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その恋は、しゃぼん玉よりも儚く。


挿絵(By みてみん)

ーるなぱあくー








「ねぇ…外泊できないの?お母さん」







「ごめんねぇ…お医者さんがまだ本調子じゃないからって。ぐんまちゃん家はまた今度ね」







「会いたかったなぁ…ぐんまちゃん」







少女は先天性の心臓病を患っていた。まだ12歳だが、このままドナーが見つからなければ4、5年も持たないのではないかと医師に宣告され、入退院を余儀なくされている。






名は朝比奈未知(あさひなみち)。自然豊かな群馬県に生まれ今日まで育ってきたが、伊香保や赤城山周辺、世界遺産となった富岡製糸工場などまだドライブすら行ったことがなかった。





先週まで調子がよく外泊が許されたものの、今週になってまた悪くなってしまい、楽しみにしていた外泊がお預けになってしまったのだ。勿論、入院もその分長引くことが予想される。






ーーチャラーン






未知のiPhoneに通知がきた。ぐんまちゃん家からお知らせがツイートされたようである。ベッド上の机に手を伸ばす。






「わぁ…今日もかわいい」






ツイートには未知の大好きなぐんまちゃんが東銀座にある群馬県のアンテナショップ「ぐんまちゃん家」の前で法被を着たぐんまちゃんが、上州名物「焼きまんじゅう」と一緒にかわいらしくお馬さんのポーズをとった写真とが添付されていた。今日はぐんまちゃん家で焼きまんじゅうが販売されたようだ。ぐんまちゃんも大好きな焼きまんじゅうは未知の大好物でもある。






「お母さん」







「ん?」







「セーブオンの焼きまんじゅう食べたい」







「わかった。また元気になったらぐんまちゃん家でもどこでも連れて行ってあげるからね。それまでまた治療、がんばろう」







「…うん」






「少し休んだら?明日買ってきてあげるから。あと他に必要なものある?生理用ナプキンはこの前買ってきたしー」









「…みそぱん」








「味が濃いから焼きまんじゅうだけよ。それに、カロリーも高いわよ?」








「そうだね…今度にする」










「勉強道具とかは?未知はいっぱい勉強するからシャープの芯とか消しゴムなんて減るの早いでしょ?あとドリルにノートは?」









「そうだね…もう国語と算数のドリルが終わりそうだしノートも」








「また公文式でいい?ノートはいつもの5冊組セットでいいかしら?」










「うん。お母さん、ありがとう」









「礼なんていいのよ。あ、あと退屈だから小説ももういっぱい読んじゃったんじゃない?」










母はベッド横の白い3つ棚のあるカラーボックスを見る。棚の中には芥川龍之介や川端康成、森鴎外などの難しいものから最近流行りのライトノベル、また不思議の国のアリスやオズの魔法使いなどの児童書がいっぱい詰め込まれている。










「うん、そこの棚にあるのは全部読んじゃった」










未知は速読術があるのか、1週間あれば5冊から10冊は読めてしまう。









「じゃあ、少し持って帰ってスペースあけようか?本当に未知は読むのが早くてお母さん追いつかないわ」









「だって…本の世界って面白いんだもの。同じ場所にいながらいろいろな場所に連れて行ってくれる。まるで“どこでもドア”みたいな存在なの」










「ごめんね、心臓の弱いからだに産んでしまって…」










母は自身を責めた。何も悪くなんてないのに。そこが母の悪い癖なのかもしれない。








「心臓が元気なら何処にだって連れて行ってあげられるし、未知の大好きなぐんまちゃんのいるぐんまちゃん家だってスケジュール合わせて行くわ。それに、群馬の美しい自然や古い歴史だって…いっぱい見せてあげられるのに…」








そう言うと母はひたすら未知に謝り、目から大粒の涙をこぼしてその場に崩れた。未知は泣きぐずれる母の肩を抱いて優しく言葉をかけてやる。








「お母さんは何も悪くないんだから泣いちゃだめ。お母さんの幸せが逃げちゃうよ?」









そして未知は生まれつきライトブラウン色のボブカットに切り揃えた髪を束ねているピンクのリボンゴムを外し、自分と同じ髪色をした少し癖のある母の背中まで伸びた長い髪を束ねてやった。束ねているとき半年前にはなかった白髪が2、3本ほど見え、未知は自分の持病を悔いた。こんなに母に苦労かけてしまっているという事実を目の当たりにした気がしたのだ。








「謝らなきゃいけないのは…未知だよお母さん」








「え…?」








「お母さんにも…そしてお父さんにも…未知のせいで心配かけていっぱい苦労かけちゃってる…未知はすごく悪い子…」









生まれたときからこんなに両親に苦労ばかりかけて、まだ35にも満たない母の髪には白髪が。治療費がばかにならないことは未知にもわかる年頃になっていた。




自分の治療費などのせいもあって、母は月に一度は行きたいであろう美容室にも行けず、服だってスーパーの衣料品コーナーのセール品だ。それを考えると涙が溢れてどうしようもなくなった。







