天空山岳都市ベルグスタッド Ⅱ
※前回の後半部となります。
バスターミナルで定時バスに乗り込んだ二人は、大通りを通過し、立ち並ぶ高層建築の森へと繰り出した。それらは様々な色の、石材と思しきものを組み上げて造られており、窓から見上げるだけでも建物の階層の高さに圧倒される。
「もう、この建物だけで、空の民の建築技術が今と比較にならないことが分かるね。どうやってこの高い建物を支えているのか」
「そうですねー。多分これは、内部構造の違いです。この建材を別の何かで支えてるんですね。それが分かれば、再現も出来そうですけど。事実、乗用車は再現できてますし」
「維持に、かなりの額のお金と手間が掛かるらしいから、数は少ないみたいだけどね」
二人して街並みに対する感想を述べながら、次第に近付いてきた目的地へと目を向けた。バス程の大きさの車両が停車できる横道に、人の列が見える。旅装している者、正装している者など様々だが、全員が手に手に似たような冊子や新聞紙を持って、バスを待っているようだ。
「そう言う意味でも、この山岳都市は規格外ね。この快速のバスが十五分おきに運航してるらしいから」
「この街の水準に慣れてしまったら、他で生きて行くのは辛くなりそうですねー」
二人は手荷物を纏めて降車する準備を行う。ただ、大きな鞄一つと小さな鞄一つなので、準備自体はすぐに終わった。ホオジロの使う荷物についてはホオジロが担当している。
「下車予定のお客様は、お忘れ物に十分に注意してくださいね!」
バスの運転手が声を上げて促すと、座席に座っていた乗客たちが荷物の配置を調整し始める。手で持つ物、背負う物、転がす物などなど。その様子を見て、マシロは興味深そうに微笑む。その動き一つで、乗客の手慣れ具合が違うことが分かるからだ。
「次は、ホテル・テレッツォ前。ホテル・テレッツォ前で御座います!」
それから少しして、バスはゆっくりと減速し、そして停まった。
合わせて、周囲の人々が、一斉に動き出す。
ホテル・テレッツォは、ベルグスタッドにおいてだけでなく、外部においても知名度のある宿泊場所である。何より宿泊料が安く、サービスの質も高いので、ここを訪れる旅人は、大抵このホテルを利用していると言われている。
バスから降りたマシロ達も例に漏れず、このホテルに宿泊するため、カウンターで手続きを進めていた。
「宿泊は、さっきご連絡した取り、二名です」
「それでは、こちらへの記帳をお願いします」
記帳を行い、必要な手続きを済ませ、部屋の鍵を受け取る。その後は荷物を持ち、ロビーを歩き、二人でエレベーターホールへ。
昇降機を待つ間、周囲の風景を観察する。内装は、質実な貴族の屋敷を連想させるもので、古代文明の施設にしては、むしろ今風であるとマシロは思った。一方のホオジロは、にこにこと笑みを浮かべたまま隣に従っている。
その後、昇降機で四階に上がり、部屋へと向かった。
一時間後。二人はホテルを出て、カメラ片手に都市の観光区画を散策していた。外部から訪れた人々の歓迎のためらしく、多くの商業レジャー施設は観光区画に集中している。
ただ、周囲には憩いを求めて、運動を求めて、遊びを求めて、内外年齢問わず人々が往来しており、緑の多い並木道と灰色の建築物の取り合わせも含めて、カメラを回すべき被写体には事欠かなかった。
ベンチに座った二人は、その様子を観察していた。
「ねえ、ホオジロ」
「なんですかー?マシロ様」
どことなく神妙な口調の問いかけに、ホオジロが笑みを引っ込めて応える。
「この街はさ、何のために作られたんだろうね?この街って、最初からこういう構造をしていたって言われてるんだ。観光区画も、政治区画も、居住区画も。だから、目的が気になってね。研究で、建造時期が空地大戦の戦時中だったらしいからさ」
「まあ、戦争中に作るような拠点でもないですねー。どういう意図でこれらを造ったのか。空の民にしても地の民にしても、魔性生物や魔導神格の製造と並行して観光利用も行っていますし」
「あー、確かにね。地の民も、潮騒の神殿で似たようなことしていたわね。うーん…」
マシロは最後のシャッターを切り、レンズカバーを装着した。
「まあ、ここの山岳都市の詳細も、分かってないことが大半みたいだから、何か隠されているかもしれないしね。進入禁止の下層区画とか、あの紅色の塔の頂上とか」
目線を山岳都市の最上部にある塔へと向ける。頂点には逆円錐形の構造物が載っており、それが、この都市全体を護る透明な膜を発生させている大元である。
防御機能が発動した瞬間に見られる、幾何学模様が表面を流れる様子が幻想的で、旅人たちに向けて紹介される観光ポイントの一つにもなっている。
「あれとか絶対怪しいですよねー。変形して光線ばら撒いたりとかー。都市の下部から大規模な魔法で攻撃したりとかー。で、それを見て高笑いする空の民ー」
「なにそれ怖すぎるんだけど…。ていうか、そのニヤリ笑い止めて怖いから」
にやりといい笑顔で、楽しげに話すホオジロに苦笑するマシロ。
「その辺りの記憶がメモリーに何故か無いので、何とも都合のいいように、好き放題に憶測を述べられるわけですが。そこら辺の研究とかは、学術院の院長、ヴィオレット様とかの専門家に任せましょー。そうしましょー。我々は一旅人でありますゆえー」
いつも通りの緩い笑顔に戻ったホオジロに、やれやれと肩をすくめて応えるマシロであった。
「そうはいっても、興味がないわけでもないから、遺跡探検とかは止めないけどね。さあ、ついでにこの街も隅々まで観光するよ!」
そうして、その後、彼女の宣言通りにベルグスタッドの観光へと戻るのだった。