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これは報復ではない

「ごきげんよう。リンさん」


 翌日。


 ショックのあまり私が休むと思っていたリンの顔は引きつっていた。


 なんでいるのよ、とでも言いたそうな表情。


 私のことを笑い者にしようとしてたんでしょ?当てが外れたわね。


 昨日のことをバラされるのではないかと顔色が悪くなっていく。


 そこにハティがやってくるものだから事態がややこしくなった。


「何をしている」

「うぅ……殿下」

「レックス!!リンを泣かせたのか!?」


 状況だけ見たらそうなるよね。


 まぁその人、さっきまで青い顔して涙なんて一粒も浮かべてなかったけどね。


 プロフィールに書けるよ。特技、嘘泣きって。

 説明するのもめんどくさく、リンにニッコリと笑った。


「体調が良さそうでなによりです。昨日は欠席の連絡も出来ないほど寝込んでいるのではと心配していたんですよ」

「何を言っている。リンは昨日、俺と一緒にいたんだぞ」

「そうなんですか。ですが殿下。私はリンさんとお話しているのです。横から口を挟まないで頂けますか?」


 泣きつくリンを守るようにかギュッと肩を抱いた。


 おーおー。このバカ、すごっ。


 仮にも私と婚約したいと言っていたくせに、まるで恋人のようにリンに触れるなんて。


「リンさん。昨日はハティ殿下とご一緒だったのですね」


 嫌味たっぷりに言ってもリンは言い訳するどころか余計に泣き出した。


 これでは本当に私が悪者みたいじゃない。


 招待状を送った他の令嬢にも同じように問いただしても皆、口を噤むばかり。


「お前が招待状を出してなかったんだろ」


 ルカは私を見下すような冷たい目。


 あーはいはい。


 好きな子を泣かせたら女でも容赦しないってことね。あんたが私に優しくしたことなんて一度もないから、そういう態度を取られても不思議はない。


「そうですわ!私、レックスさんからお茶会の招待状なんて届いていません」


 ルカの言葉に乗っかるか。


 リンからしたら絶好のチャンスよね。今ならハティが証人となってくれるのだから。


「出した出してないは調べてもらえればわかります」

「殿下!!本当に届いてないんです。私は嘘なんてついていません」

「わかっている。リンが嘘をつくはずがない」


 このバカはここまで大事になっているのに調べるつもりはないわけ?


 そうだった。ハティはそういう人間だ。


 自分の好きになった女は正しい。


 なぜなら、正しい自分が選んだのだから。


 レックス。どうしてこんなクズを好きになっちゃうかな。


 顔?顔なの?違うよね?


 何にせよ見る目ないよ。


 こんなクズでバカに恋焦がれる時間はもったいない。


 もっと他に大切にすべきことがあったよ。


 少なくともそれは、こんなバカのことを1秒でも想う自覚ではない。


「泥棒で嘘つきの娘の親は大変だな。いやぁ?待てよ。ひょっとしたらその二人も大嘘つきじゃないのか。なんてったって蛙の子は蛙と言うしな」

「っ……!!」


 私は、私が何を言われても我慢してきた。


 でも!こんな風に愛する家族への侮辱は許し難い。


 大笑いするルカを睨みつけると、一瞬だけど怯んだ。


「なんだその目は。お前がうちの家宝を盗もうとしたのは事実だろうが!!お前んとこの家は人から盗んだ物を金に変えて財産を作ってるんじゃないのか!!?」


 ──ふざけんな……!!


