断罪されるのは④
オーシャン王国は最も力が強くここ数百年、一度も戦争に負けたことのない大国。
戦争で特に活躍したたった一人に与えられる称号 『英雄騎士』
それは国のために己の命さえも投げ打って勝利へ導いた者を称える特別なもの。
騎士の間では知らない者はいない。けど、その姿は謎に包まれていて屈強な大男だとか、素手で敵の首を引きちぎるなどと、ありえない噂だけが一人歩きしていた。
エルギ団長も名前を聞いたときに動揺を隠せていない。
学園長は騎士というにはあまりにも細身で、鍛えてはいるのだろうけどとても戦場に立てるとは思えなかった。
「これは私が学園長として就任した日より学園内の様子を記録した映像となっております」
防犯カメラみたいなものか。
しかも小型なのに広範囲を映せる優れもの。
「アランは我が国で唯一の魔力持ちなんです」
出た!裏設定。
魔力があるってことは学園長は魔法が使えるのか。
「レックス嬢は純粋ですね。魔法は使えませんよ。魔力とは魔道具を使うための源です」
「こ、声に出てました?」
「ええ」
恥ず……。
「火や水を出したりするのは」
「人間がそんなことを出来たら怖いですよ」
笑顔が消えた。呆れるを通り越して若干、頭をおかしい人を見る目をしてる。
そりゃそうだけども。私の常識では魔力があれば魔法は使える。
空を飛ぶことも瞬間移動だって。
魔法は生活を豊かにしてくれる反面、他人を傷つける恐ろしい武器でもある。
学園長が魔力を注ぐと新学期からの映像が流れる。
「待って!!あの、こういうのはレックスさんのためにもやめたほうがいいのでは」
「大丈夫ですよシナー嬢。貴女は被害者なのでしょう?でしたら自信を持って一緒に見ましょう」
言い方が雑。
青ざめるリンをなだめるような穏やかな声。
逃走を阻止するようにリンの両肩に手を置いては、映像と向き合わせる。
私の証言と一致している映像に下手な言い訳をする者は一人もいなかった。
「変ですね。私の目にはシナー嬢が加害者に見えるのですが。目の錯覚ということもあります。ここにいる全員に聞いてみましょう」
誰かが先陣を切ってリンが嘘をついていると言えば、あちこちから「そうだ」とか「間違いない」とかホールに飛び交う。
極めつけがあの階段。事故であるという何よりの証拠。
それを私を悪者にしようと嘘をついたリンへの風当たりは強い。
子爵家が公爵家を陥れようとした。
この貴族社会では許し難い事実。
「こんなのでっち上げよ!!貴方はファーラン公爵の回し者。レックスさんに有利な証拠を捏造したのよ!!」
「百歩譲ってそうだとして。なぜレックス嬢がシナー嬢をいじめるんですか」
「レックスさんは殿下が好きなのよ!!だから殿下に愛されている私を疎ましく思って」
「勘違いもそこまでくると甚だしい」
笑顔が崩れた。呆れたような冷たい眼差し。
研ぎ澄まされたような殺気に空気がピリつく。
「一欠片の関心もないのに好いている?ご冗談を。無能な殿下にレックス嬢が恋心を抱くわけがない」
随分とトゲがある。
間違いないから訂正するつもりはない。
「レックス嬢は中身で決める人です。外見や血筋だけで判断しない」
純粋に嬉しかった。
噂には惑わされずにちゃんと見てくれていたことが。
「それと。ケエイ殿に頼まれていた件ですが。裏が取れました。レックス嬢が出したお茶会の招待状」
「嘘よ!!だってそれは燃やすように」
「せめてメイドに任せるんじゃなく自分で処分すべきでしたね」
私が送った招待状を陛下に渡した。
「お望みとあらば筆跡鑑定も可能です」
「いいや。どちらが嘘をついているかはもうハッキリしている。リン・シナー並びに加担した他の令嬢にはおって処分を伝える。フィリックス家は十一年前に虚偽の噂を流しレックス・ファーランの名誉を毀損した罪、侮辱した罪、ファーラン公爵家を陥れようとした罪。決して軽くはないぞ」
陛下の見下すような影のある瞳に背筋がゾクっとした。
気のせいだろうか。私情を挟んでない?