「お母さん…お父さん…ごめんなさい」








自らを責め泣き噦る娘を見、母も泣きながら宥める。








「未知…未知こそお母さんみたいに責めちゃだめよ。お母さんは、今日までこんなにいい子に育ってくれて、とても嬉しいのよ。だから…だから…未知のこそ自分責めて泣いちゃだめ。未知の幸せが逃げちゃうわ。それにね、お父さんに似てこんなに美人さんなんだもの。いつか未知のことを大好きになってくれるボーイフレンドが現れるはずだから、それまで笑ってましょ?」









未知の父は茶に近い赤髪に色素の薄いハシバミ色の瞳を持つドイツ人、母は群馬県育ちの日本人である。その為未知はハーフである。





ドイツ人の父は普段は仕事で東京や横浜で仕事していて群馬県にいることは少ないが、帰ってくる時には必ず他県のお土産と一緒に高崎駅にあるぐんまちゃんショップや東銀座のぐんまちゃん家に立ち寄ってぐんまちゃんグッズをプレゼントしてくれる。




そして、いつでもぐんまちゃんの情報が手に入る様に、またFaceTimeでいつでも互いの顔が見られる様に未知にiPhoneを買い与えたのはドイツ人の優しい父である。






「美人でかわいい一人娘だもの、お父さんも毎日FaceTimeで未知の顔が見られて嬉しいはずよ。だから責めちゃだめよ。泣いてたらお父さんだってうえ〜んって泣いちゃうわよ?」







2人は顔を近づけてクスクス笑う。







「だから、お母さんも泣かない。約束して?」







「うん」






未知は目に溜まった涙を拭いて母と小指を繋ぎ指切りをした。もう泣かない、自分を責めないと親子のかたい誓いだ。





病気に負けていては、他も自分も幸せになどすることはできないのだ。






「ぐんまちゃんの様に、人を幸せにできる、そんな人になろうね未知。お母さんと約束よ?」






「うん、約束だよ」






母との約束として絶対に守ることを心に決め、

群馬の空を真っ赤に染める夕日とともに眠りについた。ぐんまちゃんのぬいぐるみを枕元に置いて。










その晩のこと。未知は夢を見た。

夢の中で前橋市のマスコット・ころとんと一緒に大草原を持病のことなど忘れて追いかけっこしている。







「わぁ〜、こんなにいっぱい走ったの初めてだよころとん。走るのって楽しいね!」








「喜んで貰えて嬉しいころ。あ、大変!時間だこ

ろ!」








なにやらころとんは約束でもあるのか急に慌ただしい。金の懐中時計を手にしてまた走り出す。








「えっ?待ってころとん?!どうしたの?!」










「わぁー大変だころ!上越線に乗り遅れちゃうこ

ろ!」









「じょ、上越線っ?!ちょっ、待ってよ!何分発なの?!」







未知はころとんを必死で追いかけた。すると大きな木にぽっかりと、ころとんより一回り大きくあいた穴にころとんは転がるように入ってしまった。それはまるで児童書で読んだ「不思議の国のアリス」の展開そのもので、アリスの冒険が始まるのではないかと未知は期待に胸を膨らませて穴に飛び込んだ。





穴に入ると焼きまんじゅうや上毛かるた、おっきりうどん、峠の釜めしなど、たくさんの上州名物が宙に浮いた状態で出迎え、未知ともにゆっくりと落ちていった。




しかし、最後には急に勢いがついて大きく尻餅をついた。






「あっいたっ!」






尻餅をついた先は、未知が幼い頃からずっと行きたがっていた前橋市にある日本一懐かしい遊園地、「るなぱあく」だった。






「…わあ!るなぱあくだぁ…!」






未知の心は色とりどりの薔薇が咲いたように華やいだ。しかし、あいにく自分はお金を持ち合わせていないことに気がついた。







「せっかく来れたのに…50円でもあれば…」







仕方なくるなぱあく内を散策して目で楽しむことにした。前橋市なのでぐんまちゃんではないが園内にはころころとしたころとんがいっぱいいて気持ちが和む。




小さなメリーゴーランドの前にいくと、ぐんまちゃんが子供達と一緒に馬車に乗っていたことを思い出した。







「あ、ぐんまちゃんも乗ってたメリーゴーランド…乗りたかったなぁ…」






寂しく思っていると、何処かで若い男性の低い声がした。







「乗りたいの?」







「え…?」






振り向くとその声の主は髑髏の仮面外した。180センチはあろう身長に肩にかかるかからないかほど伸ばしハーフアップに纏めた金髪、真っ白な肌、切れ長のブルーアイ、陽を浴びない肌を守るかのような真っ黒なマントに身を包んだ男が立っていた。大鎌は持っていないが、いつか何かの古い蔵書で見た死神かもしれないと未知は身構えた。







「…あなた、死神…?」






「そう、死神。でも君の魂は狩らない」






「え?」






(死神が魂を狩らないってどういうこと…?)







