洋上巡航列車の車窓から Ⅰ
ある所の水上に、何処かを目指して通行する一本の機械駆動列車が見えた。
それは白い煙のような物をもうもうと煙突から吐き出し、しかし目指す先には何も見えず、見える先にはただ広い水平線と島の陰が僅かにあるのみ。
その列車は確かに水上を走っていたが、別に水面を滑っているわけでも浮遊しているわけでもなく、見えないだけで、車輪のすぐ下には、古代技術由来の特殊加工の施されたレールが敷かれている。
この機械駆動列車を含め、錆の出ない特殊加工金属で造られたそれらを、この地域では洋上巡航列車、或いは船の代わりという事でクルーザートレインと呼んでいた。
『本日は、スィマーレ交通の洋上巡航列車をご利用下さいまして、誠にありがとうございます。この列車は・・・』
列車内では、伝声管を通しての車内放送が行われている。
そして、それを指定席の一つから聞いている旅装の少女が一人と、同じく旅装を施された少女型の自律機械が一人いた。放送を聞きながら二人は、何やら次の目的地のことについて話しているようだった。
「次はどんな駅でしょうねマシロ。全く見える気配がないですけどー」
少女型オートマタが楽しそうに口を動かす。
「きっと見たことのない景色か、どこかで見たことがある景色が待っているよ。ホオジロ」
マシロと呼ばれた少女が、隣で質問を口にした少女型オートマータをホオジロと呼び、率直な感想を返した。
「それはごもっとも。それにしても、この離島群は凄いですね。全部の島を機械駆動列車が結んでるなんて。元居た場所では考えられない発想ですよ」
「そうね。それだけ防衛とか、外交とか、危機管理に自信があるんだろうね。まあ、ここで一番凄いのは、錆の出ない特殊金属だと思うけどね」
「それもそうですねー。聞くところによると魔法文明時代の技術だそうですがー」
そのような会話を交わしつつ、二人して窓の外を見る。そして、どこまでも青空のような水面が広がる中を、心地いい微振動と共に前進し続ける機械駆動列車に、なぜか同時に噴き出してしまった。
「何だか、些細な考え方に思えてきた。気にしても仕方ないのかも知れないね」
「同意しまーす。この広さを見ていると何だかどーでも良くなってきますねー。ついでに眠くなりますよねー・・・」
「いやいや、ここは起きろー。もうすぐ着くみたいだから」
そう言って、徐々に微睡みかけていたホオジロの体を揺すり、車内放送に集中させる。
『本日は、スィマーレ交通の洋上巡航列車をご利用頂きまして、誠にありがとうございました。次は、湖月城前ー、湖月城前に停まります。連結車両の、右側の扉よりお降り下さいませ。その際、お忘れ物の無いよう、お願い致します』
一度放送内容を繰り返した後、観光案内のための放送に切り替わる。
「湖月城・・・?」
「あ、見て下さい!あれ!」
マシロの呟きに、ホオジロがすぐさま声を上げ、反対の窓から見える景色を指さした。
一言で例えるなら、それは水面にそびえ立つ城郭だった。しかし、その城は、陸地に寄らずに”水面から生えるように”建てられていた。
「わあぁぁ…!」
「へえぇぇ…!」
その偉容を、反対側の席の窓からかじりつくように見た二人が、二人ともに感動の声を上げる。そして早速、景色観察を始めた。
「なるほど…。城郭の構造を湾曲させてるみたいだね。奥側に円形に凹んで見える」
「何のために、でしょうかねー?」
「さあね。風受け?波受け?防御力向上?」
素早く建物の構造を分析して形を述べたあと、構造の理由の予測に入った。しかし情報が限られているので、すぐに行き詰まる。
「うーん?」
「でもこれで、なんとなく“湖月”城の名前の由来は分かったね」
「月の形をしているから、とかですかー?」
「そうそう。でも、仮にそうだとして。本当に何でだろうね?」
思考が行き詰まりはしても、これから向かうだろう地に対する期待と興味が尽きることはない。未知との出会いは、それが恐怖や苦痛を伴うものでなければ全て楽しむと言うのが、この世界を旅する者の矜持であり、同時に、この二人のポリシーである。
「まあ、取りあえず」
「次の駅で降りて、観光してみれば分かることだね」
二人は窓から離れて顔を見合わせ、小さく笑うのだった。