 お父様の、歴代のファーラン家の功績を否定するだけでなく穢す言い方。


 フツフツと怒りが沸く。


 後のことなんて知るか。一発……いいえ!気が済むまで自慢の顔を殴らないと、この怒りは到底収まらない。


 ──泣いて謝罪をしても許してやるものか。


「それ以上の発言は!!後悔することになりますよ」


 私より先に反論してくれたのはルーナだった。


 初日に怯えていた子とは思えないほど凛々しい。


「平民如きが楯突くつもりか」

「この国では平民は意見してはいけないのですか」

「当然だ。国を支えているのは貴族。お前ら平民はそのおこぼれで生活しているようなもの」

「殿下!!それ以上の発言は……!!」


 このバカは自分が何を言っているのかまるでわかってない。


 仮にも王となるべく存在ならば、あまりにも失言すぎる。


 クロック。あんたは何で黙ってんのよ。


 いくらバカに仕える騎士とはいえ、あんたは一番マシな頭してたでしょうが。


 こんな奴に期待したって意味はない。


 主君の言葉こそが絶対だもんね。


 そもそも私が、こんなバカの失言を助けてあげることはない。


 ルーナが一歩前に出て、未だに泣き続けるリンに目を配ると、乾いた音と同時に頬にじんわりと痛みが走った。


 クロックの振り上げられた手からぶたれたことはわかった。


「泣き弱っている女性を睨むなど淑女のすることか」


 そういうあんたの暴力は紳士としてどうなのよ。


 私はただ見ただけじゃない。


 痛いからか悔しいからか、涙が溢れようとしている。


 泣くな。泣いたら思うツボだ。


 唇を噛んで耐えていると、騒ぎを聞きつけた数人の教師がやってきた。


 動揺したもののすぐに


「ファーラン。殿下に失礼なことを言ったのだろ。謝りなさい」


 何も知らないくせに一方的に私だけが悪いと決めつけた。


 学園内では私がリンをいじめていると、そよ風程度の噂が流れ始めた。


 事実確認などしない。()()()のことを恐れているのだ。


 もし、いじめていなければ……。その考えが頭をよぎるも、未来の王には媚びを売る。


 最初から期待などはしていなかった。


 それなのに自分の意志とは関係なく涙が零れた。


 これがレックスが十一年前に感じた喪失感。


 ううん。もっと底知れず深かったはず。

 海よりも深く、底に辿り着くことなく落ちていくだけ。


 あの頃は今のルーナのような存在はいなかった。独りぼっちだった。


「先生。学園長を呼んでください」


 あの人なら偏見を持たずに話ぐらいは聞いてくれる。


「学園長ならお留守だ。ここ一週間は空けると言っていた」

「そう……ですか」


 私は何を話すつもりだったんだろ。


 庇ってもらえると、助けてもらえると本気で思ってるの?


 本当にお父様の知り合いかも怪しいのに。


 手紙自体は読んでいるだろうから、こうして毎日顔を合わせているのに返答がないのはおかしい。


 二人の関係性に問題があるってことだよね。


 もしかしてお父様の失脚を狙う派閥の人間かも。可能性としてありえてしまうのが怖いな。


 味方はいないのだとハッキリ理解していなければばこの先、同じような理不尽に泣くハメになる。


「気分が優れないので早退してもよろしいですか」

「まずは謝罪が先だろう!!」

「先生。私は何に対して謝罪をすればいいのですか?」

「なに?」

「殴られた私がなぜ加害者だと断言出来るのですか?」

「そ、それは……。シナーが泣いているだろう。お前がシナーをいじめているという噂は聞いているぞ」


 私も泣いてますけど。


 更に付け加えるなら暴力も受けた。


 それでも私が加害者なの?


 事実確認もしない噂に踊らされて、どうして私が加害者にされなきゃいけないわけ。


 生徒も教師もバカすぎて嫌になる。


 都合の悪いことには蓋をして、とにかく自分さえ良ければ相手のことを軽んじる。


 自分に有利なことには都合の良い解釈をする。


「噂?実際に見てもいないのに私が悪いんですか?誰が流したかもわからない噂に踊らされるなんて立派な教育論をお持ちなんですね」

「うるさい!!」


 怒りに身を任せた教師は勢いよく私をぶった。クロックとは力が桁違い。


 その反動で体は飛び、頭を教卓に打ちつける。


 少し切れたらしく血が流れた。

 流石に数人の令嬢が悲鳴を上げた。


 教師もしまったと青ざめたけどすぐにブツブツと独り言を呟く。


 悪いのは私。

 教師である自分を侮辱した。勝手に頭をぶつけた。いじめの核心を突かれて被害者になろうとした。怪我をして同情を引こうとした。


 私に謝るつもりは微塵もない。


「レックスさん!!大丈夫ですか!?」

「ええ。心配してくれてありがとう。では先生。怪我をしてしまったので帰らせていただきます」

「お送りします」

「大丈夫よ。大した怪我ではないから」


 それに本当に私は、大丈夫なのだ。


 むしろマズいのはこの教師。


 傷がお父様の目に触れらたらタダではすまない。職を失うどころか一家まとめて路頭に迷うかも。


 教師のことはどうでもいいけど、無関係の家族まで巻き込まれるのは可哀想だ。


 指輪はしてないし、独身であることを願う。


「私が送ろう」

「はい……?」


 クロックが私に手を差し出してきた。


 これは掴めということ?


 どういうつもり?


 教師に殴られて怪我を負った私を哀れんでるわけ。


 あんたもさっき、私のことぶったじゃん。


 こんなことでさっきの詫びのつもりならふざけるのも大概にしろ。


 教師とあんたの暴力は理不尽で、とても許せるものじゃない。


 傷口を抑えて一人で立ち上がると、クロックは驚いたような表情を見せた。


 ──は?自分が手を伸ばせば掴んでもらえると思ってたわけ?


 勘違いもここまでくると清々しい。


 何も言わずに嫌味ったらしく笑顔を浮かべて教室を後にした。

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