未知は突如現れた死神の言葉に困惑した。死神とは死期に近づいた人間の魂を回収し、管理するのが仕事の存在のはず。しかしなぜ彼は未知の魂を狩らないのか訳がわからない話だ。




死神は口を開く。






「まあ、わけわかんないよな。そんな顔してる。でもまだ君の寿命は来ちゃいないようだから俺は狩らないってわけ。せっかくずっと来てみたかったるなぱあくにいるんだ、少しだけ遊んで行きなよ。今日は特別に好きなだけ乗っていいから」






なんだかこの男の言うことは不審者が子供に言う様な言い方に似ている気がして信用できないと感じた。それに自分は持病持ちで、苦しくは無いが今更ながらいっぱい走ってしまった後悔に陥ってしまったのもあって未知は断ることにした。






「…お気持ちは嬉しいけれど…心臓にこれ以上負担かかるといけないから帰ります…」






また両親を泣かせることはできない、そう思いながら踵を返そうとしたが「おい」と男が止める。






「帰り道わかるのか?それにこれは君の夢なんだよ。だからいくら遊んでも心臓は大丈夫なんじゃねーの?現に今だってピンピンしてんじゃんよ、痛くねーだろ?」







「…あ、そうだ…痛くない」






先ほど足がちぎれそうになるほど走った後なのに全く胸の痛みはない。






「お兄さんの…言う通り」






「だろ?現実では自由にできねーんだから夢の中でくらい自由にしろよ。ほら、メリーゴーランド乗りな」






「え…あ、ひゃっ…!」







死神は軽々と未知を抱き上げてそっと優しく馬車に乗せ、いつ購入したのかわからない50円の乗車券を何処からか取り出して「お願いします」と係員に渡した。







(え?お兄さん…いつの間に)







「ほら、うんと楽しみな」






未知を乗せた小さなメリーゴーランドは可愛らしい音楽を奏でながらゆっくり回り始めた。束の間の時間の中でメリーゴーランドは未知の夢の中に輝きと彩りを添えるように気がつけば未知の周りの木馬たちには色鮮やかな浴衣を着た子供たちがきらきらとした笑顔で楽しそうに乗っており、それはまるで7月に行われる前橋七夕まつりの様な光景である。







「お姉ちゃん」






「…え?」






歳は推定7歳半ばくらいだろうか。黒髪のボブカットの紺色の浴衣を着た女の子が未知を呼んだ。手にはピンク色の短冊と鉛筆を手にしている。






「これにお姉ちゃんの願い事を書いて?みんなの願い事と一緒に織姫神社に奉納するの」







「願い事…私の…?」







「うん。きっと叶うはずだよ」







未知は女の子の言葉を信じて少し考えたあと短冊に願い事を書いて渡した。







「これでお姉ちゃんの願い事もきっと叶うね」







女の子の笑顔とともに周りにいた子供たちも女の子も消えるとメリーゴーランドはゆっくりゆっくりと止まった。





足元を見るとひざまづいた死神がいた。弱い風が吹き、右半分のみ顔にかかるように残した死神の前髪がさらっと揺れる。







「次はどれに乗りましょうか“お姫様”」






「お、“お姫様”?」





胡散臭い芝居に思えたが、この死神にはそんな芝居が似合ってしまうほど美男子だということに未知は気づいた。






(なんか…死神なのに童話の中の王子様みたいだ…行動的な面でいうと「眠れる森の美女」のフィリップ王子とか…)







しかし、そんな夢はすぐ崩れる。






「お姫様」






「な、なに」






「夢の中だけ君はお姫様として振る舞いな。なんでも、俺が君の願いを叶えてやっからよ。夢の中だけな」







見た目はいいのでくさいセリフでさえ似合ってしまうのに、この上から目線感は一体なんなのか。許せない。






「…なんですかそれ、随分と上から目線じゃないですか?てか、どこで覚えたのそんなくさいセリフ」






「くさいとはなんだよ、くさいとは!誰でも男ならな、気になった女の子に優しくしてやりてぇなってときは自分作っちまうもんだよその子の王子様になりたくてよ。それに、今はちょっと上から目線の王子様流行ってるだろ?」






「好きじゃないなそういうの。ゲームの王子様より、私は童話の優しい王子様が好きなの。…て、なんでまた死神が私に優しくしたいんですか?」






問われて死神は未知から目を逸らす。





「…それは、だな…」






「ん?」





未知は気づいた。死神の耳がほんのり赤くなったことに。しかし敢えて言わないことにした。




死神は少し考えた後にはぐらかした。






「なっ、なんでもいいじゃんよ!」






そう言いながら、未知の手を優しく引いて馬車から降ろすと彼女の小さな手の甲に軽くキスした。






ーートクン…





死神が軽くキスをした瞬間、未知の胸に持病の痛みとは違う電流の様な疼きが走って心臓が高鳴った。そして高鳴りと共に体が少し火照る感覚があった。





(…あれ、なんだろうこれ…)






火照る感覚を覚えて伏せていた目をあげると、先ほどまで彼に感じていた感情とは違い、少し特別な感情に変わっていた。数秒前まで他の人間と同じように見られていた彼の美しい顔を意識して見られないのだ。






(…なんか、ドキドキして意識しちゃう。なんだろう…恥ずかしい)







