がした。

「おや、どうやら客人のようです。少し離席させていただきますね。すぐに済みますから。」

アイヴィーが玄関と反対側にある窓を開けると音もなく一人の男が侵入してきた。

「ライリー。玄関はあっちよ。」

「それは知ってるさ。ただ玄関前に領主の所の者と思しきいかつい人が居たもんでね。てっきりとうとう魔女が捕まったかと思って。」

「あんたと違って捕まるような事はしてないわよ。」

「そうかい。」

「それに彼らはこの子の護衛よ。」

ライリーと呼ばれた男はその時初めてアイヴィー以外の人間がこの家の中に居る事に気が付いたらしく、こちらを見るなりやや大げさに驚いていた。

「なんてこった。あの人づきあいが大っ嫌いな魔女が家に客を招くとは。」

ライリーの言葉はアイヴィーの不興を買ったらしく、無言で此方に向き買えりできる限り抑揚のない声でライリーを紹介してくれた。

「エリン様。この男はライリーと言ってこの辺りでしょうもないコソ泥を繰り返している小悪党です。治安維持の為、今すぐにでも表の護衛の方々に拘束していただくことをお勧めいたします。」

「いやいやいや。いきなり親友を売り飛ばすか普通。」

「親友?つけも払えない貧乏顧客でしかないでしょう。引き渡せば懸賞金で幾分かはつけの足しになるわ。」

その後も二人が仲良さそうにある程度騒いでやっと話が進み、ライリーに私を紹介してくれた。

「で、こちらにおられる方は、まあ知っているだろうけど領主様のご息女であるエリン様。諸事情から私の薬の作り方を習いに来てるの。」

ライリーは恭しくお辞儀をした。行動の一つ一つが大げさで見ていて飽きない。

「ライリーと申します、以後お見知りおきを。と言ってもできれば顔も名前も忘れていただきたいですが。」

「大丈夫です、しっかりと顔を覚えましたので。今なら手配書の似顔絵も書けそうなぐらい。」

軽口に軽口で返す。それにやはり大げさな身振り手振りで返す。とても面白い人だ。

「そういうわけで私の客だから、エリン様と護衛の方々に手を出さないようにあんたの所の奴らに言っといてちょうだい。」

「はいよ。まあ仕事を終えた直後だからそこまで仕事熱心な奴も居ないけどな。」

ライリーの言う仕事とは文脈からすればコソ泥なのだろう。

領主の娘としては見逃すわけにはいかないが、そもそも彼らの縄張りにこちらが踏み入っている状況であるためあまり大きくは出れない。

「なぜそんな仕事をしているの。もっと真っ当な仕事に就けばいいじゃない。」

できうる限りの対抗で少し嫌味を込めて言ってみた。その言葉にライリーは反応してきた。

「真っ当な仕事、ね。はるか昔はそんな事も行っていました。真っ当に物を仕入れて、別の地方に運んで真っ当に売りさばく。行商人ってやつです。

ある時とあるお偉いさんに少々厄介な物のおつかいを頼まれまして、様々な非合法を駆使して何とか調達したものの、そのお偉いさんが別の悪さで捕まってしまいましてね。

なんと供述で全ての罪を俺に擦り付けて、やれ無理やり買わされただの、勝手に置いて行って私の屋敷を倉庫代わりにしていただの。

結局は裏で金でも掴ませたのでしょう。全ての罪を俺が犯した事にされ、そのお偉いさんは無罪放免。

その後、俺は釈放されても既に噂が先回りしていて商人として重要な武器である信用が地に落ちた。

飢え死に直前までなり下がった。そうなってしまえば生きるためにはこういう仕事をするぐらいしか他に手は無い。

ま、ご息女サマが根回りして俺の罪を無かった事にしてくれるんなら、もしかしたらそんな生き方ももう一度できるだろうけど。」

「ライリー、相手は子供だぞ言い過ぎだ。」

アイヴィーが止めに入ってくれた。しかし、私の心は締め上げられギリギリと音を立てている。

「・・・す、すみません。事情も知らずに。」

心から謝罪をした。自分が領主の娘でそこそこ良い暮らしをしてきていた事を痛感する。こんなちょっとした謀略に巻き込まれただけであっという間に明日をも知らぬ事になるなんて。

動揺している私にアイヴィーが助け舟を出してくれる。

「そんなお言葉をかけていただきありがとうございます。エリン様。ライリーも本心から言っているわけでは無いのです。彼らのような存在の事を少しでもそのお優しいお心の片隅にでも置いていただければ結構です。」

