いじめライフ
今のうちに学園内で起こるイベントを整理しておかないと。
イベントと言ってもほとんどがいじめに関することなんだけどね。
まぁ最も、リンが現れるまで平和だった。
その平和が初日から壊れたとなると、予期せぬ出来事に備えておいて損はないだろう。
いじめから抜け出せる方法は、ないことはない。
攻略キャラを攻略すればいいだけ。
付き合うまではいかないけど仲の良い友達にはなれる。そうすると様々な場面で助けたり庇ったりしてくれる。
──死んでも嫌だけど。
何が悲しくて自分をいじめる連中と友達になるのよ。
しかも好感度なんて上がった試しがない。
リンに心が奪われている今、私の言葉など届きはしないのだ。
まずはゲームと同じように過ごして、改善出来るとこはしていこう。
目指す未来に変わりはないのだから。
頬ずえついて窓の外を眺めていると、満開の桜が風に揺れた。
ゲームの中の桜も綺麗。
風に舞ってヒラヒラと舞い込んできた花弁がノートの上に落ちた。
ゲーム展開と一緒だ。
レックスはこんな些細なことで幸せを感じていた。
そうだ。家族で花見に行きたいな。
お弁当を持ってピクニック気分でさ。
マリーやクリーク。他の使用人も一緒に宴会をするのもいい。
彼らには日頃の休息を取ってもらわないと。
それはお父様とお母様にも言える。
この世界に週休二日という言葉はなく、二人は毎日のように働き詰め。
決まった時間に帰ってはくるものの、私が寝たあとに書斎に篭って書類仕事をしてるのを知っている。
お父様は下町に多くの店を持つ会長。
店に統一制はなく、食品、服、雑貨、宝石、小物類。
商品の仕入れも自分でやるほど仕事熱心。
外国の貿易商に知り合いがいて従来の金額より安く取り引きしている。
そして安く売るのが基本。
赤字にならないギリギリの価格で販売しているために毎日のように店はお客さんで溢れている。
私が気がかりなのは、店は年中無休で従業員が少ないこと。
毎日フルタイムで働いて体は休まらない。
お父様がそういう商売をしていることを他の貴族は知らない。言うと色々と面倒だとお父様は笑っていた。
お零れに預かろうと連日屋敷を訪ねられるなんて不愉快だとも。
各お店にはオーナーと店長がいて、従業員にはお父様が会長であることは話していない。
信用していないわけではないけど念には念を入れて。
オーナーと店長だけは雇い主が誰であるか知っているけど、口外しないように契約書を書かせた。
違約金は、彼らが一生働いても稼げない法外な額。
貴族が金儲けをしていると噂が立つとそれこそ面倒。
ファーラン家は古くから国に食品を輸入する貿易商。国が食料難に陥らないのはお父様のおかげ。
そのツテもあり今ではあらゆる人脈を手に入れたとか。
歴代の中で特にお父様は商才に優れていて、大当たりのお店を多く出店している。
そのために我が家には一生かかっても使い切れない財が貯まるばかり。
贅沢する習慣がないのと、物欲がないのもお金が減らない理由の一つ。
「レックスさん。少しよろしいですか?」
ボーっとしてる間に授業は終わり取り巻きに囲まれたリンが私を見下していた。
やっぱり悪役令嬢にしか見えない。
校舎裏とかに呼び出されるのかな。行くのめんどくさいな。
存在が目障りなら放っておけばいいのに。
どうしていじめっ子って、わざわざ絡んでくるのかな。謎だ。
「もちろん」
機嫌を損ねないように小さく笑った。
連れて行かれたのはゲームでもお馴染みの今では使われなくなった教材室。
教材室と校舎裏。そこがよくレックスがいじめられていた場所。
掃除をされていない教材室は汚れきっていて中に入るだけで埃が舞う。
「ルカさんに聞きました。レックスさんは昔、フィリックス家の宝石を盗んだそうですわね」
「私も聞きました。しかも。誰にも言うなと公爵の立場を利用してその場にいた者に命令したとか」
噂とは尾ヒレをつけて広がる。
ルカはほとんどの事実を省いて私が盗ったとだけ話した。
地位を落とすためならなりふり構ってられないのか。
「貴女のような泥棒が同じ教室にいるなんて息が詰まるわ」
「私もいつか何かを盗まれるんじゃないかとヒヤヒヤしてます」
「私は何も盗りません。それに十一年前のことは誤解です」
「まぁ……!!それはつまり、ハティ殿下のご友人であるルカさんが嘘つきだと言うの!?」
なぜリンは自分よりも身分が上であるルカに敬意を払わず対等に見ているの?
詳しいことは私にはわからないけど普通は「ルカ様」じゃないの?
それを本人が認めているなら文句は言わない。
「レックスさんはしばらくここにいてくれたほうが皆さんも安全でしょう?」
「え……?は……!?」
レックスではなく薫として素で驚いた。
あろうことか教室の鍵を閉めて閉じ込められてしまう。
窓はあるにしても三階。ギリ死なないはず。
下の様子を確認すると、思ってたより高さがあり諦めた。
椅子に座ろうにも敷物がない。
ハンカチはルーナに貸したからな。
開放感を得るためにも全ての窓は全開にした。風が吹くとカーテンが揺られた。
「貴女は可愛いわ」
割れた鏡に映った姿。
ゆるくウェーブがかかった明るめブラウンの髪。
色は白く肌ツヤツヤ。
瞳の色は両親と同じスカイブルー。
自分に自信がなく猫背気味。
それでも……。
「ごめんね、レックス」
ハティが権力狙いで婚約を申し込んできたのは最初から知っていた。
レックスにはそれしか価値がないから。
だからレックスも自惚れたりせず割り切っていた。
ハティが望んでいるのは余計な口を挟まないお飾りの王妃。
そんな打算的な関係でも十一年前の噂を信じずに、レックスを信じると言ってくれたハティに恋焦がれてしまった。
その言葉が嘘だと疑わず。
そんな最低王子と婚約するのも、一方的に婚約破棄されるのも嫌でレックスの想いを私の胸の中にしまい込んだ。