それは、未知が初めて異性を意識した瞬間であった。











明け方。






白いカーテンの隙間から差す光で目が覚めた。

同時に、憧れのるなぱあくからまたいつもの病室に戻ってしまって未知の心は少し沈んだ気持ちになる。





目が覚める寸前まで一緒に遊んでくれたあの王子様の様な死神のお兄さん…。当然のことながら彼を呼んでも現実には目の前に現れない。















ー赤城神社ー







るなぱあくの夢から5年。




未知・17歳。5年前にあの夢を見てから不思議と心臓の調子が良くなって学校にも通える様になり、医師から奇跡だと言われる程だった。




中学校からの学校デビューだったが、彼女の性格の良さでクラスには難無く溶け込むことができ、勉強も追いつくことができたので県内一の高校に進学することができた。




ただ油断はできないため、体育や行事の際には見学や無理のない程度の参加に留められた。それでも未知は友達との学校生活を楽しんでいた。




しかしその幸福も束の間、心臓が弱ってしまったのか楽しい学生生活に終わりが訪れた。







「えー、教科書12ページ。土偶やら埴輪が載ってるページな」






日本史の授業で群馬県で時々発掘される土偶・埴輪についてさらに詳しく掘り下げているときだった。未知の胸に急な締め付ける様な痛みが襲った。






「…ぐっ…うぐっ…うっ!」






痛みが強すぎて息ができない。生きてきた中で1番の痛みが時間を刻む毎に増してくるうちに、目の前がグラリと暗転した。






ーードサッ






未知はそのまま崩れるように倒れた。






「な、なんだ?!…ん?…あ、朝比奈っ?!」







先生が自分の頬や肩を叩いたり呼んだりする声がするが、意識が遠のいてついには完全に真っ暗になった。

突然の出来事で教室は騒然となり、未知は救急車で運ばれた。





いつも一緒に行動している数名の友人たちが泣きながら未知の名を呼ぶ。







「未知!未知!」







「起きて未知!まだ県庁からの夜景うちら見てないじゃんっ未知っ!」






かつて交わした約束も虚しくからっ風とともに消え去り、未知を乗せた救急車は無残にも駆け寄る友人達を残して病院へと向かっていった。







懸命な処置も虚しく、未知は危篤状態に陥った。両親も駆けつけ、彼女の傍らで止めどなく溢れる涙を流しながら呼び続ける。






「未知!お母さんよっ聞こえる?!」






「未知!パパだよっ未知っ!」





しかし、彼ら夫婦の大事な一人娘はマレフィセントの呪いにでもかかってしまったかの様に眠ったままだ。

枕元に未知の匂いでいっぱいになったぐんまちゃんのぬいぐるみを置いても反応はない。






「未知…お母さん達を置いていっちゃだめよ?…それにまだぐんまちゃんに会えてないじゃない?」







「そうだよ未知…まだ君はぐんまちゃんに会えてないじゃないか。元気になったらお休みとってパパがぐんまちゃんのいるところに連れていってあげるから…」






悲しみに暮れている両親を入り口奥で見つめる長身の男がいた。男は真っ黒なマントを纏い、フードを目深に被っている。そのフードの奥の表情はとても深刻なものだった。












危篤状態の未知は臨死体験をしていた。




尾瀬の花畑で目を覚ますと、目の前に現れた綿毛に乗った。温泉街やキャベツ畑、前橋の敷島公園と思われる薔薇園などの上空を彷徨ってゆっくりと降り立った。眼前に広がるのは周囲を囲う様な山々と赤い橋が架かった大きな湖。



かつてそれは祖父母が未知の幼少期に病気平癒の願掛けをしたーー








「赤城…神社…」







赤城山の中にある美しき神社、赤城神社。




女性の願いを叶えてくれることで有名である。



それ思い出した未知は急いで社殿に向かった。




鈴を大きく鳴らし、深呼吸をすると幼少期からずっと願ったことを口にした。







「赤城神社の姫神様、どうかわたくし朝比奈未知の愛する両親を幸せな道にお導きください!

お願いします!」






吐き出す様に口にした願いを姫神様は聞き入れてくださったのか、からっ風を大きく吹かせて未知の152㎝の小さな体を包み込んだ。ライトブラウンのボブカットの髪とホワイトカラーにブルーラインの入ったセーラー服がふわりと靡く。






「お聞き入れてくださり誠にありがとうございます」






手合わせて礼を言い踵を返すと、背後にあの夢で会った死神の男が立っていた。






「自分の幸せでなく、育ててくれた両親の幸せを願うとは…いい女に育ったな」






「…あの時の…死神のお兄さん」







彼を脳が認識すると同時に胸にきゅんと12歳の時に感じた疼く様な痛みを感じた。そして体の火照りも。




死神は近づき、未知の前にひざまづくとあの夢と同じ様に「お姫様」と呼んで手の甲にキスをした。するとまた胸の痛みと火照りが雷の電流の様に全身を駆け巡った。




5年の月日が経っても、彼は童話の中の王子様の様に美しいまま。未知よりもかなり年上のはずだがその見た目は20代前半の様に見える。




そして相変わらず行動はフィリップ王子そのもの。






「人生の最後に、俺とデートしてくれませんか…?」







「え…?デート?」





戸惑っていると死神は堂々としつつも、ブルーアイの瞳には少し寂しさを滲ませた。







「この俺じゃ、不足かなお姫様」







「ふ…不足とかそんなんじゃなくて…」




目に訴えるものを感じて未知はドキッとした。美しい顔立ちで仔犬の様な目をされては女の母性を掻き立てられて断れないではないか。





しかし、ここでナンパという狩りで簡単に狩られてたまるかという女の意地が未知にはあった。






「ま、また魂は狩らないつもりなの?それに今度はナンパ?変な死神」






本当はまた会えて嬉しいはずなのに照れ隠しで嫌味なことを言ってしまった。それに男の人にデートに誘ってもらえることなど、自分の人生に一度でさえあるかないかの瀬戸際なのに…。




