お友達
「こんな大変なときにお邪魔してしまい申し訳ございません。レックスさんがお怪我をされたと聞いたので」
「ソフラ。そんな堅苦しいのはやめて。私達は友達でしょ?」
「なんだかレックスさん。変わられましたね」
「そ、そう……?」
中身別人だからね。
むしろ今まで指摘されなかったのが奇跡。
ん?いや、されたか。
ついこの間クリークに。ソフラと同じことを言われた。
私が変わったと。
一瞬デジャブかと思った。
「違いますよ。お嬢様は昔のお嬢様に戻られただけです」
「昔の……?」
「十一年前から人目を気にするようになりましたが以前のお嬢様はとてもお強い方でした」
そうか。やはりレックスが変わったのは十一年前のフィリックス家のせい。
そりゃそうよね。あんなことがあったんだもん。
心を閉ざしてしまうのは当然だ。
「レックスさん。私は何があっても味方です。あのような噂など信じておりません」
「どうしてそんなに私を?私が公爵令嬢だから?」
我ながらこの質問はズルいと思う。
こんな聞き方「違う」としか言いようがない。
ソフラは一度目を伏せて、ふわりと柔らかい雰囲気を纏った。
「覚えてませんか?初めて会ったときのこと。昔の私はすごく太ってて周りからよくいじめられてて」
この国ちょっといじめ多くない?
それも自分より身分の高い者に対する。
貴族社会って身分が絶対だと思ってたけど違うんだ。だから公爵令嬢がいじめられて殺されるわけね。
納得いかないにも程がある。
「我が家で主催したパーティーで私が作ったクッキーをわざと床に落とされて。でも、レックスさんだけがそれを食べてくれたんです。あれから私はこの人の傍にいたいと思いました」
その場しのぎの嘘ではなく、ソフラの優しい心が伝わってくる。
「そんな昔から……。ありがとうソフラ」
「お礼を言うのは私です。あの日のレックスさんにどれだけ希望を与えられたことか」
「ううん。本当に嬉しいの」
あんなことがあったにも関わらずソフラだけは変わらず私の友達でいてくれた。
噂に惑わされずに私の口から真実を聞くのを待っててくれている。
クリークは私を強いと言ってくれたけど、みんなの存在があったから強くいられた。
人は誰だって一人では弱いまま。誰かに支えてもらって生きてる。
そうか……。そうだよね。
ファーラン家はずっと私を守ってくれていた。
辛いときや悲しいときは傍にいてくれて、でも決して無理に真実を聞きだそうとしない。話すのを待っててくれた。
何年も何年も。
そんな優しさや温もりにはとっくに気付いていた。
「実は私。今日はレックスさんにお聞きしたいことがあるんです」
「どうしたの。改まって」
「最近。金色の髪の女子生徒と仲良くしてるとは本当ですか!?」
「どちらかと言えば仲良くしてもらってるかな」
私の過去も、いじめられてることも知りながら周りの目を気にすることなく私と接してくれる。
いじめのターゲットが私から移ることはないだろうけど、地味な嫌がらせを受けているかも。
私の見えないところでルーナが傷ついて欲しくない。
「でもね。ルーナは仲の良いクラスメイト。私の友達はソフラだけよ」
そこだけは譲れない。
ルーナのためにも。
「え……」
「え?」
声に振り向くと、黄色い小さな花束を持ったルーナが目に涙を溜めて肩を震わせていた。
「お嬢様のご友人がお見舞いに来てくださりました」
「私はレックスさんのお友達じゃなかったんですか」
「え、いや、あの……えーっと……」
──ヘルプ!クリーク!!
優秀な頭脳を今こそ使って!!
助けを求める視線を送ると
「カップをご用意致しますので少々お待ち下さい」
逃げた。職務放棄だよ!それ!!
