変化
あれから物語は大きく変わった。
レックスが断罪されなかったのはいいとして、やたらと告白されるようになった。
見ず知らずの人に。制服を着てるってことは生徒なんだろうけど。
好きなのは私じゃなくて、家の権力やオーシャン王国との交友目的とハッキリと顔に書いてある。
こんなにも隠し事の出来ない貴族が多いことに内心驚きまくってる。
「本当に貴女のことが好きなんです!!」
そう言われましても。
これで七度目だ。
彼は同じ場所、同じ言葉で私に告白をしてくる。
ごめんなさいと断っているはずなのになぜ未だに諦めてくれないの?
あまりにもしつこいから彼の家のことを調べてみると、多額の借金があることが判明。
肩代わりさせようって魂胆が見え見え。
仮に付き合えたとしても私がそんな借金を返せるわけないでしょうが。家のお金はあくまでも公爵家のもの。私が自由に使えるのは月のお小遣い程度。
そりゃまぁ最近はお店のアドバイス料とか貰って貯金も増えてきたよ。海外旅行一回分ぐらい。
そのお金は私が稼いだもの。こんな自分勝手な人のために使いたくもない。
「おいお前。何してんだ」
変わったのはストーリーだけじゃない。
ここに住む人物もだ。
謹慎の解けたルカは前みたいな軟派な性格ではなくなった。これまでの行いを悔いるように真面目になった。
たぶらかした女の子達には土下座までしたと小耳に挟んだ。
本当かどうかは定かではないけど。
公爵の名を奪われるということはフィリックスの姓が消えるということ。今ではただのルカ。平民のルカ。
「これはこれは。元公爵のルカ・フィリックスじゃないか。確か今は平民に成り下がったんだよなぁ?」
元や平民をやたら強調する。
見下すような物言いなのにルカは至って冷静。
それに苛立った彼はルカの胸元を掴んだ。
「暴力を使うような奴にそいつは惹かれたりしない」
「僕がお前を殴ろうとしたなんて誰が信じるんだ!?貴族である僕の意見が正しいと判断されるに決まってるだろ!」
「お前バカ?ハティが王位を失ってから、そういう貴族が偉いみたいな考えはこの国にはないんだよ。例え平民の俺の言葉でも真実を見極めるべく調査団が介入される」
この国はあまりにも貴族という身分に縛られていた。
それがあんな出来事を引き起こした原因の一つ。
陛下はすぐに改善すべく寝る間も惜しんで国の在り方を変えた。
その甲斐あって国民の意識にも変化が見られる。
ごく一部を覗いて。
グランゾン家も大手を振ってファーラン家の味方になった。
身分は関係なく報告の上がった事件には新しく設立された調査団という団体が真相を調べる。
メンバーを選んだのは私。
私の見る目を買ってくれた。
たった六人の少数だけど忖度なしの中立の人を選んだつもり。
彼は情けない捨て台詞を吐きながら逃げた。
「ありがとう。助けてくれて」
「別に。ああいうのは嫌いなんだよ」
「そう……」
「つか、護衛でも何でも付けろよ。お前のとこならとびっきり優秀なのいんだろ」
「嫌よ。それじゃ窮屈じゃない」
それに学園にはアラン学園長が残ってくれている。
今も窓からこちらを見ていた。
立場的に一人の生徒を贔屓するわけにはいかず基本はああして見ているだけだけど、暴力が加わった場合、即座に助けに来てくれる。
例え現場を見ていなくても設置されている魔道具があるから言い逃れは出来ない。
すぐに来てくれない理由はもう一つ。
告白の邪魔をするわけにはいかない。
万が一、その人が私を本当に好きだったら想いを踏みにじろうとするのは教育者としてあるまじき行為だと立派な教育理念を持っている。
お父様からは排除しろとか、そんな命を受けているらしい。
そもそもなぜお父様は隣国の騎士団長と知り合いなわけ?
人脈が広すぎて怖い。
ただルーナの話では前国王陛下のお友達だとか。
どっちにしても、どこでどんな風に出会うわけ。
「こんなことでお前への罪滅ぼしになるなんて思ってないからな」
「当然でしょ。あんたにわかる?自分のせいで大好きな家族が悪く言われるあの気持ち」
「ごめん……」
どれだけ反省しようがレックスの奪われた十一年は戻ってこない。
自惚れさせるものか。
犯した罪を償えるのだと。
絶対に許さない。
私の愛する家族への侮辱。
ルカはシュンと落ち込んだ。
「そこの二人。授業が始まりますよ」
「は、はい」
変化は私にもある。
あの日から学園長の声を聞くだけで急激に顔が赤くなり、体は熱を帯びるようになった。
その原因は学園長に恋をしているから。
学園長は私の初恋の人に似てる。
どこか謎めいていて本当の自分を隠すような笑顔。歳上の落ち着きある口調。
イケおじがタイプなのは父親がそうであって欲しかった憧れ。
恋愛感情で好きだったわけじゃない。
そのことを学園長を好きになることで気付かされてしまったのだ。
私のお母さんは美魔女と呼ばれるほど美しい人だった。
でもお父さんは……。冴えないサラリーマン。それが恥ずかしくて見た目も中身もカッコ良いお父さんが良かったと子供の頃から愚痴っていた。
そんなどうしようもないわがまま娘に、悲しそうに笑いながら「ごめん」と謝る。
それは私の台詞。
お父さんはずっとずーーっと私を愛してくれてた。
一言ぐらい謝りたかったなぁ。
私はレックスだけど薫でもある。
告白はしない。
だってレックス本人が学園長を好きになるかもわからない。ハティへの想いを無理やり押し込んだ私の想いだけを優先するつもりもなかった。
それに生徒と教師。
禁断の恋に足を踏み入れられるほど勇気は持ち合わせていない。
ただ好きでいることは罪にはならないだろう。