そんな思春期真っ只中の17歳の少女をかわいく思った20代半ばと思われる死神は彼女に少し近づき、頭をクシャクシャに撫でた。撫でる時の微笑む死神の切れ長の目に優しさが滲み出ていて未知は目の前にいる美しい彼が死神であることを忘れてしまうくらいポゥとなり、その頰は薔薇色に染めて目を逸らした。





その様子に自分を完全に意識していることを認識した死神は気づき、更に押してみる。







「俺と、デートしてください」






ふわっと息がかかるくらいの距離感で右耳に囁かれ、未知の胸はまたきゅんと締め付けられた。もうこれだけで腰が砕けそうになり、未知は小さく「…よげ」と答えて降参した。こんなのは反則である。オッケーしてしまった自分が恥ずかしく思えてきて思わず両手で顔を覆った。







(わぁ…恥ずかしい…どうしよう)







一方、オッケーをもらった死神は嬉しそうに爛々とその瞳を輝かせる。






「ありがとう、じゃあ行こうか」







死神ははにかんだままの未知の肩に手を軽く触れると青空の下、優しくエスコートした。






2人のデートはぐんまちゃんの石像がある群馬県庁前から始まり、死神は未知が行きたいと強く願えば真っ黒なマントを翻して前橋から離れた水上町でも四万温泉でも、どこでもドアの様に何処へでも連れて行ってくれた。








嬬恋村(つまごいむら)のゆっくりと流れる空気感に包まれながらベンチに座り、青々とした美しいキャベツ畑を眺めていると、死神が声をかけてきた。







「お姫様」







未知はそろそろお姫様呼ばわりより、彼の低い声で自分の名前を呼んで欲しくなってきた。




恥ずかしさもあるが、彼とは少し精神的な距離を縮めたい気持ちが強くなっていた。








「ねぇ」







「ん?」






隣に座る死神が振り向く。



口元には柔和な笑みが浮かんでいる。






「あのね、そろそろお姫様じゃなくて…名前で呼んでほしいの」







「恥ずかしかった?じゃあ…未知」






ーードキッ






死神に優しく名前で呼ばれ、未知の胸は高鳴った。異性に名前で呼ばれるとはこんなにもときめくものなのか。





未知は頰が火照るのを感じた。少し照れ臭くなって目を合わせることができない。





「な、なに」





死神は慣れているのか至っていつも通りだ。





「キャベツ、好きか?」





「キャベツ?好き、だけど?」





いつの間か彼はキャベツを手にしているではないか。






「お兄さん、なんだかマジシャンみたいだね。

どこでも自由自在に行けるし」






未知の言葉に死神はどこか寂しそうに笑い、





「これは、未知の“夢の中”だからさ。現実じゃあこんなことできねーよ。」







と答えてキャベツの葉を1枚ちぎる。






「あーん」





差し出された1枚のキャベツの葉に未知は戸惑う。






「えっ、ちょっ、ドレッシングとかなしで?」






「うん、採れたてだからドレッシングなんていらねーよ。ほら、あーん」






「…あーん」






未知は恥ずかしそうに頰を赤らめながら小さく齧りついた。






ーーシャリッ





齧り付く前での間にどれだけ胸をドキドキさせただろう。彼との距離が一気に縮めたのを感じた。




嬬恋の採れたてキャベツの甘みは口の中で広がった。恋の甘み、と言っていいだろうか。






「…美味しい」





未知の感想に、死神は嬉しそうな表情を浮かべて饒舌になる。






「だろ?新鮮な野菜はドレッシングとかマヨネーズなんて近代的な調味料を必要としないんだよ。それに、キャベツはうまいだけじゃなく、ダイエット効果もあるし女の味方だ。たんと食え」






「それって、私が太ってるって言いたいの?」







未知は気分を害した。頰をぷうと膨らませて死神を見る。






「未知は太ってない」






そう言い切る死神の視線は未知の胸にあり、「おっぱいはあるけど」と繋げた。








「ちょ…えっち!」







「俺だって男だからそりゃ立派に育ったもんが目の前にありゃ見るよ。てか、華奢なのに出るとこ出てるって武器だと思うけど?顔もかわいいし」







「…か、かわいいって」







先ほどまで気分を害していたのに、目の前の彼にかわいいと言われて今度は照れに変わる。この男を目の前にするとなんだか自分は本当に壊れたからくり人形の様におかしくなってしまう。







「魂が…狩れないわ、そんなかわいいんじゃあ」







そういうと彼はそっぽを向いてしまった。その横顔は、ほんのり群馬県産のやよいひめいちごの様に耳まで赤く染まっている様な気がした。







「ねぇ…」







「…なに」






「名前、なんて言うの?」






彼の新たな一面を目にし、未知は彼のことをひとつひとつ知りたくなった。







「…知りたいの?」






「うん」







死神は照れくさいのか「一回しか言わないから」と前置きして答える。






「…フェルデヘルデ」






(フェルデヘルデ…)







