オーシャン王国
「わぁ……!!」
「姫さん。そんなに身を乗り出すと危ないぞ」
馬車に揺られて一日半。
私達は隣国オーシャン王国へとやってきた。
学園長が本当にお父様を説得したのには驚いた。見送りのときも、ギリギリまで仕事を休もうと策を練るほど。
お父様に何を言ったのか後で聞くとして、余計なのが三人引っ付いてきた。
女性と同じ馬車に乗ることは許可されず、後ろをついてくるもう一つの馬車にはハティ、クロック、ルカが乗っている。
あの三人は何をしに来たんだろ。知り合いがいるわけでもないのに。
他国の見学をして何かを学びたいと思う気持ちは大事。人として大切なものが欠落していた三人は特に。
「それで姫さん。どこに行きたい。ルーナ様のいる王宮か騎士寮か」
「騎士寮?」
「うちは騎士になりたい奴が多くてな。見習い研修も兼ねて一つの寮に住んでるんだ」
「王宮を守る騎士は?いないの?」
「それはさすがにいるさ。アラン団長は騎士寮にいるぞ」
「ルーナ!!ルーナに挨拶しないと」
「はいはい」
ジルは笑いながら御者に行き先を告げた。
先日、知らぬこととはいえジルを元ゴロツキと信じて疑わなかったことを謝罪すると、今みたいに笑って気にしてないと言ってくれた。
お父様にジルを紹介したのは学園長。そして騎士とわかった上でお店のオーナーを任せた。
慌てふためくジルの顔が目に浮かぶ。さぞ困惑しただろうな。
しかも団長命令ということは勝手に国に帰ることは許されない。
王宮に着くと門の前にルーナが立っていた。
「お待ちしておりました。レックスさん、ソフラさん。ジルも護衛お疲れ様」
「いえ。では私はこれで。久しぶりに寮に戻って団員をしごかなければなりませんので」
「大丈夫ですよ。今は我が国が誇るアラン・スミス騎士団長がいますから。冷徹冷酷な英雄騎士様がね」
「そういえば一足先に戻ってたんでしたっけ」
「れ……冷徹?冷酷?誰が……?もしかしてアラン学園長?」
全然イメージ出来ない。
だってあんなに優しいのに。
ジルは騎士寮に戻り、私達は王宮でもてなされることになった。
「お久しぶりです。レックス嬢」
「お、おひ…さしぶりです!シン様」
「はは。そんなかしこまらないでくれ。私は君を友人と思っているんだ」
「お兄様?言葉が足りませんよ。妹の友人、でしょう?」
「私個人が友人では問題でもあるのかな。ルーナ」
突然の兄妹喧嘩没発。互いに火花を散らす。
兵士もどうすることも出来ずにわなわなしてる。
「客人が困り果てていますよ。ルーナ様。シン様」
「が、学園長!?」
「申し訳ございませんレックス嬢。今の私は騎士でありますので、その呼び方はやめて頂けると幸いです」
「は……はい。えと……アラン……騎士団長」
「アラン、でも構いませんよ」
「いえいえいえいえ!!」
顔が熱い。
その声で名前を呼ばれと、その目で見られると、体が痺れる。
「騎士寮にいるのではなかったのですか」
「陛下に呼び出されたもので。今から戻るつもりだったのですが……」
「ではすぐに戻って下さい。今すぐに。ほら早く」
「私がいると不都合でも?」
その問いは私に向けられた。
嫌じゃない。嬉しいけど……。
首を小さく振った。
人間二人分の距離があればいいか。そう思っているとルーナとソフラが間に割って入った。
「さ、行きましょうレックスさん」
ルーナの笑顔がさっきよりも輝いて見える。気のせいではない。
「そういえば。陛下が皆さんをお連れするようにと仰っていましたよ」
「ですから向かっているんです。アランは黙っててもらえますか?」
「ご命令とあれば」
本当に口を閉ざしたアラン騎士団長の顔から笑顔が消えた。
特別珍しいことではないのに空気がピリつく。すれ違う人が全員、アラン騎士団長に対して緊張しているからだ。それが私達にも伝わってくる。
──顔のないお面でも付けてるみたい。
正面もいいけど横顔も素敵。永遠と鑑賞していられる。
写真とかあったら欲しい。ダメ元でお願いしてみようかな。
じっと見ていると不意に目が合った。
「どうしました?先程から私を見ているようですが」
バレてた。
挙動がおかしな私を不審がることなく優しく問いかけてくれる。
穏やかに微笑む姿につい「カッコ良い」と言ってしまいたくなる。そんな言葉をぐっと飲み込んだ。
「お、おと…うさま……を、どうやって説得したのかなと」
「簡単ですよ。そんなに自由を縛っていると嫌われますよと。本当のことを」
「それは……大丈夫ですか?お父様が」
「かなりショックを受けていましたが、ケエイ殿ならすぐ立ち直りますよ」
お父様に恨みでもあるのだろうか。
一撃必殺技を使わなくてもいいのに。
冷徹の意味をようやく理解した気がする。
人の嫌がることをためらいなくやってしまう。それがアラン騎士団長の性格の一部。
いつもにこやかで風当たりのいい学園長は演じていたのか。上手く溶け込めるように。
与えられた命令をこなすためならプライドも何もかも捨てられる人。
だからお父様も信用した。アラン騎士団長を。




