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信じて欲しかった……

「待ちなさいよ!!」


 似合わない大声を上げたのは息を切らせながら走ってきたリン。


「あんたみたいな女の言葉を信じる人がいると思っているわけ?」


 おおー。悪役令嬢っぽい。


 ここで感動するわけにはいかず心の中で盛大な拍手を送った。


 信じる信じないかは重要ではない。


 火のないところに煙は立たず、正反対の二つの噂が流れると私を断罪するときに異議を唱える者が現れる。

 それだけは避けなくてはならない。


「私は殿下に愛されているのよ!」

「良かったですね」


 嘘偽りなく本心。


 だってあんなのに好かれてもねぇ?


 困るし嫌だ。気持ち悪くて鳥肌が立つ。


 この状況でそんなことを言われても困るだけ。


 愛があるから何?いじめを告発しに行く私には関係のないこと。


「だとしたらなぜ殿下は私みたいな女に婚約を持ち掛けたのでしょうか。不思議ですね。愛する女性が別にいるのに」

「そんなのあんたが公爵令嬢だからよ。それ以外に価値なんてないでしょ」

「そうですね。私の価値はそれだけ。では貴女は?元平民の成り上がり貴族。私以上の価値がおありなんですね」

「殿下に愛されてるわ!!」

「愛されているのに二番手にしかなれない。もしかして貴女が私を嫌いな理由はそれですか?」


 正解だった。


 生まれの差だけで愛している人の一番になれない。そんなくだらない理由で……。


 落ち着くのよ。


 ここで手を出そうものならそれこそ思うツボ。


 私の強みはリンをいじめていないこと。これこそが断罪を逃れる切り札(ジョーカー)


 ゲームでは問答無用に断罪されるけど、今の私なら異議を唱えられる。


 いじめは教師が黙認してはいるけど、全校生徒がそうというわけではない。


 少なくとも別の学年の生徒は噂でしかレックスのことを知らない。


 いじめられてるとこは見ていないけど、いじめているとこも見ていない。


 どんなにリンと数人の令嬢が口裏を合わせようとも必ずそこに矛盾が生じてしまう。そして私はいじめられたことを細かく覚えている。


 そこに付け入る隙があるのだ。


 「ちょっと!離して!」

 「うるさい!さっさと教室に戻りなさいよ!!」

「な……」

「え……」


 行かせないようにと揉み合っている内に、リンは足を踏み外して階段から落ちた。


 打ち所が悪かったら死んでしまう。私は人の死まで望んでいるわけではない。


 リンも死ぬのは怖いらしく表情が引き攣る。


 咄嗟に手を伸ばすも数センチ届かなかった。


 頭から落ちていたリンを受け止めたのはアラン学園長。

 しっかり抱きしめて怪我はないようだ。


 安心よりも先に妙な不安が胸をよぎる。


 ──留守にするんじゃなかったの。


 いてくれて助かったけども。


 この状況が使えると判断したリンは泣きついた。

 その演技力すごいな。アカデミー賞ものだよ。


 人ってそんなすぐに泣けるんだ。


「レックスさんが……。レックスさんが……。私のことを目障りだと。うぅ……。学園を辞めろと突き飛ばしたんです」

「私は……」

「学園長がいなかったら私……」


 確かに。状況だけ見たら私が突き飛ばした。


 階段から落ちたリンと、手を伸ばしている私。


 大丈夫だ。この人は話を聞いてくれる。一方の意見だけを鵜呑みにはしない。


 これは事故だったと信じてくれる。


「大怪我をする前に助けられて良かった」


 それは私が突き落としたと……疑っていなかった。


 開いた口が自然と閉じる。私が何を言おうとも言い訳にしかならない。


 私はこの人には信じて欲しかった。


 リンの計画の後押しをしてしまった悔しさよりも惨めさからその場を立ち去る。


 弁解する気力はない。二人の会話にすら耳を傾ける余裕もなかった。


 涙が止まらない。


 もうどうでもよくなった。


 ここが乙女ゲームの世界なら都合の良い男が一人ぐらいいたっていいじゃない。


 こんなときにハンカチを貸してくれる男が現れないのはレックスが悪役令嬢だから?


 そんなの不公平だ。


 だって本物のレックスは被害者じゃない。


 リンにはクズだけど守ってくれる男が三人もいる。

 モブでもいいから誰か来てよ。


 そんな願いが通じたのか人影が近づいてきた。


「探しましたよレックスさん。チャイムが鳴ったのに戻ってこないから」

「ルーナ」

「泣いているんですか?」

「目にゴミが入っただけ」


 涙を拭って笑顔を作るとルーナは私を抱きしめてくれた。


 人の温もりに零れてしまいそうな涙をどうにか耐えた。


 私が男だったら即告白している。


「さっき階段で学園長とリンさんがいました。何か……あったんですか?」

「ううん。何も。学園長はどうしていたのかな。留守にするって言ってたのに」

「忘れ物を取りに来たそうです」


 そこで偶然あの現場に遭遇してしまったわけか。

 運がないな。私も。


 ため息の一つでもつきたくなる。


「レックスさん。明日この場所に来て頂けませんか」

「ここは……」


 地図を渡された。

 ルーナの真剣すぎる表情にうなづくしかない。


「必ずですよ。絶対に」

「ええ、約束」


 ルーナは嬉しそうに微笑んだ。


 まだ諦めるには早い。


 この学園には二人も私を信じてくれる人がいるんだ。

 それだけで私はまだ戦える。

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