三人だけになると空気が重い。
これどうしよう。
ポロポロと泣き出すルーナが可愛い。小動物みたいだな。
とりあえず座らせると泣き止んでくれた。
「ルーナは私と友達になりたいの?」
「もちろんです!!」
「私はいじめられてる」
「存じております」
「そんな私と友達なんて、今度はもっと酷いことを言われるかも」
「大丈夫です。私が好きで一緒にいたいんですから」
自分が惨めに思えた。
誰かのためって言葉は相手の言葉を無視した独りよがり。
ルーナが私と友達になりたいと言ってくれてるのに、自分の意見を押し通すのはハティと同じ。
うわ。最悪。
いい歳した大人がそんな簡単なことにも気付けなかったなんて。
「もし……。もしも私がルーナと本当は友達になりたかったと言えば……その、受け入れてくれる?」
なんて身勝手だろう。
自分から遠ざけようとしたのに近づこうなんて。
口にはしないけどルーナは女の私でもドキッとするような微笑みを向けてくれる。
レックスの周りにはこんなにも親身に味方でいてくれる存在がいてくれていた。
いいなぁ。
羨んでいると今度は私が泣いてしまう。
薫としての人生はあっけなかった。誰にも頼れなくて自分で苦しい道を選択していた。
もし親に話していたら、誰かに相談していたら、何かが変わったかもしれない。
レックスと私は違う。
真実を知っていながらもレックスの意志を尊重してくれる。
「あのね。聞いてくれる?私の話」
涙を拭ってお茶を一口飲んだ。
友達として、ハティが婚約を持ちかけてきたことを話した。
隠しておく必要はないし口止めもされていない。
それにこの手の話は貴族令嬢なら誰もがしていること。
二人は目を見開いて驚いた。
ハティの想いが誰にあるか一目瞭然の今、ハティへの悪口が止まらない。
無能だの王の器ではないだの、決して屋敷の外では口に出来ないことばかり。
「あのバカ王子にはずっとムカついてたんですよ!!ちょっと顔がいいからって威張り散らして!!」
ちょっとじゃなくてかなりのイケメンだよ。
性格はアレだけど顔だけは良いってネットでも評判。
結論、イケメンは何をしても許されることが立証された。
世の中、金と顔ってことだよね。
クリークが戻ってくると壮絶すぎる場面に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
ソフラも大人しい性格でこんな風に感情を表に出すタイプではない。
自分は場違いだと察したクリークは頭を下げて静かに退室した。
「レックスさんはあんなクズと婚約なんてしませんよね!?」
「もちろん」
何が悲しくて自分から死のルートに直行しなきゃいけないわけ。
迷うことなく否定すると安心したように胸を撫でおろした。
私に婚約を申し出るのは権力欲しさ。それ以外の理由はない。
他の令嬢もそれをよーーーく知っているから、例え自分達が好いている殿方が私に求婚を申し込んでも平気でいられる。
そこに一切の愛はないのだから。
ハティにしてもそうだ。
文句言わない。大人しくしているお飾りの王妃。
それがハティがレックスに求めていた王妃の在り方。
国への建前として身分のある妃を選び、一年と経たずして側室という名の愛人を作るつもりだったのだろう。
それがあろうことかリンと出会い心を奪われる。
どうしようもないクズだな。
「レックスさんは明日、出席されるんですよね?」
ルーナが思い出したかのようにパンと手を叩いた。
「明日?」
「ええ。明日はサシリア様の命日ですから」
そういえばそうだった。
陛下が唯一愛した女性。サシリア様は不慮の事故でその命が途絶えた。
年に一度。
サシリア様を弔うために各家の子息や令嬢、代表者一人が王宮へと足を運ぶ。
聞こえはいいけど実際は陛下に名を覚えてもらおうとする欲望だけが渦巻いている。
陛下はそんな考えなどお見通しだろうけど国民からの“サシリア様のため”と言われると、やらないわけにはいかないのだ。
私は一度も参加したことはない。ずっとお父様が参列してくれている。
ルカと顔を合わせるのが怖かった。
他人の目が声が怖かった。
「行くわ。今年は」
このシナリオはよく覚えている。
内容がかなり衝撃的だったから。
「それでしたらこれを。私とお揃いなんです」
そう言って小さな箱から取り出したのは黄色い星型のピアス。
ルーナは髪を耳にかけた。
髪の色と同調するようにピアスがキラリと光る。
「気持ちは嬉しいんだけど遠慮するわ」
「お揃いが嫌でしたか?」
「そうじゃないの!!本当に!!ただ……耳に穴を開けるなんて痛そうじゃない?」
これは薫としての答え。
学生の頃は周りの女子はみんな開けてて彼氏に貰った物をよく自慢していた。
よく開けられるよね!?
──無理無理無理無理!!!!
痛くないとかよく聞くけど、そうなんだ、じゃあ開けようってならないもん。
だって冷静に考えてみて。穴が開くんだよ?耳に。
「それじゃあレックスさんには別の物を持ってきます。ソフラさん。これを受け取ってもらえますか?」
「いいんですか?それはレックスさんのために」
「受け取って欲しいんです。これは友人にだけ渡す特別な物。私はソフラさんとも友達になりたいんです」
「私もです!ルーナさんとは是非と思ってて」
「あ、でも……。改めて新しいのを持ってきます」
元は私にくれるはずだった物をあげるのは失礼だからね。
ハッと気付いたルーナは漫画の一コマみたいに慌てふためく。
ソフラも優しいから気にしないんだけどな。
「ありがとうございますルーナさん。私も何かお返ししますね」
わぁお。
出会って初日で友達になっちゃった。
二人とも可愛いな。ずっと見てられる。




