お店改革
あんなことがあった後の学校は嫌だな。
完全に悪い噂が付き纏う。どれだけ噂好きなんだろ。ちょっとは疑ったりしないわけ。
何かがおかしいって。思わないからまんまとリンの策略にハマっているのか。
昨日の怪我も大したことはなく痛みは一晩で引いた。
走ったりするのはまだ無理だけど、歩く分には支障はない。
家族には大事をとって休んだほうがいいと心配されたけど、それだと逃げるみたいで嫌だった。
「レックスさん。よく登校できましたね。私なら恥ずかしくてとても無理ですわ」
勝ち誇ったような笑みで私を見下ろす。
リンは私の何に勝っているのだろうか。
外見?ハティからの愛?
どうでもいいわ、そんなこと。
「昨日の男性とはどうなったのですか。ぜひお聞かせ願えますか?」
リンの周りの令嬢はクスクスと笑う。
私を辱める魂胆が丸見えで、頭を抱えたくなる。
彼女達にいじめてる自覚はなく、正しい行いをしていると思っているだけ。
「なぜです?私のプライベートは皆さんには関係ありませんよね?」
堂々と言い返させるとは思っていなかったらしく、見事に黙り込んでくれた。
「レックスさん。おはようございます」
「ソフラ!おはよう。って、どうしたの」
ソフラはクラスが違うからこうして会うのは初めて。
私とはしばらく距離を置くんじゃなかったの。こんな大勢の前では誤魔化しが効かなくなる。
私はふしだらな女と新たに付け加えられた。
いちいち否定するのも面倒だから放っておくことにする。
「おはようございますレックスさん。今日はいつもよりご機嫌ですね」
「おはようルーナ」
「私も思いました。何か良いことでも?」
「ちょっとね……」
ここでは言えないけどお父様のお店では、初となる週休二日制を取り入れて労災……怪我をしてしまったときに治療費や生活費を負担する特別手当を作った。
最初は二日も休みにするのかと渋っていたけど従業員も人間。働き続けて体を壊したら本末転倒だと説明すると納得してくれた。
あとは育休と産休。これは絶対必要。片親だけでは育児は大変だし仕事との両立ではもっと負担になる。子供の成長に親は必要不可欠。
世の中のお母さんがどれだけ大変か。
貴族はメイドがいるから仕事に没頭出来るけど裕福でない家庭は育児と家事を朝から晩までお母さんが一人でやらないといけない。
それはまだいいほうだ。
共働きの家は一人分の収入が減って生活が困難。
そういう家庭には無償でシッターさんを付ける。誰でもいいわけじゃない。その家の両親に面接をしてもらって誰に来てもらうかを決める。
我が子を他人に預けるのは相当な信頼がないと怖いからこそ、こちらでも調査は怠らない。
あとは有給。理想は一ヵ月前だけどやむを得ない状況は一週間前でも可。
そしてこれが一番重要なこと。
従業員の確保。
──あんな少人数で店は回らない。回っていた今までがおかしい!!
働く意欲があるのは立派だけど、度が過ぎている。人がいなければ休みなんてない。
お父様は天才だ!!と褒めてくれてすぐに案を各お店に送り実行に移した。
これらは全て私が欲しがったもの。あの会社にはなかったもの。
ブラックなんかじゃない。真っ黒。
あそこでは人としての尊厳は与えられない。
私が辞めたら上司の怒りの矛先も仕事のしわ寄せも他の人にいく。そんなの耐えられない。
ここの世界も私と同じような考えを持っていた。自分が休んだら他の人に迷惑がかかる。だから病気や怪我になろうと働いた。
私には無理だったけど、ここなら実現させられる。
働く人間の尊敬を踏み躙らない。
だって最高責任者はお父様なんだもん。
利益も大切だけど、働く環境に難があるとわかればすぐにでも改善してくれる。
自分の常識が当たり前ではないのだと改めてくれる。
「レックス!!昨日のあれは何だ!!?」
ハティが人前で声を荒らげるなんて珍しい。そんなに選ばなかったことを怒っているの?
相変わらず器が小さい。
「俺よりあの男のほうがいいのか」
「そうですね。彼はとても紳士的で優しいですから」
「どうして!!昔は俺を!!」
「昔?」
何を言っているのだろうか。
会ったのはあんたが非常識に家に押し掛けてきたのが最初。それを昔と言えるなんてどんな記憶してるわけ。
「誰と勘違いしているのか存じ上げませんが、以前に申し上げた通り私は殿下と婚約は致しません」
真っ直ぐと見据えた。
リンの表情が強ばり体は怒りに震えている。
どれだけの愛を注がれようと恋人止まりなのね。そりゃあそうか。
貴女を妃に迎えてもメリットがない。
今のところはだけどね。
ただ、権力を手にしたいハティがなぜ婚約破棄をしたのかは謎。リンに唆されたのなら納得はいく。
権力よりも真実の愛ってやつに目覚めた?
よくあるパターン。
「授業が始まる前に職員室に行きたいので通してもらっても?」
「おい。話はまだ終わっていない」
「貴方の駒になりたくない。そう言ったのがわかりませんか?」
乱暴に掴まれた腕を剥がした。
「これから私。先生に報告しに行くんです。名前は明かせないけど、とある生徒にいじめられていると」
瞬間、令嬢達の顔色が変わった。
貴女達はルカの言葉を信じてレックスは内気で誰にも何も言わないと思い込んでいる。
この行動は予想外でしょ?
だってお父様はこの国で一番怒らせてはならない人。下手をすれば優雅な生活をすべて失う。
教室を出るまでに謝罪をする猶予は与えた。
でも……目を逸らすだけ。
それが答えなのね。
目先の恐怖よりも未来の幸せ。
バカな子達。いじめの事実を知っている貴女達をハティが生かすわけないのに。
これまでのハティを見ても察しはつかなかった?
呆れるほど自分本位なのね。