「私にはあなた方の待遇を直ぐに改善させるだけの事はできませんが、そのために頑張ることを誓いましょう。」

ライリーは私の言葉に対して、先ほどまでのような大げさな身振り手振りで答える。

「ありがとうございます、エリン様。あなたのような慈悲にあふれる方が次代の領主となるのであれば、必ずやこの地は安寧が訪れるでしょう。」

まるでオペラの一幕での予言者ように言い切るライリー。その様子ではきっと表面上は許してくれたのだろう。

そんなライリーの様子を見ていたアイヴィーが、ため息を一つつきながら話の話題を変える。

「それで、結局あんたは何をしにここを訪れたの。」

「ああ、俺がここに来た理由はただあんたの様子を見に来ただけではないんだ。」

「ではつけを払いに?」

「つけを払うには仕事をしなきゃいけない。しかし仕事に使う薬が無くなってしまって。」

「・・・無駄遣いが過ぎるんじゃないの。」

「いやはや便利すぎて。」

「どんな薬なんですか。」

聞いているうちに気になって口を挟んでしまった。ライリーは笑顔で私に教えてくれた。

「魔女の作った魔法の薬です。矢じりに付けて放てばかすっただけでたちまち相手が動けなくなる。」

「猛毒って事ですか。」

「いやいや。ここからが魔法の薬の凄いところ。その相手はある程度時が経てば元通り。だから狩りで使えば毒で侵されること無く安全な肉が手に入る。」

「獲物が動物の狩りならね。」

横からアイヴィーが釘を刺す。

「狩り以外では使わないですよ。嫌だなぁ。」

白々しく嘘を付くライリー。では動物以外を狩りするという事だろう。その時は肉の代わりに金品が手に入るわけだ。

「まあそんな魔法の薬を使うと、色々と仕事がやり易くなるわけだ。」

ライリーの説明が終わる頃にはアイヴィーは棚から小瓶を二つ持ってきている。

「これでつけが更に追加だ。そろそろ払わないと本当にあんたを役所に突き出すからね。」

「あー。そうならないように頑張ります。で、こっちの見知らぬ小瓶は。」

ライリーには片方の小瓶をするりとポケットにしまい込み、見慣れない小瓶をしげしげと見つめている。

「西の村のレオ少年に届けといてくれ。本当は直接届けたいが生憎と忙しいからな。」

「・・・ああ、あの爺さんと二人で暮らしている少年か。って、お使いかよ。駄賃ぐらいは、」

「まずはつけを払ってからにしてもらえるかな。」

「それを言われたら何も言い返せない。」

「しっかし、あの貧乏そうな家族にこの薬の代金は払えるのか。」

「だからこっちのようにとれる所からちゃんと頂いている。」

アイヴィーは先ほど小瓶が収まったポケットの方をその細長い人差し指で指さす。

「・・・悪魔のような魔女だ。」

ライリーは一言毒づくと、来た時と同じように音もなく開けられた窓から出てそのまま外の闇に消えた。

アイヴィーは一息つくと私の方に振り返り聞いてきた。

「ご覧になられていたように私は犯罪の片棒を担いでますが、失望されましたか。」

少し考えてから答えた。

「確かに犯罪はよくないことだけど。それでもそのお陰であなたという人の存在がより一層現実味を帯びて感じられたわ。

お話の中に出てくる魔女だったらそんな事をしてお金を稼いだりしないで、魔法で作り出しそうだもの。」

「ふふっ、そうですね。私は魔法を使えない魔女ですから、何もない所から何かを生み出すことはできません。知っている知識と相応の材料をもって色々な薬を調合できるだけですから。」

「じゃあ、ご飯も食べ終わった事だしさっそくその調合を教えて頂戴。」

「ええ。わかりました。」

そうして私はマヤの治療の為の薬の作り方を教わった。

その日の状態を診て薬草の配合を変え、適切な温度のお湯で淹れる。それらを行うためのさまざまな技術や見方を聞き、メモに残し、実際にやってみた。

「どうですか実際に作ってみた感想は。」

「なんか魔法の薬を作っていると言うよりは、科学実験をしている気分。」

「まあ、その通りですからね。それぞれの薬草に含まれる効能成分を最大限抽出できるように細かく砕き、温度を適切に管理して淹れる。やっていることは本当に科学実験です。」

「魔女の魔法の薬なんだから、もっと不可思議な工程が入るのかと思っていたわ。」

「ではこうしましょう。お湯を注ぎ込むときに「あの人を救いたい」と強く心に思って下さい。そうするときっと効果が倍増します。」

「なにその取ってつけたような、適当感。」

「でもあながち嘘ではありませんよ。「あの人を救いたい」という強い気持ちを持って調合すれば、全ての工程を丁寧に行うようになります。

妥協が無くなって、より正確に理想の状況に近づきます。そうすれば効能は最大限発揮されるわけです。」

「ふうん。そんなものなのかしら。」

「ええ。そんなものなのです。」

泊りがけでたっぷり時間をかけて教わった。

翌日の最後の実習ではアイヴィーにお墨付きを貰えた。

「そこまでお一人でできるようになれば、大丈夫ですね。」

「そうね。後はこのメモを見ながらやれば間違わないと思うわ。」

「ええ。但し注意事項としてお伝えしたように、決して作り置きはしないで下さい。お湯で淹れた時から徐々に薬としての効き目が変化していきます。

体感なのではっきりとは言えないのですが半日も置いておくと薬としての効果は望めません。それどころか毒になっている可能性もあります。」

「毒ですか。」

少しびっくりして聞き返した。

「あくまで可能性の話で、確実に毒になるとは言い切れません。ただ、薬ではなくなるのは確かです。」

「わかりました。気を付けます。」

「では早速館にお戻りになられて、今日の分の調合をお願いします。」

「アイヴィーは来てくれないの。」

「ええ。流石に私のような者がそう何度もあのような場所に近づくべきではありません。それに昨夜のライリーのようにいきなり訪れる客がいるので、あまり家を空けるわけにもいきませんので。」

