表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/72

アラン・スミス

 進級して一ヵ月が過ぎた。


 相変わらず私はいじめられている。

 もう慣れたけど。


 この程度の精神的ダメージなら前世の会社のほうが酷かった。


 毎日毎日終わりもしない仕事の山と上司のパワハラとセクハラ。


 我ながらよく耐えていたな。


 病気になろうが痛む体に鞭を打って会社に行った。


 私が休もうものなら他の人に負担がかかる。


 そのくせ上司は有給取って旅行とかに行ってたっけ。


 殺意は芽生えたものの思いとどまった自分を褒めてあげたい。


 落書きだらけで読めない教科書は机の中にしまったまま教師の話だけ聞いていた。


 だいたいの内容はゲームで説明があったから授業に出なくても支障はないけど、サボりなんて印象を悪くする。


 今のところ学園イベントが何も起こっていないためにリンへの好感度は上がってないはず。


 そう信じたいのに異様にハティとリンの距離が近い。


 クロックもいつもより一歩前に出てる。


 ルカはゲームでも現実でも変わらない。


 マズくないかこれ。


 私を殺そうとゲームがありえない方向に展開している気がする。


 ダメ元で陛下を攻略する?


 国のトップが味方ならハティの一存で私を殺せない。


 せいぜい国外追放。死刑よりはマシ。


 一歩間違えれば一年と待たずに死は確定。

 危険な冒険は出来ない。


 あの三人を全力でリンから遠ざけたいのにいい案が浮かばない。


「レックス様。クッキーを作ったんですけどお一つどうですか?」


 うん。ルーナは私と距離が近い。


 私には近づいたらダメって言ったよね?


 のほほんとした性格みたいだし、もっとキツく言わないと効果ないの?


 せっかく作ってくれたクッキーを無駄にしたくはないから一つだけ頂いた。


 何これ。美味しい!!


 焼き立てのようにサクサクしてる。


 可愛い子が料理上手って反則じゃん。


 ん?

 可愛くて料理上手?


 ヒロインにピッタリ。


 リンとルーナのヒロインとしての立場を入れ替えたら未来は大きく変わる。


 ──…………無理だ。


 私にはそんな酷なこと出来ない。

 あんなクズでろくでなしの男共とルーナをくっつけるなんて悪行。


 心の底からルーナには幸せになってもらいたい。身分とかは関係なく、とにかく性格が良くルーナの言葉に耳を傾けてくれる人が理想。


 苦楽を共にするのだから一切の妥協はして欲しくない。


「お口に合いませんか?」

「すっごく美味しいです」

「あらまぁ。意外と庶民の味を好むんですよね」

「それでしたらこれも食べてくださる?」

「これは“リリディ菓子”の……」

「ご存知ですの。実は昨日、我が家に来たお客さんがお土産に持ってきてくれたのですが庶民のお菓子が口に合う舌を持ち合わせていないので」

「そう……ですか」


 リリディはお父様のお店。


 知らないとはいえ、こんな風に侮辱されると腹立しい。


 作った人の身分で味が決まるわけじゃないのに。


 これが憧れていた貴族。


 同じだ。

 あの会社と。


 上の人間だけが人としての権利を得られる。


 こんな性根の腐った人にお父様のお店の価値がわかるはずないし、わかって欲しくもない。


「学びの場にお菓子を持ってくるのは規則違反ですよ」


 後ろで手を組んだ茶髪の男性。自然な髪色だな。


 教師?


 それにしてはどこか雰囲気が柔らかい。


 四10代ぐらいかな。私好みだ。年齢は。


 実年齢に対して見た目が若い。おじ様よりお兄さんで通用する。


「アラン学園長!?」

「これはその……」

「レックスさんですの。私は元平民だから庶民の味がお似合いだと」


 責任転嫁早っ!!


 その頭の中には私を陥れるパターンをいくつも考えてるわけ?


 それだけ頭の回転早いなら私に構わず他のことに使いなさいよ。


「へぇ……?レックス嬢が?」


 目が鋭くなった。


 泣き出すリンを他の令嬢が慰める。

 何を言っても信じでもらえそうにない。


 全てを見ていたハティが嘘だと証言してくれれば助かるかもしれないのに期待はするだけ無駄。


 婚約を受けなかった私への仕返しのつもりだろう。


 フイッと顔を背けた。


 ──器ちっさ。


 ここで助けてくれるなら多少はお父様に印象良くなることを言ってあげてもいいのに。


「レックス嬢。お時間よろしいですかね?」

「はい」


 お菓子を取り上げた学園長は私を教室から連れ出した。


 こんなのゲームになかった。


 学園長はリハラ・ノヴァンという老人だったはず。


 物語が劇的に変化しているならこの学園に通うこと自体が危険。


 退学を申し出る?


 それだとお父様にいじめられていたとバレてしまう。


 それだけは阻止しないと。


 レックスの思いを踏みにじりたくない。どうしても両親に知られたくないというレックスの小さな願いを。


 案内されたのは生徒が立ち入ることは許されない学園長室。


 無駄な物が一切ない。


 花の一つぐらいあってもよさそうなのに。


 学園長はソファーに腰をかけ正面に座るよう促した。


 雑務用の自分の机と椅子があるのにわざわざこっちに座るのはいち生徒の私と話をしてくれるのだろうか?


「そんな緊張しなくていい。聞きたいことがあるだけなので」

「私に答えられることなら」

「リン・シナーを空き教室に閉じ込めたというのは本当かい?」

「え……?」


 どうして今聞くの?


 断罪まで時間はあるのに。


 まさかもう既にリンが手を回した?


 いくらなんでも早すぎる。


 どうしようどうしよう。


 閉じ込められたのは私だと言う?


 ハティの信頼を得てるリンを嘘つき呼ばわりして罪を擦り付けようとしてると思われたら、それこそ終わり。


 対処方法が見つからない。


「黙ってるということは間違いないと捉えても?」

「違います!!私じゃありません!!」


 みっともなく声を荒らげて主張するしかなかった。


 信じてもらえずともこんなとこで諦めるわけにはいかない。


「そう」


 それだけだった。


 何を考えてるか読めない。


 私の敵でなはないと考えてもいいのかな。


 学園長は没収したお菓子を一つ食べては私の前に置いた。


「美味しいよ」


 知ってます。


 お店で売る前に私も味見させてもらったので。

 そもそも没収した物を食べるなんて……。


 勝手に冷酷な人だと思い込んでいたけど、案外話通じるかも。


「あの。学園長は……その。私を……」

「疑ってないよ。レックス・ファーランがリン・シナーをいじめる理由がない」

「しかしリンさんはハティ殿下の」

「レックス嬢は私が誰だかわからないかい?困ったな。うーん。そうだ。ケエイ・ファーランに聞いてみるといい。アラン・スミスを知っているかと」


 不敵に笑う学園長にドキッとした。


 ときめいたのをバレないようにお菓子を食べた。


 いつ食べても美味しいな。


 おやつに出して欲しいぐらい。


「前の学園長はどうされたんですか?」


 無言でいるのも辛く話題を振るも


「諸事情で退職したんだ。君が気にすることじゃない」


 気にするよ。


 ゲームにいない人物が登場してきたんだもん。

 不安で胸がいっぱいだ。


 この先、展開がどうなっていくのか。


 自分のことばかりで、気付いていなかった。


 学園長が不敵に笑っていたのを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