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好きは呪いなのかもしれない

「おかえり。レックス」

「た、ただいま……」


 怒っている。すごく。

 満面すぎる笑みは怖い。


 アラン団長が私を送る前提で許可された外出。それなのに。一人で帰っては見つからない様にコソコソと辺りを警戒する。

 お父様がキレ気味なのも当然。


 助けを求めようと見渡してみるも、見事に全員、目を逸らして行ってしまう。


「おいで。話があるんだ」

「は、はい」


 断れる雰囲気ではなかった。大人しく後ろをついていく。


 お父様の執務室に案内されて、紅茶とお菓子を用意したクリークは退室。風の速さで。


「アランくんのことは一旦置いておいて。店のことなんだけどね」

「店?あ、うん」

「客層を広げたいわけではないんだけど。もっと色んな人に認知されるには、どうしたらいいと思う?」


 既に有名ですが?

 平民も貴族も多くの人に求められる店なのに、今以上に何を望むと。


 さっきまでも笑みとは違う。爽やかさの中に腹黒さを感じる。

 そういうことか。つまり、他の貴族の店からお客さんを横取りしたいと。


 ──ほんっと、良い性格してるよ。


 とは言ってもな。私に経営の才能があるわけではない。どんな工夫をしたら人が集まるかなんてわかるわけがないんだ。


「お菓子は形が崩れたり失敗した物は“ワケあり”として安く提供するのはどうしでしょう?子供のお小遣いでも買える値段が理想ですね」

「なるほど。確かにそれなら話題にはなるが……」

「他の店はポイントカードを作るというのは」

「ポイントカード?」


 当たり前のように日常にあった物はこの世界には存在しない。

 とにかくただただ働かせて、利益を得るという仕組み。


 買う側と売る側。文字通り、買うと売るだけを目的としている。


「数ある店の中でお父様の店を選んで買いに来てくれているのですから、他とは違うお得感があればどうかなと」


 金額ではなく一回の買い物でポイントが一つ溜まる。粗品を渡すか割引をするかはお父様の判断にお任せ。

 私はあくまでも提案するだけ。こういうのがありますよーって。


 この手のキャンペーンは事前告知が重要。すぐに導引したところで混乱させるだけ。

 店内に告知ポスターを貼ったり、ポイントカードの説明を書いたチラシを配ったりすることで、まずは自然と目に触れさせておく。


 初の試みに失敗する可能性は……ないな。お父様の店は信頼と実績が積み重なっている。

 この案は成功するだろう。


「それと。騎士科についてですけど。その……」

「騎士科はレックスの発案で作られた科だ。気になる点は言ってくれ」

「生徒を学生だけを対象にするのはいかがはものかと」


 成人を迎えた貴族だって本当は騎士になりたい人はいたかもしれない。

 卒業生ということだけで、訓練を受けられないのは不公平。

 生まれが早かったからと夢を諦めるなんて悲しすぎる。人には等しく平等に、夢を追いかける権利があるのだ。


 騎士科は既に設立されて生徒も集まっている。

 でも、まだ授業は始まっていない。学園の卒業生を対象に騎士を志す人を新たに募集する。


 「それと。クラスは二つに分けたほうがいいかと思うんです」


 同じ実力の生徒同士でクラスを分けて月に一度、試験を行う。合格者は上のクラスに上がれる。

 最初から全員が同じクラスだと、見せつけられる実力の差に剣を置く者が出てこないとも限らない。


 自分の意志で追いかけて叶えたいと思った夢を、諦めて欲しくないからこそ出来ることをやらなくては。


「僕の娘は相変わらず、誰かを想う良い子だね」


 伸びてきた手は優しく頭を撫でてくれた。

 採用してくれる。私の案を。


 早速、ヴィザに一筆書いてクリークに届けさせる。

 募集期間を長く取りすぎると授業に支障をきたすため、かなり短いけど三日後が締切。


 学園に新しく騎士科が設立されたことは周知の事実。知らぬ者などいない。


 どれだけの人が集まるのか、集まらないのか。

 私にはわからないけど、多くの人に伝わるといいな。

 夢は追いかけていいのだと。遅すぎたと諦めるのではなくて、叶えるためにがむしゃらに奔走したらいい。


 後悔をしながら生きていくよりも、挑戦することに意味がある。


「ところで。レックスはアランくんと付き合いたいのかな?」


 紅茶を飲んでむせた……吹き出した。漫画の一コマのように。


 流れるようにハンカチを差し出してくれる。口元を拭いて、しっかりお父様と向き合う。

 ここで目を逸らしたりしたら、あらぬ誤解が生まれる。


 責めるような目も、茶化すような雰囲気でもない。

 真剣に私の想いと……。


「好きで……いたいだけです。それ以上を求めることはありません。絶対に」

「それは本心?」

「はい。アラン団長は恋愛に興味がない方ですから」

「アランくんではなくてレックスの気持ちを聞いてるんだよ」


 優しく強く、諭すような声。心の奥底で鍵を掛けた想いが熱くなる。


 私はアラン・スミスが好きだ。それだけはどうしようもない事実。

 だからこそ。迷惑をかけたくない。


 愛を信じないアラン団長に私の想いは猛毒。心を蝕み、苦しめるだけ。

 大切なのは私の私ではなくアラン団長の気持ち。


 私達の関係が変わることはない。


 学園を卒業したら顔を会わせる回数だって減る。

 公爵令嬢として私は政略結婚をするのだろう。お父様がそれを許すかどうかは別として。


 好きな人と私を結婚させようと力を貸してくれるとしても、私だけの想いを優先させるつもりなど更々ない。


 それに……。好きでいることさえ私にはおこがましく、本当は怖いのだ。


 先輩のように死んでしまったら?


 私が誰かを好きになることが呪いとなり、相手の命を奪ってしまうのだとしたら、好きでいたくはない。

 なかったことにするためにも、この想いは隠して隠して、心の奥底に隠しておかなくては。


「そう……。それがレックスの、カオルの答えなんだね」


 何も答えられずに微笑んでいると、察しの良いお父様はそれ以上の追求をしてこない。


 店の改革と騎士科へのアドバイスについてのお礼を言われて、私は執務室を後にした。

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