友達
新緑色のハイウエストのワンピースの胸元には、ぶどうの葉の刺繍が入っている。スカートの両サイドには切り込みが入っており、動くと内側の白いプリーツスカートがひらひらと揺れた。
小さな白い帽子は、やや斜めに傾けられて頭上に乗っている。つばの上にはジャスミンの花のブローチが留めてあり、きらりと光った。
手には小さな鞄、靴はヒールの低いストラップ付きのものを選んでもらった。
リズは鏡の前でくるりと一回転すると、アンナが合わせ鏡で後ろの髪がどうなっているのか見せてくれた。
髪は複雑に編み込まれて後ろでまとめられ、綺麗に帽子に収まっていた。リズは感心した。
「お嬢様、とっても素敵ですよ」
「そう?変じゃない?田舎者に見えない?」
「とっても可愛らしい可憐なお嬢様に見えますよ」
普段のリズからは可憐のかの字も見当たらないので、喜んでいいのかどうか分からなかった。
本日、リズはスーザンの家に呼ばれていた。
ダールベック城に滞在しているリズの下にスーザンの手紙が届いたのは、王都に帰る三日前のことだった。
スーザンは二週間避暑地で過ごした後に王都へと帰るので、その時リズが王都に戻っていたら遊びにきて欲しいという。
リズはすぐに行くとの返事を書いた。それから王都のマーシャル家に帰ってくると、スーザンから正式に日時を指定した手紙が届いた。
リズはスコットに話して大慌てでワンピースを用意してもらった。選んだのはサマンサで、友達の家に遊びに行く令嬢に相応しい服を選んだと喜んでいた。
「ジョエルも主人も地味な服ばかり着たがるのよ。だから娘が出来たら可愛い服をたくさん着せたかったの!念願が叶ったわ!」
はしゃぐサマンサに軽く引きながらも、リズは馬車に乗り込むと、サマンサに見送られてモルガン邸へと向かったのだった。
リズは車窓から外を眺めながら、ダールベックでのことを思い出していた。
オリヴァーと騎士団に囲まれてダールベック城へと戻ったリズは、勝手に城を出て一人で樹海へ入ったことを、ザックにこれでもかと怒られた。普段はリズに優しいザックが怒ったものだから、とんでもなく怖かった。
怒られて当然のことをした自覚はあったので、リズは共犯のザビエルやアンナと一緒に頭を下げて謝り、しっかりと反省した。
怒られ最後に、エイデン先生には黙っていて欲しいと頼むと、ザックはまた怒った。リズはまた謝り、エイデンにいつか知られると思うと、戦々恐々とした。
そしてオリヴァーはというと、ダールベック城へと戻ると医師の診療を受けて、二日間ダールベック城で療養してから帰ることになった。
リズは面会出来るようになった翌日にオリヴァーを訪ねた。そして再度二人で無事を喜び合った。
それからしばらく他愛ない話をした後で、リズはオリヴァーに確かめたいことがあったので、思い切って話を切り出した。
「あの、実は入学してすぐにオリヴァー様に手紙を書いて教室へ持っていったのです。お礼を言いたくて……」
手紙?と言ってオリヴァーは首を傾げた。
「でもオリヴァー様はいらっしゃらなかったので、生徒会の方に預けたんです。学園に来た時に他の方々の手紙と一緒に渡しておくと……」
「ああ……あの紙袋の中に入っているのか」
ようやく思い出したオリヴァーは、すぐさまリズに謝った。
「実はまだ読んでないんだ。たくさんあって、その……」
読む気になれないのだろうと察したリズは、大丈夫です!と勢いよく言った。
「お忙しいからきっと読まれないだろうことは分かっておりましたから。それに、手紙の内容は以前とほとんど同じなので……」
「でも、帰ったらきちんと読むよ。……他の皆からの手紙も。一生懸命書いたのに読まないだなんて失礼だったね。悪かったよ」
いいえ!と手を左右に振っていると、リチャードが現れて、仲がいいねとからかうように言われてしまった。リズはまたもや赤面した。
それから三人で学園で偶然出会った時のことを話していると、リズは少しずつオリヴァーに対する緊張が解けてきた。顔を見れば赤面していた頃と比べると、かなりマシな会話が出来るようになったろう。