「そっか。」

「当分の間は調合できるだけの量の薬草をお渡ししておきます。無くなりましたらその都度言っていただければ、ご用意いたします。」

渡された大量の薬草を護衛に馬車まで運んでもらい、最後に挨拶をしてアイヴィーと別れた。

余談だが護衛の二人は寝ている間に財布が空になっていたそうだ。犯人に心当たりが有ったが黙っている事にした。


その日から私の日々の日常の一部に仕事が一つ増えた。

マヤの様子を観察し、症状の具合から配合の比率をメモ書きに従って変更し、適切な温度で淹れて薬を作る。

その薬の効果は絶大で、日に日にマヤの状態は良くなっていった。

「いつもありがとうね、エリン。」

「お母様が元気になってくれて良かったです。その為の仕事は私とって誇らしい物です。」

「本当にエリンは毎日頑張ってくれた。えらいぞ。」

父親もその行いを褒めてくれた。

不意に父親は膝を打つ。

「そうだ。マヤもだいぶ良くなってきた事だし、快気を祝って宴でも開くか。丁度マヤが良くなってきた事を聞いて快気祝いに来たがっている奴らも大勢いるし。」

「まあそうなんですか。ではちゃんと治して客人をもてなさねばなりませんね。」

どうやら二つ返事で宴の決定が決まったようだ。

「ではエリン、日付が決まったらお前から魔女に招待状を出しておいてくれ。」

「わかりました。お父様。」

「そういえばエリン。私は熱でうなされていてちゃんとは拝見出来なかったですが、そのお薬を作ってくれた魔女というのは仮面を被っていたのですか。」

「そうです。顔のほとんどを覆うような大きな白い仮面です。結局その下の素顔は見る機会はありませんでしたが、聞いた所だと昔に大怪我をしたとかで。」

「・・・そうですか。」

ヤマは相槌を打ちながらもどこか遠いところを見ている気がした。

「もしかして何か知っているのですか。」

「いえ、たぶん人違いでしょう。」

マヤは笑って答えた。それが本音か噓か見破るほどの観察眼が私には無い。


後日私は招待状を携えてアイヴィーの所へ向かった。当然今回も護衛が付いてきてくれた。

「お久しぶりです、アイヴィー。」

「これはエリン様。ようこそ。しかし、薬草は多分まだ足りているはずと思いましたが。」

「今日は薬草を貰いに来たわけではないの。この招待状を届けに来たの。」

丁寧なしつらえの封筒を渡す。表には「魔女様へ」と記載されている。

「招待状ですか。拝見させていただきます。」

アイヴィーはうやうやしく開くとそこに書かれた文章を読み始めた。

「奥様の快気祝いですか。それはおめでとうございます。

しかし医者のなりそこないとして奥様を診断した身としましては、決して完治しているわけでは無いと思われるので、あまり無理はされないようにしていただきたいですが。」

「その辺は大丈夫よ。お母様は宴の最中はできるだけ楽な姿勢で過ごしてもらう予定だから。

それよりも、それはただの開催のお知らせではなく招待状なんだけど。」

すぐにいい返事がもらえると思っていたのだが、アイヴィーの反応は深いため息だった。

「招待いただけたのは大変ありがたい事ですが、私のような者にそのような眩い場所は似合いません。ご辞退させてもらいます。」

「え、来てくれないの。」

「申し訳ございません。」

「でも、お母様を治してくれた主治医の先生じゃない。」

「私はただの魔女であり医者ではありません。それに奥様の状態が良くなったのはエリン様が毎日ちゃんと薬を調合していた結果でしょう。称えられるべきは献身的なエリン様ですよ。」

「私はどうしてそれが効くかもわからないまま、メモ通りに作っていただけよ。これはアイヴィーの功績だわ。」

「しかし、」

「じゃあこうしましょう。そんなに長々と居なくても大丈夫なように手を打っておくから、顔だけでも出してよ。」

「・・・どうやら私の根負けのようです。わかりました。ありがたく出席させていただきます。」

「ありがとう。アイヴィー。」

「どういたしまして。」

相変わらずアイヴィーの表情は仮面に隠れている為わからない。でもきっと喜んでくれたのだろう。

アイヴィーは最初行きたがらなかったが、彼女の能力は皆に称賛されるに値するものだ。

きっと宴は上手くいくはずだ。

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