英雄騎士の心情②【アラン】
騎士寮に着くと団員が一斉に駆け寄ってきた。
ジルの顔は不機嫌そうに俺の後ろの男を睨む。
クロック・ガラルはレックス嬢に剣を向けただけでなく顔を引っ叩いたんだったな。
主人が主人なら従者も従者。
惚れた女の涙で、あろうことか女性の顔に手を出すとは。
落ちぶれたな。由緒あるガラル家も。
こんなのが同じ騎士?笑わせる。
守る意味さえ履き違えてる自分勝手なお坊ちゃん。
それだけならまだよかった。
クロックはレックス嬢への恋心があった。いつからなんてのは興味がない。
どうせシナー嬢を選んだのだから。
それなのに時折、レックス嬢に手を差し伸べる。
嫌われたくない下心が全面に押し出た結果だろう。好感度を下げないためだとしたら救いようがない。
最初からあの三人に好感度なんてものはなかった。ないものは下がりはしないし、上がるはずもない。
あんなどっちつかずの態度では。
大人しいレックス嬢なら……と、甘えていたんだ。
傷ついたときに優しくしたら受け入れてもらえると勘違いしては、自分の存在を示した。
「ジル。手合わせするなら剣ではなく木刀でやれ」
ジルはバカではないが忠誠心は人一倍強く、どんな形であれ仕えていた主に怪我を負わされるなど許し難い。
むしろよく何もしなかったと褒めてやりたいくらいだ。
単純にファーラン家に迷惑をかけたくないという理由なのだろうが、あのジルが王家以外に忠誠を誓うなど予想もしていなかった。
それほどあの家は特別なのか。
かくいう俺も慣れない業務をこなしている。
「それが本当の貴方ですか」
「学園でなければここはロフィーナ国でもない。仮面を外しただけだ。お前達はいつまでそうしてサボってるつもりだ。さっさと訓練に戻れ」
「「は、はい!すみませんっ!!」」
「久しぶりに帰ってきたんだ。愛想よくしたらどうだ」
「お前のようにか?ラファイル卿」
第二騎士団団長ラファイル・コレッシュ。
人柄もよく誰からも好かれる。
モットーが「みんな仲良く」なんて子供じみている。
過去に片目を潰されたものの現役を退かず未だ活躍する。ハンデがあってもラファイルの実力は本物。団長クラスでなければまともに相手も務まらない。
「その呼び方はやめろ。それで、後ろの子供は?」
「招かれざる客だ。適当にもてなしてやれ」
「それはいいが。ところで。我らが恩人ケエイ殿の娘はどこだ。来ているんだろう?」
「王宮」
「お、おお……。それは……。大丈夫か……?ほら色々と。あそこにはシェイクがいるだろ」
「そんな心配しなくても王宮騎士だぞ」
「そうなんだけどなぁ。うーん」
「理由つけて見に行きたいだけだろ。やめとけ。ルーナ様に怒られるぞ。レックス嬢は見世物ではないと」
「へえー。ふーん」
「なんだ」
「別に。お前が女の名前を覚えてるなんて珍しいなと」
ラファイルは「あの日は……」とくだらない過去を思い出し始めた。
「シン様の婚約者候補が騎士寮に来たとき、剣を突きつけて、死にたくないなら消えろなんて言ったよな。ちゃんと紹介されたのにさ」
「そうだったか?」
「だからてっきり女には興味がないのかと思ってた」
「他人に興味はない」
「お前のそういうとこ。協調性ないよな」
生きる理由も目的も国のため。無駄に馴れ合うつもりはない。
人の顔にしてもそうだ。覚える意味がない。
最低限、関わる人間だけでいい。覚えておくのは。
王子や王女の婚約者なんて以ての外。
騎士寮に部外者が足を踏み入れること自体、許可されていないのだ。
知らなかったなどの妄言は通じない。
例え陛下や王妃でもルールには従ってもらう。相手が誰であろうと例外はない。
入りたければちゃんとした手順を踏ませる。
「本当にアランが帰ってるじゃないか」
「面倒なのに見つかった」
久しぶりだなオリバー。
「口にすることと心の声。逆じゃないのか」
「…………いや?それよりどけ。俺は寝る。疲れているんだよ」
「英雄騎士様が弱気なこと言ってんじゃねぇ。さぁ祝いだ!飲みに行くぞ!!」
「誰が行くか」
国一番の怪力で掴まれると為す術がない。
この腕を切り落とそうにも剣は部屋に置いてある。
騎士団馴染みの居酒屋は年中無休で格安値段で酒を提供してくれる。溜まり場にはうってつけ。
新人が入るといつも拉致して無理やり飲ませる悪行を繰り返す。零騎士団に人が入ることはなく俺は不参加ではあるが、部下の行動にまで制限をかけたことはない。
人の命を奪った上に今の地位を手にした俺に人を縛る権利はないからだ。
陽が高いうちから拘束されるとオリバーを酔い潰すしか方法がない。
案の定、沈んでも俺は解放されなかった。
オリバーを潰すには酒樽が何百個もいる。
怪力で酒豪。
酔わないが絡みがウザい。
だから嫌いなんだよ。オリバーは。
夜になれば訓練を終えた団員達も合流してはバカ騒ぎを始める。
酒の力に頼った数人は俺を帰さないように入口を塞ぐ。
強制的に眠らせようと立ち上がると、この場に相応しくない姿を見た。
連れて来られた二人も口を開けて状況を飲み込めていない。
「ここは子供の来るような場所ではありませんよ。レックス嬢、ソフラ嬢」
頭が痛くなってきた。
二人の後ろでにこやかに笑うそいつを、もう二度と表を出歩けないように顔面崩壊させたくなった。




