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貴方は誰?

「招待状?」

「バカからです」

「私に?」

「はい」


 クロックの件から一週間が過ぎようとしてきた。


 これまでと変わらない日常だったのに突然、隕石でも落ちてきたかのような衝撃。


 変ね。


 ハティはこの時期にパーティーなんて開かなかったはず。


 これが罠だったとしても王族の名を語る不届き者がいるわけもなく、これは本物だろう。

 王族の封印(シール)も使われているし。


 行きたくはないけど悪目立ちもしたくない。


「届かなかったという手もありますよ」


 名案!みたいにマリーはポンと手を打った。


「マリー。相手は殿下よ?」


 これがお父様宛なら、きっと手紙は届かなかった。


 燃やそうが破こうが、ハティに咎める勇気がない。故に、届かなかったと主張出来る。


「あんなバカからの招待に応じる必要はないですよ」

「そういうわけにはいかないでしょ」


──私だって無視したいよ。


 貴族とは面倒だ。


 死ぬほどどうでもいいのに参加しなければならないのだから。


 楽しいパーティーなら私だって喜んで行くよ。でもなぁ。主催者がハティだもん。


 絶対楽しくない。招待状がきた瞬間から憂鬱。


 私にもくれるなんて何を考えてるのかしら。


 もしかしてリンとの婚約発表かな?


 それなら行ってあげよう。めでたいから。


 嫌味でも負け惜しみでもなく、心の底から祝福してあげないとね。


「でもお嬢様。これ……エスコートどうします?」


 マリーは招待状の最後の部分を指差した。


 男女ペアか。


 ハティの魂胆が読めた。


 あれだけ他の女とイチャついておきながらまだ婚約を諦めてなかったのか。普通にビックリだよ。


 あの図太い神経は見習うべきかも。


 私には仲の良い男友達なんかいない。それを知っているハティは自分を誘うように誘導している。


 絶っっっっ対に嫌だけど。


 あんなのにエスコートされて噂になるぐらいなら笑われたほうがマシ。


 しかもパーティーが今日って。


 当日に送ってくるなんてどんだけバカなの?

 脳みそ入ってないの?

 だからあんなにもバカなのか。


 これを陛下に報告したらどうなるかな。


 会う理由を探してる自分がおかしかった。


 いくら攻略キャラといえ陛下だってば。好感度が高くて死を回避する一番のルートだったとしてもいけるわけないじゃん。


 不貞を働いたとはいえ、その事実を知っているのは私と陛下のみ。他の人からすれば、二人はとてもお似合いの夫婦。


 それを公爵令嬢というだけで私が後釜に座るなんて誰も許さない。


 身の程は弁えてるつもりだ。


 陛下は最終手段として残しておこう。


 ──こんな考えやだなぁ。


 キープなんてリンより嫌な女じゃん。




 憂鬱な気持ちでハティ主催のパーティーに出向いた。


 気合い入れてお洒落をする必要もなければ、張り切っていると勘違いされたくないから着飾りたくもない。


 馬車から降りる他の令嬢は男性にエスコートされている。


 私はリッヒの手を借りて降りた。不安そうに見つめるリッヒに「大丈夫」と微笑む。


 入口にはこれ見よがしにハティが立っていた。


 泣きついて欲しいのね。私にパートナーがいないから。


 得意げのあの笑みが腹立つ。


 ぶん殴ったらスッキリするかな?


 気持ちを落ち着かせるためだけに心の中だけで、天高く殴り飛ばす。あくまでも心の中だけでね。


 マナーとしての挨拶だけはして中に入ろうとすると今度はクロックがいた。


 ──どいつもこいつも……。


 先にリンを誘ってけっての。あんたらが射止めたいのはリンなんでしょうが。


 こっちは顔なんて見たくないんだから。


「どうせ男がいないんだろ。私が一緒に入ってやる」


 上から目線。ムカつく。


 ええ、ええ。どうせいませんよ。私をエスコートしてくれる素敵な紳士なんて。


「結構です」


 断られると思っていなかったのかクロックの背後にガーンって文字が見える。


 ──一体何なの?