その名前は未知の中で何かピンとくるものがあった。父の母国語であるドイツ語なのである。







「お兄さんもしかして…ドイツ人なの?」







するとフェルデヘルデは目を丸くしてこちらを見る。







「何で…わかった?」






吃驚した表情をすると色素の薄いブルーアイが見開かれた。その見開かれたブルーアイと美しい金髪から推測するに、彼はドイツの北の地方の出身なのではと未知は思った。






「ドイツの北の方じゃない…?」






「そう、ブレーメンだけど?」





「あ、お父さんと一緒だ」






未知の父はブレーメンの出身だ。



ドイツでは南のミュンヘンなどの地域の方が日本との交流が盛んであるが、未知の父は20代の頃に日本での仕事で群馬出身の母と出会い、日本はもちろん、群馬の上毛かるたなどの独特の文化に惹かれて日本に永住を決めたと言う。やがて父は婿養子としてひとり娘であった母と結婚した。だが子供になかなか恵まれず不妊治療の末、父は諦めかけたが母は最後の頼みと車を飛ばし、伊香保神社に願掛けをして未知が生まれた。






「未知って、ハーフなの?」









「そうだよ、ブレーメンと群馬」








「だからどうりでかわいくて惹きつけられるんだ…」





そう言うとフェルデヘルデはぼそっと呟くように続ける。







「…ますます魂なんか狩りたくない。ずっと、一緒にいたい…」







それはあまりにも小さすぎて未知の耳には届かなかった。







「フェルデ…ヘルデ?」








フェルデヘルデはまたやよいひめいちごの様に顔を赤らめると、そっぽを向いて大きな体を丸めて膝を抱えた。








「なんか…暑くね?」








すると、身に纏っていた真っ黒な服を脱いだ。




真っ白な肌の少し筋肉質な腕が黒のノースリーブから露わになる。腕に浮き出た血管の一本一本が何故かとてもセクシーに思えて、未知はますます彼を意識した。














ーぐんまちゃんー






2人は嬬恋村からJR高崎駅に移動した。



ぐんまちゃん大好きの未知の為に死神がぐんまちゃんshopへ案内するのである。



一方で未知は嬬恋村から彼が手を繋いできていることに気づいた。それも、恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方だ。未知は意識して頰を赤らめる。







「ねぇ…」






「ん?」









「この繋ぎ方…恋人繋ぎって…やつでしょ?」









「そうだけど?嫌か?」








「嫌じゃない…ドキドキ、するだけ」








はにかんで目をそらしながら答えると死神は未知の耳元で囁いた。






「そう?じゃ、俺がいいって言うまで離すんじゃねーぞ?」






ーードクンッ






彼の囁き声が余りにもセクシーで、17歳の未知には刺激が強すぎた。彼の吐息で蕩けてしまいそうで、恥ずかしそうに頰を赤らめ髪の毛先を弄りながら「う、うん」と答えるのが精一杯だ。




けれど、恋人繋ぎとは付き合ってからするものと未知は思っていたのでドイツと日本の差を感じたが、これはこれでフェルデヘルデのぬくもりと力強さを感じられていいと思った。




一方でフェルデヘルデは恥ずかしそうにする未知の仕種がドイツ人にはなく、なんとも初々しく且つ可愛らしく映っていたが、照れ臭さが勝って「い、行くぞ」と未知の手を引いた。






ぐんまちゃんshopに着くとフェルデヘルデは「ちょっと待ってて」とそっと未知の手を放してレジに向かっていった。





しばらく店前のぐんまちゃんパネルとモニターでかわいらしいぐんまちゃんダンスを眺めていると、未知の目の前に彼はぐんまちゃんを連れてきた。





「え…ぐんまちゃん⁈」






驚きのあまり、未知は後の言葉を失った。



今目の前に、ずっと会いたかった本物のぐんまちゃんが手を引かれて現れた…それだけで未知の願いの一つは実現した。






「今日は特別に15分くらいだけど時間割いてくれてさ。ぐんまちゃん、あとはお任せします」






ぐんまちゃんはこっくりこっくりと頷くと、両手を振って未知を歓迎した。未知は思わず感極まり泣いてしまったが、ぐんまちゃんは優しく両手を広げ、駆け寄る未知が懐に収まると抱きしめてくれた。






