クロックのピンチ
下町は今日も賑わってる。
特にお父様のお店は他と比べてお客さんの入りが多い。
従業員は見るからに疲れきっている。店を開けるために一時間早く出勤して働いているんだ。
開店と同時に店を完璧な状態にするために。
飲食店では閉店後に翌日の仕込みをして帰る人も多い。
これではいつ倒れてもおかしくないよ。
しかも残業代は出ていない。
この世界に残業という概念はなく、店のための時間外労働は当たり前とされている。
体を壊すような働き方は見ているだけで辛い。
「姫さん。あんま俺から離れんなよ」
立ち止まっていると不意にジルに腕を掴まれ、人の波に攫われそうなとこを助けてもらった。
「大丈夫よ。ここは比較的治安が良いから」
「そうでもない。最近は無差別に人が襲われているらしいからな」
──知ってる。
そしてその犯人はクロックが捕まえるのよね。
クロックが下町にわざわざ足を運んだ理由はリンへのプレゼントを買うため。
不定期で販売する宝石を散りばめたアクセサリーは人気が高い。リンも欲してはいるけど手に入れたことは一度もない。
それをハティに聞こえるような大きな独り言として呟いた。
愛しの彼女が欲しがってる物は何がなんでも手に入れるのがハティ。
権力を駆使して今日入荷すると情報を得てクロックに買いに行かせた。
自分で行けよ!!って思ったけど、どうやらハティはリンと過ごすので忙しいらしい。
自分とこの従者がピンチに陥ってるときも鼻の下を伸ばして優雅なティータイムでもしてるのだろう。
もしかしたらベッドの上で、かもしれないけど。
──バカみたい。
リンが好いているのはお金と権力。ハティなんかじゃない。
そんなリンにだけは絶対に渡したくなくて、クロックよりも先に買い占めに来た。
ジルも私がアクセサリーを買うのが珍しく戸惑っている。
いつも頑張ってくれているマリー達へのプレゼントだと言えば納得してくれた。
「姫さんはこういうのを買ってくれる男は作らないのか」
「私みたいに地味な女に惹かれる殿方が本気でいるとでも?」
「地味じゃなくてお淑やかなんだよ。ま、姫さんの魅力に気付かない男は俺らが認めねぇけどな」
「ジルは顔に似合わず優しいね」
「顔は関係ないでしょうが」
口を尖らせる表情が可愛くてつい笑ってしまう。いつもそんな可愛い顔をしていればいいのに。
私の彼氏事情に口を出すよりも自分の心配をすべきよ。ジルだって彼女いないんだから。
付き合ってもらったお礼にソフトクリームを買って食べてると広場のほうに人集りが出来ていた。
野次馬の話ではクロックが無実の人間を殺そうとしているとか。
ジルがとても悪い笑みを浮かべている。
「まだ時間はあるんですよね、お嬢様。ちょっと見物していきませんか」
ジルが誘ってくれなかったら私から誘っていた。
特等席で拝ませてもらうわよクロック。貴方の正義とやらを。
人混みをかき分けて前に出ると、男性がクロックに剣を向けられていた。
男性は両手を上げて抵抗の意思がないことを示す。
周りのザワつきには気付いていないのか気にする様子はない。
ゲームと同じ。ここのスチルすっごいカッコ良かったんだけどな。
ここで私が助け舟を出してあげると、ほんのちょっとだけクロックの好感度が上がる。そのちょっとのために手を差し伸べてあげるほど優しくはない。
周りにいるのが平民でなかったら貴方は迷うことなくその剣を振り下ろしていた。
相手が平民なら殺したところで誰も文句は言わない。称えてくれるでしょうね。
だって貴方は第一王子の護衛騎士。媚びを売るには最適なんだもん。
でも残念ね。
ここは下町。平民が暮らす町。
そして貴方は平民嫌いの王子に仕える騎士。
証拠もない無実の人を殺してしまえばハティへの支持はより下がり国の内部戦争にまた一歩大きく近づく。
かと言って間違っていたで済ませられるほど事態は小さくもない。
これだけ大勢の前で犯人扱いをしてしまったんだ。
ガラル家の教育が問題視される。
相手が平民なら平気で殺そうとする者が誇り高き騎士を名乗っていいのかと。
まぁ、彼が犯人であるのは間違ってないんだけどね。