そして翌日、オリヴァーは王都へと帰っていった。また学園で会おうと約束をして、リズは飛び上がる程喜んだ。そんなリズを、ダールベック城の人達は温かい目で見守っていた。
✽
馬車がモルガン邸に到着すると、使用人と一緒にスーザンが笑顔で出迎えた。リズはスーザンの案内でサロンへ通された。
モルガン邸はこじんまりとしているが、建物はモダンな造りだ。聞けば、スーザンが産まれた年に建てたという。
紅茶とパウンドケーキが運ばれてきて、リズは目を輝かせた。砕いたナッツが乗ったチョコレートのパウンドケーキだ。
執事がケーキにナイフを入れると、パウンドケーキの中からとろりとチョコレートが流れ出てきた。取り分けられたケーキを見下ろして、リズはほーっと声にならない声を上げた。
「母の手作りなの」
「ええっ?!すごい!」
スーザンの母は中流階級の娘である。趣味はお菓子作りで、よく作ってくれるのだという。
リズは早速ケーキを口にした。濃厚なチョコレートと、しっとりとした生地に香ばしいナッツの味がする。
リズは美味しいと何度も絶賛して、ケーキをペロリと平らげた。その食べっぷりの良さに、スーザンは母が喜ぶわと言ってくすくす笑った。
お茶を終えると、庭を案内してもらうことになった。
様々な色の煉瓦で半円形状に縁取られた花壇には、初夏の花々が青や白でまとめられて、カラーリーフと共に植えられていた。庭は小さいけれど、配置や開花の時期まで考えて植えてあるのよと、スーザンは自慢げに言った。
「可愛いわね!」
「でしょ?庭師は女性なのよ。珍しいでしょ?」
感心していると、スーザンがリズのワンピースに目を留めた。
「今日のリズは可愛いわね。そのワンピースも素敵!それに制服でないリズはなんだか新鮮だわ」
「私らしいかといえばなんとも言えないのだけど……」
「そんなことないわ。とっても似合ってるわよ!」
「そ、そう?スーザンもいつものように綺麗だわ」
リズは照れて頬を染めた。
リズは戦闘訓練ばかりしてきたお転婆令嬢だ。これまでは動きやすい服ばかりを着ていたのでお洒落とは言い難く、今日のような令嬢らしい装いには慣れていなかった。
それとは反対に、スーザンは水色のストライプにレースが入ったワンピースを着ていた。それは手足の長いスーザンによく似合っていた。
「リズが選んだの?」
「いいえ。叔母が選んだのよ」
思わず口にして、リズはしまったと思った。案の定、スーザンは叔母?と首を捻っている。
「あ、ごめん。義母……だったわ」
「ああ。お母様ねって、それ言い間違える?」
変なのと言ってスーザンが笑った。冗談だと思ってくれているのだろうが、リズは冷や汗をかきながら、今しかないと思った。
スーザンに自身のことを話さなくてはいけない。結果、スーザンが離れていくことになったとしても。
深呼吸したリズは勇気を出して、口を開いた。
「あのね、スーザン。実は話したいことがあって。……ちょっと言いにくいことなんだけど、スーザンに聞いて欲しいの」
突然ボソボソ話し始めたリズを見て、スーザンはぱちぱちと瞬きをした後、リズの緊張を感じ取って、近くの木陰に設置された長椅子へとリズを誘った。
並んで腰を落ろすと、スーザンが心配そうにリズの顔を覗き込んで聞いた。
「何か相談ごと?」
「そうじゃないの。スーザンは私のことを友達だと思ってくれてる……わよね?」
「もちろんよ」
「だから、きちんと話しておきたくて……。スーザンは私に家族構成だとか、両親のことや自分のことを話してくれたでしょう?」
「ええ」
「でも、私はまだ何も話せていないわよね?」
「そうね。確か、一歳下に弟がいるのよね?」
「ええ。でもジョエルが弟になったのは、わりと最近のことなのよ」
え?と驚くスーザンに、リズはゆっくりと自身に起こったことを話し始めた。
三角谷出身で、ガーランド家の双子の姉として産まれたこと。騎士に憧れる弟のロキのことや、尊敬する両親、三角谷がいかに美しい場所だったか。