 ほんと意味がわからない。クロックは何がしたいんだろ。


 内気なレックスなら誘いを断れないと踏んでいたんだろうけど、このクズ共の思い通りになるつもりはない。


 煌びやかな会場。豪華すぎない装飾はセンスが良い。


 美しいドレスやアクセサリーで着飾った令嬢のおかけで、装飾が霞む。

 中でも一際目立つのは赤いドレスをまとって多くの男に囲まれるリン。


 どうして美人って複数の男がいないと嫌なのかな。モテてるアピール?


 色んな香水の匂いが混ざって酔ってきた。みんなよく平気でいられるな。


 慣れって怖い。


 特にキツいのはリン。王都では流行っているらしいけど、私は無理。甘ったるすぎ。


 私はもっと爽やかなやつが好きだ。


 ──吐きそう。


 成人した女性は流行は抑えつつも、場に相応しい香水をつける。


 広くても、これだけ人が集まる場所で全員が似たような香水をつければ気分も悪くなるのも当然。


 換気扇がないならせめて、換気のため扉を開けておいて。


 どうして一回一回閉めるわけ!?


 ──手間じゃん!無駄じゃん!毎回開ける人が可哀想だよ!!


 気分転換にテラスに出て風に当たっていると不機嫌なルカがわざと足音を立てながら私の目の前に現れた。


 これ本当に思うんだけど、嫌いなら近づてこなければいいんじゃない?


 謎の行動の意味を知りたい。いや、知りたくないわ。


 私だって極力視界に入らないようにしてるんだから、そっちもある程度の努力をしなさいよ。


 人任せにしすぎじゃない?