「ずっと…ずっと会いたかったよぐんまちゃん…私…私…会えてすごく嬉しい…っ」






それに応える様にぐんまちゃんはこっくりこっくりと頷くと、未知の背中を優しくポンポンと叩いて頭を撫でてくれた。






15分程であったがぐんまちゃんに会えた奇跡とも言える時間に未知は大変満足していた。




ぐんまちゃんは限りある時間の中で愛嬌たっぷりのご挨拶し、店内をサービス満点に案内したりと「おもてなし」をしてくれたのである。





未知は満面の笑みで「おもてなし」をしてくれたぐんまちゃん対して心からのありがとうを言い、手を振って戻って行く姿を見送った。




しかし、フェルデヘルデの目には彼女の命がそろそろ終わりを迎える、それが見えていた。未知の体はうっすらと透けていっているのである。




あと長く保って30分…彼は未知の笑顔を見るのが辛くなっていた。






一方で、現実世界での未知の肉体にも変化が起きていた。



心電図の波が少しずつだが弱くなり、彼女の目からは涙がスーッと零れ落ちる。口元には微かな笑みを浮かべているように見える。







「未知の表情が、なんだか穏やかじゃないか?」






「きっと、長い夢の中でずっと会いたかったぐんまちゃんに会えたのよ」







父は眠り続ける娘に優しく頭を撫でながら話しかける。






「そうなのか未知?」







「…きっとそう…そうよね」






涙脆い母が涙ぐみながらそういうと、彼女の枕元にぐんまちゃんのぬいぐるみを置いた。




置かれたぬいぐるみの表情はいつも以上に優しく、愛らしい。





そろそろ一緒にいられるのも最後かと両親は思い始め、ずっと秘めていた娘への感謝を伝え始める。






「未知、ありがとう…お母さんはあなたを生み育てる事ができて、本当に幸せよ」






「未知はパパたちが心配だったみたいだけど、未知が生きているという真実だけで毎日が幸福に満たされて神に感謝ができる。ありがとう」





父はぐんまちゃんの横にかつて幼い未知に与えた聖書とロザリオを置いた。




そうしている間にも未知の目からは再び涙が零れ落ちる。






「あなたは不妊治療の末やっと授かったたったひとりの娘。あなたが生まれたことによって壊れかけていた夫婦の絆を修復してくれたわ…」







未知が生まれる前、朝比奈夫婦は度重なる失敗と体外受精によるキリスト教による道徳に反した後ろめたさに疲れ切っていた為、夫婦関係は破綻寸前だった。




しかしどうしても2人の間に子を授けたい思いはまだ強く残っていた為に最後に残った受精卵を使い、更に母は教会のみならず、伊香保まで車を走らせて子宝の願掛けを行なった。すると、数ヶ月後には未知を宿し産むことできた。




夫婦そろって未知をかわいがっているうちに破綻寸前だった夫婦関係は気づけば修復できており、今がある。








「君のおかげだよ未知。本当にありがとう」







「ありがとう、未知」







両親は涙を堪えきれず、止めどなく溢れる涙を手で押さえながらドイツ語で未知に囁く。







「「Ich had ‘dich, 」」

(大好きだよ)






愛を囁くと、2人は愛娘のおでこにキスをした。












ー伊香保石段街ー






JR高崎駅のぐんまちゃんshopをあとにし、2人は渋川市の伊香保石段街を訪れた。



テレビの旅番組でも紹介されるため訪れたことがない未知にもここは知っていた。有名人が訪れることもあり、お土産店の前には有名人の写真などが飾られている。もちろんぐんまちゃんの写真もあり、ぐんまちゃんの写真集「ぐんまちゃんとお散歩」には石段をのぼっていく後ろ姿がおさめられている。




風情ある石段は365段。長い歴史は400年を超えており、万葉集にも詠まれている。また温泉は草津温泉と並んで日本の名湯として名高いこともあり、上毛かるたでは1枚目の「い」の札として詠まれてその読み札は大事な札として赤く染められている。




長い歴史を感じ、一歩一歩に噛み締めながら2人は手を繋いで石段をのぼっていった。2人の足元の石段には与謝野晶子氏が詠んだ「伊香保の街」が刻まれている。




左右のお店を見ながらのぼっていく石段は楽しく、あっと言う間に365段の石段をのぼりきって神社の鳥居の下をくぐった。




参拝したあと未知は絵馬を見た。



伊香保温泉が子宝の湯ということもあり、たくさんの子宝を願う絵馬が所狭しと掛けられていた。








「フェルデヘルデ」







「ん?」






「私 、両親の不妊治療の末に生まれた子供なんだ。でね、お母さんもここで願掛けの絵馬を書いたそうなの。もしかしたら…私がここで絵馬を書いたらまた両親の元に生まれることができるのかなぁ…?」







フェルデヘルデは少し考えた。




未知はもしかしたら自分がもうすぐ死ぬことをわかっているのかもしれない。




あと数分。また両親の元に生まれたいと絵馬を書いた者の例は見た事はないが、本人がやりたい事はやらせてあげるほうが賢明かもしれない。





「実例はないけどやってみればいい。書きなよ」





未知は背中を押されて「うん」と頷くと、セーラー服のスカートを可憐に翻して絵馬代を納めると油性ペンで書き始めた。







「フェルデヘルデ」






書き終わった絵馬を掛けると未知はフェルデヘルデに話しかけるが、彼の表情は少し虚ろでぼんやりと上の空に見えた。






「フェルデヘルデ…?」






呼ばれても気付かぬほど彼は思いつめていた。




目の前の彼女の体がJR高崎駅の時よりもどんどん透けていた。それを見るたびに、もっとそばに置いておきたい気持ちが募って辛くなっているのだ。





このまま、死神の仕事を放棄して彼女の魂を狩らずに一緒にいられたら…とさえ考えてしまう。






「ねぇ、聞いてる?」






「え?…あ、ごめん…」






「もう、疲れちゃった?」






「ううん…で、何?」






問われて未知は少し照れてはにかんだ笑みを浮かべると「やっぱり、なんでもない」と言って後ろを向いた。何を言いたかったのかわからないが、そんな言動でさえ彼にはかわいく写った。




