英雄騎士の心情【アラン】
隣国の王子は愚かだと聞いていた。俺にはどうでもいいし興味すらない。
ガラル侯爵家。代々、素晴らしい腕前を持つ騎士を誕生させる名家。特にケレサン・ガラル。彼の功績はしっかりと届いていた。
現王、イーゼル・エブロ・ロフィーナは一筋縄ではいかないが、殺してその地位を奪い取ればいい。
他の国同様に服従させてしまえばオーシャン王国の天下になるはずだった。
シエロ・サイフォード・オーシャン前陛下がロフィーナ国には一切の手を出さないと公言しなければ。
あれは確かまだルーナ様が生まれてすぐの話。
何者にも動じない貴族に助けてもらたっと。
最初はそんな子供じみた理由で?と疑問に思ったがそれだけじゃなかった。
我が国は決して裕福ではない。金は湧き出るものでもなく困り果てていた矢先、隣国の貴族が私財の半分を譲ってくれた。それだけでなく、商人からこれまでの半分の値段で買えるように口聞きまでしてくれて。
オーシャン王国にしかない宝石を散りばめたアクセサリーを生産すればそれを自国で売り、その利益の全てを譲渡すると契約書まで作った。
考えが読めない。そんなことをして一体どんな利益になるのか。
見返りはたった一つだけ。
いつかルーナ様が成長したときに自分達の娘と友達になって欲しいと。王族ではなく一人の人間として。
シエロ前陛下は声を荒らげて笑った。
もっと他にも要求できるのに娘のためだけに力を貸してくれたこと。
貴族にしては珍しく、むしろこちらから見返りはいらないのかと聞いてしまったほど。笑顔で「いらない」と即答とされると素直に引き下がった。
その数年後。
一通の手紙が届いた。急いで人を何人か貸して欲しいと。
我々が独自に調べた結果、ロフィーナ国でファーラン家はかなり嫌われ者だと判明。
あのケエイ殿が急を要するなんてただ事ではなく、俺が率いる第零騎士団が出向いた。
国境警備隊に俺達の素性は隠して、数名が来るからと、話は通していた。
そんな好き勝手できるのは公爵家だからではない。国王の絶大な信頼を得ている。
彼は……何者だ?
その答えは求めても返ってこず、仮にも誇り高き騎士を店のオーナーに抜擢された。
しかも副団長を。
他の団員もそのまま従業員として雇われてしまった。
まさかこんな形で一時的といえ団が解散することになるとは。
面白いと思った。ケエイ・ファーランという人間。
シエロ前陛下の命がなくても力になりたくなった。
さらにその数年後。
今度は俺が呼ばれた。貴族が通う学園の学園長として。
聞くところによると娘であるレックス・ファーランを狙う輩がいるため、その人物から守って欲しいらしい。
その人物はすぐに特定した。
ルカ・フィリックス。
同じ公爵家でありながらファーラン家を陥れるためか、娘に盗っ人の濡れ衣を着せた。
あの家の家宝はオーシャン王国の商人から買った宝石だと自慢していたが、うちの国であんな大きな大きな宝石は採れないし作れない。どこぞのインチキ商人が勝手に名を使ったにすぎない。
しかも宝石は精巧に作られたレプリカ。余程腕のいい職人が作ったのだろう。鑑定魔道具を使う俺でなければ見抜けないほど。
着慣れないスーツ。一般貴族のような立ち振る舞い。冷酷さはなく親しまれやすい人柄。
とにかく騎士として悟られないように仮面を付けた。
──学園にルーナ様を見つけたときには肝が冷えたな。
なぜいるのか。それも身分を隠して。
イーゼル陛下の力がなければこんなことは不可能。
強力な後ろ盾があるなら自分で守ればいいのにと思った瞬間でもあった。
それからは死角がないように学園の至る所に魔道具を設置。警戒すべき人間が最初からわかっている分、楽な仕事ではある。
楽で……あるはずだった。
俺が就任する頃、学園にはある噂が蔓延していた。
レックス嬢がシナー嬢をいじめているかもしれない。
噂だとしてもこれをケエイ殿に報告すればどうなるか。