「さっきのアレはなんだ。お前みたいな女でも恥をかかせたくない殿下の思いを踏みにじりやがって」

「だってリンさんに誤解でもされたら殿下が困るかと。それに貴方には関係のないことです」

「ある!俺は殿下の友人だ」

「あぁ。そうですね。貴方にはそれしか価値がないですからね。殿下の友人ということを除けば横暴で嫌われ者の家の跡取り」

「黙れっ!!」


 チャラい設定ぐらいは守りなさいよ。マジにキレるなんて自分でも()()だと認めた証拠。


 殴られはしなかったけど突き飛ばされるとヒールのせいもあって転んでしまう。


 グキって変な音した。

 足を捻った。捻挫かな。


 私が転んだことに顔色一つ変えないどころか、鈍臭いと鼻で笑う。


 男と女の力の差がわからないなんて、よっぽど頭の出来が悪い。


 足首がジンジンと痛む。この足で長時間立ってるなんて拷問に近い。


 ──でも!!弱味なんて見せるもんか。


 すぐに立ち上がって上辺だけの笑顔のまま立ち去った。


 足を引きずることなく、怪我をしていると悟られないように。


 パーティーといっても特別なことをするわけではなく、楽しくお喋りして美味しいものを食べるだけ。


 ねぇわかってる?私達は学生で明日も学校があるの。


 夕方とはいえこんな集まりに参加させられる身にもなってよ。自分の目的のために大勢を巻き込む非常識さ。呆れるしかない。


 壁の花となってパーティーが終わるのをじっと待つ。


 すると曲が流れた。定番のダンス曲。


 女性をダンスに誘おうと男性陣は紳士に振る舞う。


 ハティは私の前に来ては手を差し出した。


「まぁお優しい」

「さすがはハティ様」


 そうだそうだ。中身を知らない令嬢からしたら完璧な人間だった。


 一人ポツンと突っ立っている私に気を配る優しい王子様。


 仮にお優しいハティ様だったとして、わざわざ目立たせるようなことをするのは嫌がらせ以外の何者でもないと思う私がおかしいのかな。


 こんな足ではまともなステップは踏めない。断ろうにも納得する口実がないと。


 ハティは早く手を取れと文句ありげな表情。リンは嫉妬から私を睨む。


 私だってのしつけてこのバカをあげたいよ!!何なら菓子折りの一つや二つも付けてあげる。それでも足りないなら宝石でもドレスでも。


 こんなバカを貰ってくれるお礼の手紙も書いてあげわ。


「よければ私と踊ってくださいませんか」


 二人の対極の視線に板挟みになっていると息を飲むような漆黒の髪を持つ男性が膝をついた。


 全てを飲み込んでしまいそうな、そんな怖さがある。


 男性はニコっと笑った。つられて私も笑う。


「私としたことが。申し訳ございません」


 立ち上がった男性は謝罪をした。そして誰もに聞こえるような声で


「足を怪我しているのにも気付かずにダンスに誘ってしまうとはお恥ずかしい。ダンスの代わりに貴女を家まで送ることを許可を頂けませんか」


 もしかして家の誰かに頼まれて潜り込んでるどこかの子息?でも見たことない。


 この場にいるってことは貴族なんだろうけど。


 モブキャラにしてはえらくイケメン。


「エスコートの相手が私では不服ですか?」

「いえ!そんなことは!!」


 ハティを無視して男性の手を取ると会場に不穏な空気が流れた。


 よりによってこの国の王子ではなく身分もわからない男を選んだ。


 お友達のルカはもちろんのことクロックも怒りを剥き出しにしている。


 そんな彼らを抑止しているのはこの男性だった。言葉さえ発せられないように鋭い目。ついさっき私に向けられた笑顔が嘘のよう。


「失礼します」

「え?ちょ…」


 男性は軽々しく私を持ち上げた。お姫様抱っこで。


 こんなこと一度もされたこともなく顔が熱くなる。


 私を女としてみてくれる人が身内以外にもいたなんて驚き。


 奥歯を噛み締め怒りを隠そうともしないハティの顔は傑作。


「ここからはお一人で大丈夫ですか?」


 家紋のない馬車に乗せられると男性は聞いてきた。


 またあの会場に戻るのだろうか。後ろ指を差されるかもしれないのに。


「はい。ありがとうございます。どうして私が怪我をしていることを?」

「壁にもたれながらも右足に体重を乗せていなかったので、もしやと思いまして」

「よく人を見ているんですね」

「少なくともハティ殿下よりは。本当に優しいのであればそれぐらいは気付くべきでした」


 男性は「おっと」と言いながらキョロキョロと周りを見渡した。


 あら、意外とお茶目。


「ふふ。今のは二人だけの秘密です」


 唇に人差し指を当てて内緒とポーズをとった。


「ありがとうございます。それでは道中お気を付けて」

「待って。貴方は一体……。私は」

「お嬢様。次に会ったときに私から名乗らせて下さい」


 月明かりに照らされた黒髪がキラキラと輝いていた。


 イケメンの微笑みは人をも殺せるレベル。彼なら歳を重ねたら私好みのイケおじになるかも。


 なんて、バカなことを考えながら行き先を告げた馬車は私を気遣ってかゆっくりと走る。


 途中退場をしてしまい明日からは彼女達の噂の格好の餌食となるだろう。


 それなのに何とも思わないどころか早く帰ることができてラッキーと鼻歌まで歌う。


 一つ気がかりなのはクロック。なぜ私をエスコートしようとしたのか。


 ほんのちょっと上がった好感度のせい?


 だとしたらなんて……浅はかなんだろう。過去に剣を向けられた女性が本気であんたみたいなクズを助けると思っているのかしら。


 私はあんたら三人と仲良くなるつもりなんて更々ない。


 死なないために、殺されないために、私はリンに受けてきたいじめの数々を公表する。


 私の考えは甘かったんだ。友情ルートなんて奇跡が起きない限りは無理。


 だって彼らは、彼女は、自らの意思を持って動く人間。

 プレイヤーに操作されていたキャラとは違うのだ。


 わかっていたのに憧れていたキャラの悲惨な末路は見たくないと頭の隅で思っていた。リンはどうでもいいけど。


 あんなクズキャラでも一度は画面越しにときめいてしまったことが悔しい。


 助かる方法はハッピーエンドを迎えるでも恋に落とすでもない。元凶であるリンを断罪すること。


 それも期日までに。


 証拠はないからでっち上げだとお優しい殿下は庇うに決まってる。今からでも証拠は抑えておかないと。私はリンと違ってでっち上げたりはしない。


 だからこのジョーカーを使うのは効果がある瞬間。そんな瞬間くるといいなぁ。婚約発表までに今日のようなイレギュラーな社交界でもあれば助かる。

甘い考えは捨てる!私はお人好しじゃない!!

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