少し前のロフィーナ国【ケエイ】
「自分がどうしてここにいるのか、わからないわけではないよね?」
以前のような面影はなく、やつれボロボロの衣服に身を包む元、シナー嬢を睨みつけた。
本来であれば手足を拘束し首枷を付けるとこだが罪人と決めつけるには早いとヴィザに断られる始末。
──可愛い娘が見知らぬ土地で侮辱され貶されているのに罪人ではない?
お優しい国王様だ。
「(ケエイの怒りがこちらに向き始めている)」
連行の際にアランくんが抜き取った彼女の記憶を調査団と共に確認していく。
自分の都合の良いように話をでっち上げ、史上最低の悪女だと言いふらす。
レックスの温情を無下にするとは、国外追放だけでは罪を償う気はなかったか。
いっそのこと修道院にでも送ってしまえばよかった。
「ご自分の仰ってる意味をご理解した上での発言ですか?」
今日はもう沈黙を貫くつもりはないらしい。夫人の声はいつもより低く冷たかった。
──息子への愛情は健在というわけか。
公爵家の跡取りとして幼少期より厳しい教育を受けたことからあのような性格になったと聞く。それは本人の問題でもある。
家の重責から逃げるのは勝手だが、公爵の甘い蜜だけは吸い続けたいなど。
あんなのが同じ公爵家だったなんて反吐が出る。
「私は!!殿下に愛されていたのよ!!」
「だから?」
言い訳を最後まで聞く必要はない。彼女の罪は明らかなのだから。
他の女性を愛していながらレックスとの婚約を諦める様子はなかった。
愛してやまない一人娘をあんな風に嘲笑っておきながら。
例え神が許そうとも僕は許さない。許せない。
王の血に生まれただけで国民を虐げる無能な王子の分際で。
つい力を入れると出されたカップの持ち手が取れた。まけてしまった紅茶はゆっくりと流れ落ちる。
「ファーラン公爵。あまり感情的になるな」
ガラル侯爵は首を横に振った。冷静になれと言いたそうだ。
彼女はようやく自分のおかれている状況を理解した。
ここにいるのは優しいレックスではなく、娘を傷つけられ怒りを抑える父親であると。
そして……。彼女は誰にも守ってはもらえない。
震える彼女から視線を逸らさずに王宮の召使いに割れたカップを渡す。
長居するつもりはなく新しいのは持って来なくていいと言った。
「私はね。家族を傷つけられるのが一番嫌なんだ」
部屋の空気を変えるべくヴィザが窓を開けた。吹き込む風は夏の暑さを感じさせる。
反省の色を見せようとしない彼女に殺気を向けた。
謝罪の一つでもあれば許しはしなくても刑罰は軽くする。
「わ、私は悪くない!!」
「は?」
「っっ!」
同じことしか言わない彼女を黙らせた。
人を脅すのはあまり趣味ではないが、立場だけはハッキリさせておかなければ。
空気の変わり具合に調査団らは息を飲んだ。
僕も伊達に当主の座にはついていない。温厚な性格だけで生き抜けるほど公爵家も甘くはないのだ。
普段からにこやかにしているのは面倒事を流したいから。
陰で僕を笑う連中も、商売や金銭面で余裕がなくなると僕の元へやって来る。
あんな連中に一銭足りとも渡すぐらいなら海にでも投げ捨てたほうがマシだ。
ユリウスの大親友であるフレドリカ夫人の前では初めて見せる顔。
女性の前で取る態度ではないが僕にも限界はある。
部屋の異変を察知したエルギ卿は素早く入り込んだ。
部外者である彼がこの場にいることは許されず、出ていってもらうよう入口を指差した。
代わりに待機させていたアランくんに入ってくるよう声をかける。
瞬間移動は魔力の消費が激しく短時間で長距離の行き来は難しい。
勝手に王宮内に足を踏み入れていることは、きっとヴィザは咎めないだろう。なんと言っても心優しい王だからね。
「彼女をアールグに送ってくれ」
完璧に取り繕われた表情が一瞬だが崩れた。
