非常識
………とまぁ、お父様が丁重に婚約を断った翌日。
ハティがファーラン邸へとやって来た。
それも朝早く。
朝食を摂るよりも早い時間なんて何を考えているの。あぁ、何も考えてないのか。
応接間でお父様が対応しているようだけど大丈夫かな。
お母様は私まで行かなくていいと言った。そうしたいのは山々だけど、当事者は私。
いくら婚約さるために親の同意が必要とはいえ、絶賛婚約しろアピールをされている私が顔を出さないわけにもいかない。
寝起き感がないようにマリーが気合いをいれて変身させてくれた。
入室の許可をもらい、私も遅れて同席させてもらった。
うん。空気悪っ。
窓開けて入れ替えしたほうがいいんじゃない。
お父様はにこやかな顔で目に見えて苛立つハティと対面していた。
「ファーラン公爵。レックス公女との……」
「何度もお伝えしている通り、婚約は致しません」
可哀想に。
きっと何度も言葉を遮られては同じ言葉で断られているんだろうな。
二人の背後で龍と虎がいがみ合ってる。お父様のほうがかなり優勢。
漫画みたいなワンシーンをまさか拝めるとは。
ハティは笑顔なのに顔の隅に怒りマークが出ている。握り締めた拳も怒りに震えている。
せめて隠しなさいよ。膝の上だと丸見えなんだけど。
お父様の視線も時々、下がる。
「失礼ですが公爵。他の貴族はファーラン家の権力欲しさに政略結婚を企てる連中ばかりです」
「それは困りますね」
お前もその一人だろ、とでも言いたそう。
「それならば私と婚約し、この国の王妃となったほうが公女のためにもなります」
ハティのドヤ顔がイラッとする。
「それは一理ありますね」
「では……」
「なぜ、我が娘なのですか?理由をお聞かせ願いたい」
「それは……」
言葉に詰まるのも無理はない。
私と彼は今日が初対面なのだ。
ゲームの本編は2年の春から。
それ以前には一度として会ったことさえない。
同じ学園にいてもクラスが違い、彼は王子でもある。
王族に取り入ろうとする令嬢達に毎日のように囲まれていたために、休み時間はいつも自習室に隠れていた。
空気の読めない令嬢がたまに突撃してたみたいだけど、そこは護衛のクロックがしっかりブロックしていた。
廊下ですれ違っていたとしても存在感の薄いレックスの姿がハティの目に留まるはずがない。
「横から口を挟んで申し訳ないのですが」
助け舟を出すかのようにクロックが一歩前に出た。
「先程から気になっておりました。なぜ殿下にお飲み物をお出しになられていないのですか?まさか公爵家が客人に、しかも第一王子であらせられるハティ様に茶の一つも出さない無礼を働いているのですか?」
それは私も気になってた。
いくら嫌いな相手だとしても、最低限のもてなしはしないと。
オロオロする私をよそにお父様は変わらぬ笑顔で
「申し訳ありません。まさか殿下ともあろうお方が連絡の一つも寄越さず朝一番で訪問されるとは思ってもいなかったものでして。事前にわかっていれば最上級のもてなしをさせて頂きました」
こちらには非がないことを訴えた。
この場合、お父様のほうが正しい。
例え王族であっても、伺う前には先方に一報を入れるのが筋。
つまり非常識なのは、婚約を断られただけで家まで押し掛けた挙句に同意しろと圧力をかけてくるあちらさん。