陛下がそんなことをするわけがない。あの人は純粋に国を愛し民を愛している。
一時の感情に流されて公平さをかく裁きはくださない。
「では陛下。こちらの書類にサインをお願いしてもよろしいですか」
「これは?」
「慰謝料請求の書類です」
「んぐ!?お父様!?」
「これぐらいは当然だろう?むしろ優しいほうだと僕は思うよ」
「ふむ。確かに」
サインしちゃった。
確かにお金で解決出来るならこっちは楽だし、向こうからしたら優しい……のかな?
これで……フィリックス家の財産は全て差し押された。
それだけでない。フィリックス家はロフィーナ国には必要ないとされ公爵称号を剥奪された。
それだけはと縋る公爵はまだ現実が見えていない。
彼にはもう貴族で在る資格がないのだ。
貴族から一転。平民へと真っ逆さま。可哀想だとは思わない。自業自得。
「さて。では次の問題点に移ろうか」
「次?」
「ガラル家。これに関しては私のミスだ。王宮騎士がいるのにいつまでも王族に仕える騎士の称号など必要ない」
やっぱり怒ってる?
招待状の件をロクに調べずリンの言葉を鵜呑みにして私を悪だと決めつけただけでなく暴力まで。
騎士にあるまじき行為だと責められる。
王宮騎士は王と国を守る騎士団。
ガラル家は王になる前の殿下に仕えサポートするのが主な仕事だと説明してくれた。
それってつまり甘やかすってことじゃん。
陛下がここまでハティのように横暴な性格でないのはガラル家が従うのを拒否していたからか。
世代的にクロックの父。現当主、ケレサン・ガラル侯爵。
確か百九十近くあって無精髭?だったか生えてて、豪快な人って設定だった。
一度も登場したことはないし私も会ったことはない。
今日まで続いた名誉を奪われるとなると逆恨みされそう。
各家の当主はすぐに招集を受けた。
バカではない大人は映像を見せられ事を理解した。
これ以上の機嫌を損ねないようにと必死になってお父様に許しを乞う。
「やめないか見苦しい!!」
侯爵の一喝によりシンと静まり返った。
背だけじゃない。体も大きい。
風貌がクマに似ている。
ただ立っているだけなのに威圧感が強い。侯爵のほうが騎士っぽい。
学園長と比べると本物感が漂う。
見られていると思わず息を飲んだ。
「愚息が大変失礼をした」
頭を下げた。見事な直角九十度。惚れ惚れする。
懐かしい。私もよくさせられたな。
ミスをしたのも取引先を怒らせたのも全部上司なのに、それらを私達のせいにしては理不尽な謝罪を要求された。
あの屈辱は今でも忘れない。
死ぬとわかっていたらあのニヤニヤ顔を一発ぶん殴っておけばよかった。
私が怒りに燃えていると話は進んでいて、ガラル家は甘んじて罰を受けると。
「なぜですか父上。私の非は認めます。ですが!!」
「この期に及んで謝罪の一つも出来んバカ息子に家督を継がせるぐらいなら、没落したほうがマシだ!!」
自らの行いが騎士道に反していたと言う割には未だ謝罪はなかった。
それどころかあの日の感謝もない。私のおかげで恥をかかずに済んだというのに。
侯爵はそれにも怒っていた。
たった今知ったことといえ、助けられた相手に敬意を払えない者が騎士であっていいはずがないと。
正直不安だった。
侯爵がどういうタイプなのかわからないから。
陛下のように理解あるのか公爵のように自分勝手なのか。
そんな不安はすぐに吹き飛んだ。
お父様ではなく私に頭を下げるのが筋だと言ってくれた瞬間に。
この人は紛れもない誇り高き騎士。
だけど人の親としては失格。こんなクズを育ててしまったのだから。
そしてそれは陛下も同じ。




