好感度
「そんなに……私のことが嫌いですか」
絞り出した声は震えていた。
アラン団長は何も言わず行ってしまおうとした足を止める。
手を差し伸べてもらると期待していたわけじゃない。
これまで優しくしてくれていたのは全部、お父様の機嫌を損ねないよう、国の不利益を防ぐため。
「嫌いじゃない。そう言って欲しいのか?」
取り繕うことをやめたアラン団長は私が嫌いだ。大嫌いだ。
だってアラン団長を攻略キャラにするには「アーグル帝国の皇子」と口にしなければならない。
対象となった瞬間から、アラン団長のヒロインに対する好感度マイナス五十からスタート。
見えていたハート一つ分が何点か知らないけどマイナス五十から始めてハッピーエンドに辿り着けるのかな。期間がどれほど設けられてるかわからないけど、猶予は卒業までと思ってたほうがいい。
「なぜ……俺なんだ?他にも男はいるだろ」
素朴な疑問。納得する理由を求めている。
「好きになるのに理由は必要ですか?」
「他の奴ならいらないだろうな」
ただ漠然と好きだと思った。その理由を深く考えるのは初めて。
好きになった理由がないわけではない。
「私を信じてくれたから。守って……くれたから」
死ぬんだと思ったとき、死を遠ざけてくれたのは他ならぬアラン団長。
手に大きな傷を負いながら、痛みを感じさせないほど涼しい顔をして。
ふと、視線は下がる。ナイフを鷲掴みにした手には深い傷跡が残っていた。
騎士にとって傷は勲章だと聞く。
私のために負った傷もカウントされるのかはわからないけど。
「そういう者なら今までにもいた。それこそジルが。俺である必要がない」
その通りだ。アラン団長よりも先に出会い、不器用ながらに私を守ってくれていた優しい人。
でも、私にとってジルはお兄ちゃんみたいな存在で、異性として見たことは一度もない。
距離が近すぎたからなのだろうか?
「はぁ……。俺に対する恋心はまやかしだ。土壇場で命を救ったことへの恩を恋だと勘違いしている。偽物の感情に左右されるなんて公爵令嬢として、あるまじき失態だな」
──偽物?この想いが?
名前を呼ぶことも緊張して、顔を見るだけで熱を帯びる。
これまでにない胸の高鳴りは本物。
酷い言葉を浴びせてまでも、私の恋心をなかったことにしたいんだ。
それはきっと、私のことが大嫌いで、好かれることが迷惑だから。
「何も……望まないから。ただ好きでいるだけでも許してはもらえませんか」
「…………は?」
吹き抜ける風が頭を冷静にしてくれた。
アラン団長から目を逸らすことなく自分の意見を伝えるために向かい合う。
ついうっかり……ではないけど、アラン団長を攻略対象にしてしまった私の言葉は信じるに値しない。
でも、これだけは本当のこと。
「私は好きでいるだけでいいんです。それ以上を望んだりはしない。絶対に」
遠くから見て、時々は人より近い距離で話をしたいだけ。
恋人とか、ましてやアラン団長にとっての想い人になりたいと願うはずもない。
だってそうでしょう?愛を信じられないアラン団長に、愛を教えるなんて私には無理だ。
どんなに私が「愛している」と伝えたところで、愛を信じられる環境にいなかったのだから。
「それさえ迷惑だと言うのなら、好きでいるのはやめます。でも、今は。今だけはまだ好きでいさせて下さい」
噛まずに言えた誇らしさ。
私からの好意を迷惑としか思わなくても、好きじゃなくなるのなら大目に見てくれるはず。
そんなすぐに吹っ切れるほど私は大人ではないので、猶予を与えて欲しい。
好きだけど、好きの想いに蓋が出来るようになるまで。
本音をぶつける間も心臓はどんどんと速くなった。
好きとは別の緊張のせいで、未だ鼓動は速いまま。
体の内側から殴られるような衝撃が続く。
この音がアラン団長に聴こえてしまうのではと気が気ではない。
「今日は……」
優勝おめでとうございます、ではないな。
大会を勝ち抜いたのはクロックだし。あくまでも優勝者と戦って勝っただけ。
中途半端なところで言葉を切るものだから、やや顔をしかめていた。
「ありがとうございました。どんな理由であれ、こうして二人でいられたことを嬉しく思います。それにアラン団長の素も見れたことですし」
大丈夫。私は笑えている。作り笑いは得意だ。
ただでさえ嫌われているのにこれ以上、嫌われでもしたら本当に殺されるのを待つだけとなる。
そうだよ。恩人の娘から好意を抱かれるなんて面倒以外の何者でもない。
断れるわけがないんだ。私が本気でアラン団長との未来を望めば。
優しさに甘えてばかりいても困らせるだけ。
線を引かなくては。不用意に近づいてしまわないように。
感情に蓋をするのは難しくても、距離感を保ち守るのなら私にだって出来る。
最初はぎこちなく不自然かもしれないけど。周りからも変に見られるかも。
同じことをひたすらに繰り返していれば、いつしか不自然はなくなり普通になる。
普通になれば迷惑はかからない。
「もう帰りますね。あまり遅いとお父様が心配するので」
「レッ……」
荒ぶる感情は鎮まりそうにない。
逃げるように立ち去っては、私を呼び止めようとするアラン団長の声に振り向くことはしなかった。
だって絶対に、そんなわけないじゃん。
私の願望に決まっている。
自分にとって都合の良すぎる妄想で現実から目を背けるのはやめよう。
私の発言でアラン団長からの好感度が上がったことを、私は知る由もない。




