友人として【ケエイ】
「殿下の件でしたらもう終わったと思いますが」
短い周期に王宮に呼び出されるなんて最悪。なるべく足を運びたくないから忙しいを理由に無視……断り続けてきたのに。
出されたカップをそれとなく遠ざけた。
これは早く帰りたいと僕なりの合図。
他の貴族なら喜んで長居するのだろうが僕は心底嫌だ。
今日は愛しのレックスが新学期のために学校に行っている。一人で。
バカはともかくフィリックス家の嫡男までもがいる。
あんな傲慢で自己中な親の血を真っ当に受け継いだバカ息子。
レックスをいじめようものなら地獄を見せてやる。
「公爵。悪い顔になってるぞ」
「それは失礼。それで陛下は私にご用でも?」
「こうしゃ……ケエイ」
わざわざ言い直した。
公爵として招いたわけではないと言いたいのだ。
先日も訪れたこの部屋には護衛がいない。扉の外にも。
不用心だな。私が賊だったら息の根を止められるかもしれないのに。
「陛下。そろそろ帰っても構いませんか?今日の学校は午前で終わりなので、久しぶりに家族で食べに行く約束をしているのです」
「まだ来たばかりだろう」
聞こえないように舌打ちをして足を組んだ。
友人として呼ばれたのなら無礼にはならない。
じっとヴィザの顔を見ていてもレックスが気に入る要素がわからなかった。
顔は良い思う。性格もバカとは似ずに真面目で誠実。
それでも僕とそう歳が変わらない。
同年代とかではなくよりにもよってヴィザ?
僕が甘やかしすぎたのが原因で自然と恋愛対象も上の人間になったのか?
だとしたらそれは僕の責任であって妻のユリウスには一切の非はない。
「君の態度は変わらんな。初めて会ったときもそんな風に私には興味がなさそうだった」
「それは誤解だ。天下の国王陛下を前にして緊張していただけだ」
「そうは見えんかったぞ?どうやってこの面倒な奴をかわそうかと考えていただろう」
「…………………………まさか」
そこまでわかっているのに僕を友人と呼び、祝福の名を教えた。
人が良すぎるのだろう。僕の前にいるこの男は。
最初はファーラン家に取り入りたいだけの王だと思っていたが、すぐに違うと気付いた。
純粋に僕と友人になりたいと言ってきたのだ。
打算のない申し出は初めてで、言葉の意味を理解するのに何日費やしたことか。
返事を急かすことなく、待っていてくれた彼は良い奴だった。
「失礼します。こちらにファーラン公爵がお越しだとお聞きしました」
返事も待たずに部屋に入ってくるバカ……。ここは屋敷ではないから呼び方は改めておかないと不敬に当たるな。
勝手に入ってきた殿下を見たあとに、ヴィザに君も大変だなと憐れみの目を向けると肩をすくめながら小さく息をついた。
まずは人としてのマナーを身に付けさせるべきだな。家庭教師は何を教えているんだ?
血筋だけでこうもワガママに育つものか。
うちのレックスとは大違いだ。こんなのが夫などレックスの苦労が目に見える。
それに恐らく殿下が欲しいのはファーランの名だけではない。
僕の持つ権力や人脈。全てを手にしたいと顔にハッキリ書いてある。
こんなにも自らの欲を隠せないのは珍しい。致命的なのに。
それを知っているからこそ殿下とも他の子息達との結婚もさせたくない。
「公爵。レックス嬢の良いところを百個見つけたので聞いてもらえますか」
「好きなとこですよ」
婚約を迫るくせに、たった百個も言えないとは。僕なんてユリウスの好きなとこは百個でも足りない。
むしろ一週間永遠と語りたいくらいだ。
「う……。ま、まぁ意味は同じなので」
「全然違います。それより殿下。学校をサボりとは良くないですよ」
「終わったからここにいるのです。優秀な従者が公爵が来ていると教えてくれたので」
「それは……」
そんなまさか。ありえない。
思考が停止した。
「陛下!!私はこれで失礼します!!妻と娘が待っておりますので!!」
長居するつもりなどなかったが、いつの間にか時間はかなり過ぎていた。
貴重な家族の時間が削られたなんて考えたくもない。
心の広いユリウスやレックスが遅刻をしたからといって怒るわけはないが、待たせていると思うだけで気分が悪くなる。
こんなとこに来ずに屋敷にさえいたら……。
「一応聞いておくが、我が息子とレックス嬢の婚姻はどう思っている」
「最悪だ!!」
「ほう……?」
「ん?何か仰いましたか?陛下」
「いや、いい」
「殿下。もし娘と婚約したいのであれば一年前の謝罪して頂きたい」
「一理年前?私は公爵に何かしましたか?」
目を見開いては首を傾げた。
それが面白くて吹き出しそうになる。
──覚えていない?
これはなんとも……。
「ご自分の言動に責任をお持ちになれないのであれば、今後は喋らないことをオススメします」
「なにっ!?無礼だぞ!!」
「ハティ!!やめないか」
「しかし父上」
「公爵。他に言いたいことは?」
「思い出して、我が邸に謝罪に来るときはぜひご連絡を。無駄足を踏ませるわけにはいきませんので」
敵意はないと示すようにニッコリと笑った。
その軽い頭を地面に擦り付けるのであれば、レックスとの婚約は考えてもいい。
あくまでも考えるだけだ!!
認めるわけではない。
「旦那様。随分とごゆっくりでしたね」
待たせておいたリッヒは珍しそうだった。
普段僕は王宮には何かと理由を付けては足を踏み入れないから、厄介事でも押し付けられたのではと心配してくれている。
「すまないが急いでくれ。時間がないんだ」
「いつものお店ですね。かしこまりました」
馬車に揺られながら冷静になろうと外を見つめていると、一瞬だがレックスがガラスに映った気がした。
その表情はどこか遠慮しているようにも見えて、もしや一年前のことを知っているのではと問うように呟いていた。
「旦那様。お待たせしました」
店の前では僕の到着を待つユリウスとレックスがいた。
今日はいつもより日差しが強く風もある。
中で待っていても良かったのに。
僕が見つけた最愛の妻と愛しい娘に胸がジーンとした。
「ごめんね。遅れてしまった」
女神と天使を力いっぱい抱きしめると驚きながらも抱きしめ返してくれた。