「申し訳ありませんがケエイ殿。そこはシエル様が管理している場所故に……」
「そのシエル様から許可は得ている。これはその証拠だ」
何の準備もせず今日この場に来るわけがない。
何日も前から手紙を出し、その返事が今日ようやく届いた。
中身を改めたアランくんは私にシエル前陛下の姿を重ねたように膝を付いた。
「全ては我が主の御心のままに」
逃げようとする彼女を捕まえて、拘束すればいいものを足を折った。
「女性はもっと丁重に扱うものだよ」
「それを貴方が仰いますか?この女をアールグに送れと命をくだした貴方が」
「報いは受けるべきだと思っているだけだ。それにしても君。やっぱりスーツ似合わないね」
「貴方が私に学園長になれと言わなければこんな恰好をせずに済んだのですが」
「僕の前でいちいち仮面を付ける必要はない。でもレックスの前ではきちんとしといてくれよ。素行の悪さが移ると困るから」
「わかっています。ではこの女は希望通り、アールグに連れて行く」
「あ、そうだ!アランくん。レックスは元気かい?」
「ええ。とても」
「それならいいんだ。もう下がっていいよ」
足の折れた人間の連行は面倒なのだろうけど、首元掴んで引きずるのは大問題。
こんなこと頼んどいてアレだけど、彼女が可哀想になってきた。
やることも終わったし早く愛する妻の元に帰ろう。
「待てケエイ。アールグとは何だ」
「陛下。世の中には知らないほうがいいことがありますよ」
「最初からこうするつもりだったのか」
「まさか。あくまでも使いたくなかった手段です。彼女が自らの罪を認め反省さえすればハティ・エブロ・ロフィーナと、更に奥地に追いやろうと考えていました」
「人の息子を利用するつもりだったのか」
「人聞きの悪い。大元は彼ですよ?責任を取るのは当然かと」
愛しの彼がいればレックスへの攻撃は収まると踏んでいた。
実際に差し出していれば勝ち誇ったようは笑みを浮かべては見下すのだろう。
愛に溺れた者の末路。
レックスにだけはそんな恋愛を経験して欲しくはない。
そしてカオルにも幸せになってもらいたいからこそ僕は……。
大切な二人の娘を守るためなら僕は相手が誰だろうと戦う。
彼女の一件以来、養子を迎えようとしていた貴族は慎重に見直すこととなった。我が子として迎え入れた子供に家を没落させられたらひとたまりもない。
シナーくんは一体、彼女の何に惹かれて養女にしたのだろうか。
華やかさのある見た目?
だとしたらそれはシナーくんの落ち度。人の価値は中身で決まる。シナーくん自身、わかっていたはずだろうに。
「お待たせ。帰ろうか」
「随分と早いですね」
「そうかい?まぁ簡潔に終わらせたからね」
「それでしたら他の人を交えなくてもよかったのは。旦那様が処罰を決めてしまうのならいなくても同じでしょう?」
「彼らの息子は加害者でも、彼らは被害者だ」
あわよくば三馬鹿息子も一緒に罰を下したかったがチャンスがなかった。
オーシャン王国は良いとこだ。他人を陥れる輩がいないから。
その代わりアランくんがいる。
「どうされました?浮かない顔をして」
「僕ってウザいかい?」
レックスももう十七歳。
あまり過保護になりすぎると嫌われるなんて笑顔で言ってくる。
僕がどれだけの愛情を注いで育ててきたか知らないくせに。
「お嬢様との関係ですか?」
「んー……うん」
「何も心配することはございませんよ。お嬢様は旦那様と奥様の子供で、お二人のことが大好きですから」
顔色を伺うわけでも、気を遣うわけでもない。
本心からそう言ってくれているからこそ僕のやってきたことは間違いでなかったと証明される。
人との繋がりを大事にしていこうと、そう思える瞬間。
「何にせよ。罰は受けてもらわないとな」
呟いた独り言は誰に届くことなく、空えと消える。




