目覚め
「ん……」
目が覚めると、なぜか私は泣いていた。
あの変な夢のせいだろうか。
わからない。あの夢は一体……。
なぜ私は断罪されていたのだろう?
わからない。何も……。
「お嬢様!?どうされました!?」
いつもならノックの後、すぐに返事をするのに今日は無反応。
私に限って寝坊はないと信じてくれている。そのため、体調を崩しているのではと無礼を承知で入ってきた。
上体を起こして涙を流す私に、専属の侍女マリーが心配そうに駆け寄ってくる。
いや……心配というか、顔面蒼白。
寝ている間にどこか打ったのではと体を隅々まで調べられる。
「大丈夫よ。それより着替えたいんだけど」
「そ、そうですね。それと。今朝は旦那様から大切なお話があるそうですよ」
「お父様から?」
着替えが終わり、気持ちを整えたいからとマリーには退室してもらった。
お父様が私に話。なんだろ。気になる。
“大切”とつけるぐらいだしとても重大なことかも。
──まさか爵位の剥奪!?
そんなまさかね?
国に貢献しているファーラン家が理由もなく没落するわけがない。
ない、はず……。
胸がザワつく。
不安で押し潰されそうになりながら頭がズキズキと痛む。
──あの夢はこうなることを予知していたとでも言うの?
いや、何かあるとしたら家ではなく私かもしれない。
公爵令嬢として私の存在はあまりにもなさすぎる。
影が薄すぎて空気のようだと、誰かが笑っていたのを覚えている。
彼らはお酒に酔っていて、悪気があったわけではない。ただ、ポロリと本音が出てしまったのだろう。
窓に映る自分の姿に多少の違和感を覚えた。
触れようと手を伸ばすとマリーがノックをしてお父様がお待ちかねだと急かす。
これは本当に私のせいが濃厚。
思い当たる節はないけど私が何かしでかしたなら謝ろう。
言い訳はせずにひたすら頭を下げ続ける。
“いつもしていたこと”
抵抗はない。
覚悟を決めて食堂へと急いだ。
中に入る前に大きく深呼吸をして気持ちを整えた。心臓がドキドキと鳴っている。
足を一歩、後ろに引くとマリーがそっと手を重ねた。
マリーは私の味方だ。そう言ってくれてる。
扉が開くとつい目を細めてしまう。
席には既にお父様とお母様がいた。
──ん?
不穏な空気が漂ってる。
土下座する雰囲気じゃない。
「レックス」
「は、はい」
お父様が口を開いた。
私は思わず息を飲んだ。
「ハティ・エブロ・ロフィーナ殿下から婚約の申し出があった」
「………はい?」
ハティ・エブロ・ロフィーナ様と言えば、いずれはこの国を背負って立つお方。
第一王子様。
未来の国王陛下。
そんなお方が私に?
ないないない。なにかの間違いだよ。
だってハティは容姿端麗で頭も良くて剣術の腕もすごい。
でも、リンのこととなると……。
あれ?
どうして私、会ったこともない人を知ってるの?
リンって誰?
あの夢に出てきた平民出身の女の子だ。
どうして私はそうだと確信をしているのだろう。
頭の中に割れたガラスが散らばっている。そこには私の知らない誰かが写っていた。
ううん。
私はこの人を知っている。
『井月薫』
二十三歳にして死んだ過去の『私』だ。