事態の収拾に動こうにも愚かで無能な第一王子までもが関わっているため、下手な真似は出来なかった。
いざというときのために証拠映像はあるが、俺がケエイ殿の回し者であるのは事実。それを逆手に取られないためには、この映像が、つまりレックス嬢がシナー嬢をいじめる理由がない証拠を集める必要があった。
ルーナ様と、ケエイ殿の義弟にあたるユーリ殿の息子ホルンの協力のもと調査を開始。
宰相の息子だけあって周りからの信頼の厚い。もしレックス嬢の噂が流れることがあれば、それとなく出処を探ってくれた。
ルーナ様にはレックス嬢のハティ殿下への態度。
これこそが命運を分ける鍵。
いじめられるレックス嬢は弱味を見せないように振る舞い、ルーナ様を巻き込まんと距離を置こうとさえした。
たった一人でも味方が欲しい状況にも関わらず他人を思いやる心。
まさしく気高く美しいファーランの名に相応しい。
戦う覚悟があるのなら俺も乗っかるしかなかった。
あんなバカな男の愛情を得るために公爵家令嬢への数々の仕打ち。それを止めない生徒も教師も罰を受けさせる。
騎士としてのプライドに懸けてもレックス嬢を守る。
運命の日はあっけなく終わった。
確実に死罪に追い込むように隙のない証拠。
傲慢で邪な首をはねてやる。俺の頭にはそれしかなかった。
人当たりのいい仮面を外せばこれまでに我慢し殺していた感情が爆発したようにシナー嬢を本気で殺そうとした。
刃物を向けたのだ。殺すために。何の罪もないレックス嬢に。
ならば当然、殺される覚悟もあるはず。
身勝手な女が死んだところで誰も困りはしない。喉元を一気に突き刺すつもりだったのにルーナ様とシン様の命令により、やめざるを得なかった。
止めた理由が何にせよシナー嬢に待つのは貧しく惨めな生活。そう考えると安易に殺すよりもよかったのかもな。
これから一生をかけて後悔するだろう。愛情なんてくだらないもののために、手を出してはいけない人に取り返しのつかないことをしたのだ。
自分を庇ったせいで俺に怪我をさせてしまったと傷ついた表情を浮かべるレックス嬢に大丈夫だと伝えた。
全ての脅威は取り除けた。これでレックス嬢の平穏を脅かす者はいない。
「お前が笑うとこを初めて見た」
「そうでしたか?」
「いつもは人をバカにしたような薄っぺらい笑みは浮かべているがな」
陛下は感心したように驚く。
レックス嬢の行動には予想外のものも多くつい感情を出してしまう。
「それとな。彼らに部屋を与えてやってくれ」
「王宮には部屋が余っているかと」
「私もそうしたいのだが。ルーナに嫌われてしまう。わかるだろ?この気持ち」
「いいえ?私に兄弟はいませんので」
「お前はそういう奴だったな。とにかく頼むぞ」
髪の色が違うだけですれ違っていた家族をまとめてくれたレックス嬢に恩を感じている。
陛下達をロフィーナ国に連れて来るのは出来なくても映像通信魔道具があれば毎日のように顔を合わせられる。
そこでルーナ様は光り輝く黄金の髪は本物なのだと唐突に宣言した。
あんなにも内気で背中を丸めていた姫様とは思えないほど堂々としていて、それはやはりレックス嬢のおかげ。
「どうぞこちらへ。御三方には騎士寮へ泊まって頂きます。ここから少し離れていますが問題ありませんよね?」
「もちろんだ。こちらが勝手に同行した故、泊めて頂けるだけでも有難い」
謹慎処分を受けて多少まともになったのは本当らしい。
貴族達の考え方も変わりつつあるものの根っこまで染み付いた本質というものは簡単には変わらない。
その証拠に未だ平民を虐げる者も少なくない。
中でも厄介なのがレックス嬢へのアプローチ。告白する者は皆、権力や金に執着して愛情なんて持っていなかった。
わかっていても仮にも教育者の立場で邪魔をする権利はない。
ケエイ殿には告白した男のリストを作って渡せと要求もされた。
いつしか本当に嫌われてしまうんじゃないか?