乙女ゲームにこんな血なまぐさい事件を取り入れないでよね。もっとやんわりとした事件にしなさいよ運営。
ナイフを所持していないと証明するように彼はパンツ一丁になった。恥を捨てればガラル家からたんまりとお金をせしめられる。
名誉も失墜させられる。いいことずくめ。
これからどうなるのか、野次馬はワクワクしている。
完全に見世物と化した。
「見えない」
ジルが私の前に立った。
「見なくていいんだよ。あんなもん。姫さんには刺激が強すぎる」
何とも思ってない男の裸を見たところで「へぇ」ぐらいの感想しかない。
それに完全な裸ってわけでもないし。
取り乱すこともなければ興味もない。
あちこちでクロックへの不満の声が飛び交う。
あそこまでさせて何も証拠が出ないと、当然そうなる。
「俺らが手を下す必要なんてなかったな。これはあのクソガキへの報復だ」
「それはちょっと違うわ。だって私達は何もしてない。これは因果応報ってやつよ」
心の中でざまぁみろと思いつつも彼を逃がしたら新たな犠牲者が出る。
クロックのためじゃない。
ここに住む人達の生活を脅かすものを取り除く。
彼からナイフが見つからないのは当たり前。だって彼には共犯者がいる。
私の横で素知らぬ顔で騒ぎを見物している男性。
何件もの犯行に及んでいるからこそのチームプレー。一人が刺し一人が凶器を受け取る。
──見事すぎる連携だよ。もっと別のことに活かせなかったの?
犯人が逆上してもきっとジルが守ってくれる。
(自称)騎士だからね。
刺されるかもと恐怖はない。
逃げられないように腕を掴んで刺激しないように
「もう終わりにしない?」
ゲームで彼らの犯行動機は語られなかったけどヤケを起こすタイプではないと信じたいな。
身なりからするに職に就いていない。貧しい暮らしをしているのだろう。
人を刺しても彼らにお金が入るわけじゃない。貴族の子供を誘拐すれば別だけど。
それでも彼らは誘拐はしない。
貴族を誘拐するのはそれなりにリスクが高いのと、誘拐は“誤って人質を殺してしまう”可能性があるから。
もしかしたらこれは彼らなりのメッセージなのかもしれない。ここまで落ちぶれたのは国が救ってくれないからだと。
男性は大きなため息をついて誰かを襲ったであろうナイフを足元に投げた。
「認めるの?」
コクリとうなづくと彼も観念した。
ずっと誰かに止めて欲しかったのね。同じ平民を傷つけることに心を痛めていた。
死なない箇所を刺していたとはいえ、罪悪感は背後に付き纏う。
そうだと知っていればもっと早くに自首を進めた。
悪いことをしたな。クロックのピンチを敢えて見物するために、これまで野放しにしていたこと。
なるべく罰が重くならないように、お父様に頼んでみようかな。
「クロックさん。貴方は自分のしでかした愚かさを理解していますか?」
いつまでもパンツだけでいさせるのも忍びなく、女物で悪いけど私の上着をかけた。
「公衆の面前で彼にここまでの恥をかかせた」
「その男は卑劣極まりない悪党だ」
「それは結果です。もし間違っていたら謝罪やお金だけで償えない。取り返しのつかないことになっていたんですよ」
「さっきから何を……。私は」
「貴方が誰に仕えていようが関係ない。しでかしたのは貴方です」
「犯罪者の肩を持つのか。公爵家のくせに」
「身分は関係ありません。そもそも貴方の行いは騎士道に反しています。守るための力を一方的に振りかざすのは暴力です。恥を知りなさい」
ようやく駆けつけた警備隊に彼らの身柄を引き渡した。
これで少しは国が良くなった、と信じたい。
信じるしかないのだ。私達には。
「同じ騎士でも王宮騎士は全うです。見習うことをオススメします」
命令にだけ従い、主のためと逃げ道を作ったところで、クロックのやってきたことが正当化されるわけじゃない。
むしろ追及すべき。
大人しいレックスからの反論に面を食らうクロックを無視してジルに帰ろうと声をかける。
目的は果たされた。
リンにアクセサリーを渡したくなかったのとクロックが追い込まれる情けない顔が見たかっただけ。
私のしてること悪役令嬢寄りじゃない?
まぁいいか。今日ぐらいは。