そこまで話せば、その先はスーザンも察したのだろう。表情はみるみるうちに曇っていき、日蝕が起きた日のことを語りだすと、青い顔をしていた。
蝕貘が現れて、ダールベック領にいたリズは助かり、三角谷は壊滅した。残されたリズはマーシャル家の養女となって、今に至ることを話し終える頃には、リズではなくスーザンがポロポロと涙を零して泣いていた。
リズは自分が泣きながら話すことになるだろうと想定していたのだが、リズの代わりにスーザンが泣いているので、泣くに泣けなかった。
「スーザン……ごめんね。泣かないで……」
オロオロするリズに、スーザンはふるふると首を左右に振った。
「どうしてスーザンが泣くのよ?」
「だって!リズのことを思うと、涙が止まらないのよっ!」
わあっとスーザンが本格的に泣き出したので、リズは慌てに慌てた。それからスーザンが泣き止むまでに、リズはハンカチを貸したり背中を撫でたりと、考え付くことは全てやって慰めた。
ようやく落ち着くと、ハンカチに顔を埋めているスーザンに、リズは改めてごめんと謝った。スーザンがキョトンとした顔を上げた。
「どうして謝るのよ?」
「もっと早く話すべきだったと思って……」
「早くても遅くても、リズがこんなにも大事な話を私に打ち明けてくれて、私は嬉しいわ。……あ、嬉しいなんて言っていいのか分からないけど……」
リズは目を見張った。スーザンはハンカチを膝の上に置くと、赤くなった目をリズに向けた。
「リズって、学園では自分の周りに線を引いて、周囲と一定の距離を保ってたでしょう。私には気安く話してくれていたけど、それでもたまに距離感が掴めない時があって、何でかなって不思議に思ってたのよ。……でも、その理由がようやく分かって、ちょっとほっとしてるの」
ねえリズと、スーザンは静かに語りかける。
「きっと私には想像も出来ないような壮絶なことを体験してきたのでしょうね。……でもね、これからは辛いことがあったら私にも話して欲しいの。そして、少しでもリズの気持ちを軽く出来たらいいと思ってる。……リズとは、本当の友達になりたいから」
リズは返事をしようと口を開けて、そしてなんと言えばいいのか分からずに黙り込んだ。視線を落とすと、膝の上に置いた手が微かに震えていた。
スーザンの言葉が嬉しいと思うと同時に、いずれスーザンと離れる時が来るかもしれないと思うと、その時喪失感に耐えられるのだろうかと不安な気持ちになった。
うんと素直に返事をしたいのに、臆病になってマイナスな方へと思考が傾いていく。
リズはスーザンを失いたくなかった。
自分のために涙してくれる優しい友達と、ずっと一緒にいたいと思った。
そんなリズを知ってか知らずか、スーザンがリズの顔を覗き込んで微笑んだ。
「リズ、私は軍人の娘よ。学はないけど、根性と気の強さは持ち合わせているつもりよ」
スーザンの手が伸びてきてリズの手に重ねられた。温かくて柔らかい手だった。
リズは顔を上げた。そして、スーザンの胸に淡く黄色い光を見付けて、息を飲んだ。
「だからね、私を信じて。そして、改めて友達になって欲しいの」
もっと友人を信じてみなよというオリヴァーの言葉が脳裏に浮かんだ。その言葉が、リズを勇気付けた。
いつ起こるか分からない別れの時のことを考えても仕方がない。臆病になるあまり、大切な人から差し出された手を振り払うことはしたくない。離れていかれるのが怖いからと、自ら遠ざけることもやめにしよう。
リズはスーザンの手をきゅっと握り返した。震えは止まっていた。
「私で……いいのかな?」
「当たり前じゃないの」
リズはぐっと涙を堪えて飲み込むと、こくりと頷いた。スーザンは満面の笑顔を浮かべた。
「それじゃあリズ、これからもよろしくね!」
「うん!」
スーザンのことも自分のことも信じてみよう。
そして、優しくて少しくすぐったいこの気持ちを、いつまでも忘れずにいようと思った。




