若き王
王の間にはシン様よりも美しく真っ黒な髪をした三十代ぐらいの男性が座っていた。
アラン騎士団長はすぐに膝を付く。
慌てて私達も頭を下げようとすると
「いい。私は王ではなくルーナの兄として会いたかっただけなのだから」
立ち上がっては近づいてきた。
デカ……。二メートルはありそう。
高身長ってのはそれだけで怖くもあるけど、こんなにも優しく微笑む顔はルーナそっくり。
残念なことに彼はただのイケメン。ルーナの兄だから期待はしてたけど、二十も三十も歳が離れてるわけないよね。
期待は……してた。ほんのちょっとだけ。
「その顔の意味を教えてくれるかな?」
陛下は困ったように眉を下げた。
期待していたおじ様感がないことにガッカリしたなんて口が裂けても言えない。
笑顔で黙っていると代わりにアラン騎士団長が答えてくれた。
「陛下が思っていたよりも若くて驚かれているのですよ」
「そうだったのか。私も二十八でまさか国を任されるとは予想外だったが」
まさかの三十いってないとは。
今回は心の声漏れてないよね?
私って結構、思ったことを口にしてるからな。これでも気を付けてるほうなんだけど。
陛下はルーナの手紙で知ったのであろう私の名を口にした。
「レックス嬢は目元が母親に似ている」
「お母様をご存知なのですか?」
「一度だけ会ったことがある。私もいたからな。ケエイ殿に助けられたあの日」
「あの。お父様は何をされたのでしょうか」
「それは……」
「陛下。皆様は長旅で疲れております。部屋にご案内したほうがよろしいかと」
「そうだな。レックス嬢。その件はまた後日」
この国の男性は皆、素敵な紳士という言葉がよく似合う。
外見だけじゃなく中身が完璧だからだ。そこはイーゼル陛下…もとい。ヴィザと同じ。
「あ、そうだ。忘れるところだった。レックス嬢。リン・シナーという女性を知っているかな?」
思い出したくもない記憶が頭の中を巡る。まさかこの国でその名を聞くことになるとは。
確かリンはオーシャン王国の従国には入れないはず。
ルーナが指名手配犯のように各国に手配書を送ったとか。ハティはともかく、王族って敵に回すと本当に怖い。
ルーナの笑顔の裏に般若が見える。名前だけでここまで殺意が部屋全体に充満するのも珍しい。
兵の人は何度も目を擦ってはルーナの姿を確認してる。その気持ちはよくわかる。信じられないよね。
シン様はルカに対して舌打ちをした。
不穏な空気に気付いた陛下は慌てる様子もなく
「我が国の騎士団がとある村に出向いたときにね。ロフィーナ国には、ハティ殿下と恋仲だった自分を陥れた残虐非道な公爵令嬢がいると演説をしていたらしくて」
「えーーーーっと……?」
「公爵家の地位を笠に着せて愛情を独り占めしたとか」
「いやいやいやいやいや!!!!真っ赤な嘘ですよそれ!!私はハティ殿下のことなんてこれっぽっちも好きじゃないです!!本当に!!私のタイプじゃないので!!」
「うん。わかったから落ち着いて」
「お兄様。その女性はまさか野放しにしてるわけではありませんよね?」
「名誉に関わることだからね。ケエイ殿に報告はしたよ」
「ふぁい!?」
とんでもなく怖いこと言わなかった!?
この世に魔王を召喚するつもりですか!?
お父様にリンを連れて来いなんて頼まれたら首に縄でもつけて引っ張ってきそう。
さっきも言った通りハティへの思いなんてゼロだし、好きになる要素なんてどこにもないけど……。
怒りに燃えても冷静さを欠けないと信じていますよお父様。
「ふっ…レックス嬢。そろそろやめたほうがいいですよ」
口元を抑えて肩を震わせるアラン騎士団長はチラッと視線をズラした。その先には言葉を失うほど落ち込むハティ。
これはもしや……
「声に出てました?」
「ええ。それはもう。ハティ・エブロ・ロフィーナをいかに嫌っているかを」
聞かれてマズいことじゃないからいいや。
ハティだって私に好かれるなんて思ってない。むしろあんなことをしておいて一欠片の愛情を貰えると勘違いしてたら脳内がお花畑であることを証明してしまう。
そこに腐った性格が合わさるからダメ人間っぷりを際立たせた。
人間的成長をしているととしてもハティが大人になったところで
「ヴィザのようなカッコ良くはなりはしない」
元の性格が最悪である以上、どんなに頑張っても根は変わらない。
「レックス嬢。一つお伺いしてもよろしいですか?」
「は、はい。どうぞ」
「ヴィザとはどなたのことです?」
「………………えっ!!?」
やってしまった。心の声ダダ漏れすぎるよ私。
こんなにも本音が口から出るのは心にゆとりができたから。
断罪されたくない気持ちでいっぱいだったあの頃と違って、伸び伸び暮らせている。
「恋人ですか?」
「違います!!それは断じて……!!」
「アラン!!そういう失礼なことを聞かないの」
「ただの興味本位ですよ」
「もっとダメです」
「それはそれは。大変申し訳ありませんレックス嬢」
形だけの謝罪。顔が笑っている。
誤解さえされなければ何を聞かれてもいい。
実際にやましいことはないし。堂々としてればいいのに気持ちが焦ってヴィザが私の恋人であるのを隠そうとしてるみたいになる。
あの日を境にヴィザは王宮に私を招くようになった。お父様は体調が悪いから行けないね、なんて遠回しに行く必要はないと。
以前のように馬車が迎えに来るから無視はできない。
この世界で唯一私を「クレア」と呼ぶ彼。言葉にこそしないがあの視線は私を……好きだと言っている。
それでも一国の王が息子と同じ歳の子供に好意を抱くなんて許されるわけがない。感情を押し殺してるんだ。私に迷惑をかけないように。国のトップとして。
「そんな深刻な顔をしないでくれ。アランには後で処罰を受けさせるから」
「陛下?ご冗談がすぎますよ」
「ケエイ殿に報告されるのとどっちがいい」
「甘んじてお受け致します」
「そういうことだ。ルーナ。部屋に案内してやってくれ」
「言われなくても。レックスさんとソフラさんは私の客人なんですから。行きましょう」
「ではレックス嬢。また」
次に会う約束。
あぁ……無理だ。私にはヴィザのように自分の感情を制御できない。
今だって全身が沸騰するぐらい熱いのに。
恋愛なんてとっくの昔にやめた。理由はすごく簡単。
初恋だった彼はコンビニ強盗から私を守るために殺された。冷たくなっていく体とは真逆に生温かい血の感触。
最後まで想いを伝えられなかったことを後悔しつつも、私のせいで死んでしまったあの日の恐怖から誰かを本気で愛することをやめてしまった。この想いが彼に似ているという単純な理由だけならすぐに好きではなくなる。
私がちゃんとアラン・スミスという人を好きになってしまった。