もう、彼女の何もかもが、フェルデヘルデにはかわいらしくて仕方がなかった。







石段を降りてすぐのお店で未知はしゃぼん玉セットを見つけた。フェルデヘルデが買ってやると彼女は童心にかえったのか、楽しそうにしゃぼん玉を吹き始めた。





フェルデヘルデはあまりの愛おしさで気持ちが爆発しそうになると、その華奢で儚げな体を後ろからぎゅっと抱き締めてかわいらしい小さな耳に囁いた。






「好きだよ、未知」






一瞬未知は吃驚してフェルデヘルデの方を振り向くと、真っ赤に染まった頰を両手で押さえながらはにかみ、「私も…好きだよ」と返した。






フェルデヘルデはそれだけで胸がいっぱいになり、ぽろぽろと涙をこぼした。






「フェルデヘルデ」






未知は彼の目を真っ直ぐに見る。






「私、もう長くないんでしょ…?そうなんでしょう?」






未知にはわかっていたのだ。フェルデヘルデがまた現れたこと、そしてその様子から自分はもう長くないことを。






「…うん、そうだ。俺の方がもっと未知のそばに居たくて言えなかった…ごめん」








「…どうして、そんなに私が好きなの?」






フェルデヘルデは耳を赤く染め、照れくさそうに頭を掻きながら質問に答える。






「5年前に夢の中のるなぱあくで出会って遊んだだろう?実はあの時より前に病院で未知を見かけてさ、あまりにも魂が澄んでて綺麗だからずっと気になってて…。その頃から既に好きになりかけてたんだろうけど、まだ未知は小学生だったから恋愛感情だとは思ってなかったんだ。でもな…気づいたらお前にどうにか話しかけたい気持ちが強くなって夢の中に出られるようにまじないかけたんだ」








「じゃあ…ころとんは?」









「俺だけじゃあ未知が怖がるから頼んだ」








「やっぱり…ころとんの様子が急に変になったのはそれだったんだなぁ…ころとんが『上越線に乗り遅れちゃうころ!』なんてさ。上越線に乗るなんてありえない気がしてた」







それを聞いてフェルデヘルデは吹き出した。







「はははっ!ころとん、そんなこと言ったの?」








「うん」






「あれね、不思議の国のアリスみたいな感じにしたかったから適当にやってあげてって言ったの。したらそれか?はははっ」








「でも、ころとんだって私のこと楽しませてくれたからかわいい嘘が下手でもいいや。フェルデヘルデも楽しませてくれたから謝らなくていい。私も一緒にいたい気持ちは同じ…だけど…」






未知はふと自分の体を見た。既に透けていた左足は消えて見えなくなっていた。彼女の中である決心がつく。






「フェルデヘルデ…」






未知の右手はフェルデヘルデの腰ベルトに伸びていた。腰ベルトのケースからツイスト・ダガーを取り出し、彼の右手に逆手に握らせた。






「なに、やって…」






「さあ、お仕事よ。私が消えちゃう前に、魂をフェルデヘルデの手で狩ってほしい…」






お仕事…フェルデヘルデの顔が曇る。




すっかり未知に魂ごと惚れ込んでしまっている彼には出来そうになく、躊躇っている様子だ。







「…できねーよ。てか、お前だけは刺したくない…完全に消えるまで一緒にいさせろ…」






その声は涙声で掠れ初めていた。目からは大粒の涙が溢れ、腰掛けている石段に落ちる。




しかし、未知の気持ちは揺るがない。






「フェルデヘルデ」






「…未知」






真っ直ぐに彼の目を見つめる。





「肉体は死んでも魂は死なない、消えないよ。

…ずっと、見えなくてもそばにいるから死神の仕事、全うしてほしい」





「…そばに、いてくれるんだな?」





「うん」






その言葉で彼は理解したのか黙って頷くと、愛おしい未知を再び抱きしめ囁いた。






「Ich liebe dich」

(愛してるよ)






未知もドイツ語で囁き返す。






「Ich liebe dich auch」

(私も愛してるよ)






2人の想いが一致し互いの目があうと、愛を囁きあった唇を重ねた。最初で最後の口づけを交わしながらもフェルデヘルデの目からは涙が溢れて止まることはなかった。



そうこうしている間にも抱き抱えている未知の体は腰まで消えていた。本人の意思を尊重し、刺さなければならないのは彼にとってつらいものだったが、彼は決心した。唇ごと身を預けている未知の背中にツイスト・ダガーを突き立て、彼女を蝕んだ心臓目掛けて突き刺した。




夢の中の為痛みはなく、眠るように未知は突き刺した彼の体に崩れて人生を終えた。そしてその肉体は複数の小さなしゃぼん玉となって彼女が愛した群馬の空を飛んで行き、彼の手元には優しい、澄んだ魂だけが残った。






「…未知、ずっと一緒なんだよな?」






返ることない問いを彼女の魂に投げかけながら魂専用の丸いガラスケースに魂を入れると、彼は小さくしゃぼん玉の歌を口ずさんだ。








「しゃぼん玉とんだ…屋根までとんだ…屋根までとんで…こはれて消えた…」








彼女の魂を胸に抱きかえると続きを歌う。







「…生れてすぐに…こはれて消えた…」







その頃、現実世界の群馬では大雨が降っており、群馬の名物と言ってもよい雷も鳴り響いている。

午後2時、未知の心臓が止まった。

幸せ…そんな笑みを浮かべながら…


ーDas Endeー

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