新学期スタート
ついにきてしまった。
ゲーム本編、新学期。
柄にもなく緊張してきた。
大丈夫。
極力キャラとは関わらなければいいんだしね。
そう……。
関わりさえしなければ……。
そうだった!!
キャラは全員、同じクラスに集まってるんだ。
うっわ。最悪。しかもリンまでいる。
どういうこと?
あの子はもっと後に出てくるはず。
もしかして私が好き勝手動いてるからストーリーが変わった?
それは想定内だからいい。
問題は……知らないキャラがいる!!
──貴族なら私は知っているし平民かな?
ゆるふわ系の髪型の、目を引く金色の女の子。
ハティの妹?
それはないか。
あのバカは一人っ子だし。その本人も驚いているし赤の他人で間違いない。
隠し子……じゃないよね?
陛下がそんな不貞を働くわけがない。愛妻家で有名なほどだし。
だとしたら、たまたまあの色に生まれてきただけ。
染めてるわけでもなさそうだ。おそらく地毛。
本人も好きであんな髪をしているわけではないだろうに。
周りの目がナイフとなって突き刺さるその気持ちはよくわかる。
反論しようと口を開こうものなら袋叩きに合う。
「平民風情がハティ様の真似をするなんてどういう神経しているのかしら」
「あれでお近づきになれると勘違いしているのでは?」
わざと聞こえるように他の令嬢達と陰口を叩く。
あんたも元平民でしょうが。
しかもそのセリフと立ち位置。完全に悪役令嬢じゃない。
あの彼女がヒロインに見えてきた。
ハティは何も言いはしないけど不機嫌そうに睨みつける。
こらそこのバカ!!止めろ!!
誰があんたの真似なんかしたい女の子がいるのさ。
たまたま!偶然!金髪に生まれてきただけじゃないの!!
それとも何。この世の金色は全て王族の物だと言いたいわけ。バッカじゃないの!!
ダメだこれ。
リンが関わってるから使えないポンコツになっている。
彼女は泣くことはなかったけど教室を出て行ってしまった。
「まぁ。やっぱり真似をしていたのね。ハティ様、お可哀想。あんな平民に好かれるなんて」
愛人のようにハティに体を密着させる。女の武器をフル活用。
ハティもハティで豊富な胸に鼻の下が伸びている。
あんな未知のキャラなんて放っておけばいい。
私にとって大切なのは愛する家族と自分の命を守ること。
下手に関わって早死にでもしたら元も子もない。
頭ではわかっているのに体は彼女を追いかけていた。
知っているから。
晒し者にされる恐怖を。
視線が、言葉が、酸素を奪う。
そんな惨めな『自分』を周りは笑って見てるだけ。
誰か一人でも手を差し伸べてくれたなら……。
心の傷に気付いてしまえばその『誰か』は他人じゃなくて『私』
保身のために彼女を無視してしまえばレックスをいじめたリン達と同類になってしまう。
彼女は泣いていた。
誰もいない屋上で声を殺して。
「こんな気持ち悪い色じゃなかったら」
苦しそうだった。悲しそうだった。
生まれたことが、痛そうだった。
自分の色が嫌いだと嘆く彼女の髪は陽に当たることによりキラキラと輝いている。
まるで黄金を切り取ったような美しく眩しい金色。
「いつまでも泣いていると可愛い顔が台無しですよ」
地味な私には似つかわしくない派手なレースのハンカチを差し出した。
これはお母様が誕生日プレゼントに買ってくれたものだ。
彼女は肩をビクつかせて顔を上げた。
おっと。そんな警戒しないで。
いじめにきたわけじゃないから。
「それと私はその色、綺麗だと思いますよ。お日様みたいに輝いてて」
「この色は……」
「誰が何と言おうとそれは貴女の色。堂々としてればいいの」
きっとこの先、今日と同じようなことが何度も起きる。
その度に私がこうして手を差し伸べよう。
決してそれは“救ってあげてる”のだと傲慢な考えではなくて、あの日、同じように好奇の目に晒された者として辛さを知っているから。
誰か一人でも苦しみに気付いて、手を差し伸べてくれたなら。
また立ち上がれるんだ。独りじゃないから。
「貴女がその色を嫌いだと言っても、世界中の人が気持ち悪いと蔑んでも、私は好きだって、綺麗だって言い続けるわ」
「私も……この色を好きに……なってもいいの……?」
「うん。そうだ。自己紹介がまだだったわね。私はレックス。貴女の名前を聞いてもいいかな」
「ルーナ……」
「これからよろしくね。ルーナさん」
「よろしくお願いします。レックス様」
遠慮がちにはにかんだ笑顔が可愛くて、よりヒロインとしか思えない。
あ。もしかしてルーナは続編のヒロインかな?
それなら色々と納得。
残念ながら続編があるなんて情報はないんだけどね。
でも!!私の死後、決定した可能性だってある。
「レックス様?どうされました?」
「う、ううん。気にしないで。それよりルーナさん。その髪をからかわれたらこう言ってやりなさい。“私の色は本物。他人にとやかく言われる筋合いはない”ってね」
「はい!」
う……。眩しい笑顔。直視できない。
つい守ってあげたくなる。
いつまでも座り込んでいるルーナを立たせて居心地の悪い教室へと戻った。
教室内では既に女子のグループが出来ていて、私達は残り物だった。
それはいい。気にしない。
私とルーナの席は近くはなく座るために離れると「あ」っと心細そうな声を出した。
──え、可愛っ。
ぎゅーってしたくなる。
ルーナには悪いけど席順は私にはどうすることも出来ない。
自分の中で理性と戦っていると後ろからものすごい力でぶつかってこられた。
不意すぎて踏ん張りはきかない。その反動で無様に頭から転けた。
こんなあからさまに幼稚なことをするのは一人だけ。
「悪いな。存在感なさすぎて見えなかった」
ルカ・フィリックス。
レックスが引きこもりになったのもこの男のせい。
お父様の心配が初日で的中してしまうとは。
だってリンがいるとは思わなかったし。
リンさえいなければレックスはいじめられない。
てかルカ。
もう惚れたわけ!?
どんだけリンが好きなのよ。腹立つ。
この男のすごいところは、いじめのターゲットはルーナだったのに無理やりに物語を軌道修正してきた。
他の人がいじめられるのも気分は悪いけどさ。
公爵令嬢であるレックスにここまで堂々と手が出せるのはレックスが親にも教師にも助けを求めないと絶対の自信があるから。
その原因を作ったのもこの男。




