天空山岳都市ベルグスタッド Ⅰ
その日も、マシロとホオジロの二人は、風景画が写った写真を手に旅を続けていた。
現在二人は、今でも古代魔法文明の技術が色濃く残ると有名な山岳都市を敢行するため、飛行船に搭乗して移動していた。展望用の窓からは広大な湖と森が一望でき、マシロの撮影欲を絶妙に刺激する。
「良い景色ですねー。流石は最新鋭の飛行船。景色が一望できる仕様が素晴らしいです」
「搭乗券が少しだけ高いのが難点だけどね。おー、鳥の群が飛んでる。これは良いね」
見える景色に向けて、マシロがシャッターを切る。見れば、湖の少し上を白い水鳥の群が編隊を組んで飛んでいる。
「本当、カメラお好きですねー。マシロ様らしいですけど」
「到着するまでは暇だし、撮影も制限されていないからね。撮影依頼の件もあるし」
「そう言えばそうでしたねー。空撮でしたか?上から見下ろした風景写真が欲しいとか」
「そういうことだから、今回の行き先はちょうどいいわけよ。一度来てみたかったし」
マシロはカメラをしまい、改めて景色を肉眼で観察する。
「それに、これから行く場所に入ったら、撮影どころじゃないだろうからね」
「そうですねー。何せ…」
ホオジロも窓に目をやり、飛行船が向かっている方向へと顔を向けた。最初とは違って目的地がはっきりと見え、いよいよと言う気配が近づいていた。
「これから向かう山岳都市は、空に浮いているのですから」
飛行船が専用のポートに到着すると、出入り口に当たる部分が解放されて、上陸のための道ができあがる。マシロとホオジロは荷物を確認した後、乗船券を係の者に提示してから、山岳都市へと降り立った。
ポート内には、他の飛行船から降りた人間も含め、実に多くの人が行き来しており、商売を目的とした者、観光を目的とした者の他にも、元々山岳都市の住人である者も居るようだ。
「入国口はあっちね」
「上陸許可証と触媒着用許可証を準備しないとねー。特に私は大事ー」
「一応、人間の術師として登録しているからね。私の許可証はここっと…」
人込みを綺麗に避けながら、マシロとホオジロの二人は入国口へと向かう。
通行口は既に混雑が始まっており、人の列が出来ていた。マシロの見立てでは、十数分ほど待たされる程度の混み具合で人が並んでいる。
「書類は持った?」
「ばっちりですよー。マシロ様の方こそ大丈夫です?」
「問題ないわ。纏めてあるもの」
並んでいるうちに、互いに必要なものを確認し合う。ここで下手を犯すことはないが、旅人としての常識として、慣例的に行っていることだった。
時間が経つにつれて、人の列が詰まっていき、後ろに並ぶ人の列の方が長くなり始めたころ。ちょうど二人の番となった。
「ようこそ、空の民の古都ベルグスタッドへ。許可証の提出をお願いします」
入国審査官がにこやかに二人を出迎える。
「お願いします」
「お願いしまーす」
二人で許可証を提示。別で必要な書類もここで提出する。
「お預かりします。少々お待ちください」
二人分の書類を受け取った入国審査官は、すぐ横に備え付けられた機械で、許可証が本物かどうかを確かめる精方術を行使する。
基本的に、術師に対して発行される許可証には、皇立中央学術院の印が術力で刻まれており、これがあるかどうかで真贋を判断できるようになっている。
手早く確認が終わったのか、思いのほかすぐに戻ってきた。
「お待たせしました。どちらも確認が取れましたので、お返ししますね。今回はどのようなご用事での入国でしょうか?」
「二人とも、写真の撮影と観光でお願いします」
「了解しました。持ち込みにつきましては、許可証と資料を確認しておりますので、手続きの必要はございません。それでは、よい一日を」
「有難う御座います」
それだけ言葉を交わすと、二人は直ぐにゲートをくぐり、都市区画内部へと入っていった。
ゲートを抜けると、心地よい風と共に草木の匂いと、煉瓦とは違う何かの匂いが混ざり合った空気が二人を包み込んだ。早速、二人はすぐにバスターミナルへと出て、街の様子を見に行くことにした。
飛行船用ポートは街よりも高い位置に作られており、必然的に都市を高所から眺めることが出来るようになっている。
「うわー…」
「おー。これはまた見事なものですねぇ」
ターミナルに並ぶバスを越えて向こう側へと向かうと。
まるで山岳のように建築物が並ぶ大都市が姿を現した。裾の部分から中腹部にかけて、整理された区画に様々な建築物が並んでいる。全体のバランスが考えられているのか、建築物の全高が土台の高さに合わせて調整してあることが見ただけで分かる。
建築物と建築物の間には、整備された通りと並木道とが配置されており、所々で公園と繋がっているためか、意外と緑が多かった。
また、山の頂点部分には塔のようなものが配されており、その先端から都市の外部にかけて、鳥籠の格子状に金属製のロープが伸びている。端はきっちり接続されているのか必要以上のたわみもない。ロープとロープの隙間は透明な膜のようなものが埋めており、まさに都市全体を覆うドーム状になっている。
「まずは、駆け付け数枚!」
マシロは早速カメラを取り出し、そんな街の風景を、見えている範囲で余すところなく写真に収めた。
「これで良し。これで十二分にお土産が出来たぞっと。どうホオジロ。やっぱり当時を知るホオジロでも、びっくりするもの?」
「もちろんです。メモリーがあやふやなので確たるものはありませんが、この街並みの作り方は、流石は空の民ですって感じですねー。律義な職人気質がよく表れていると言うか何というか」
「空の民は職人気質なの?」
「何仰っているんですか。私のような、メイド型戦闘用人型自動人形を丹念に創るような人たちですよ?職人以外の何物でもありませんよー。或いはただの変態か、どっちか?」
ホオジロが首を傾げながら、無邪気な笑みを浮かべる。
「たまに思うけど、ホオジロも割と容赦ないよね」
「だって事実ですしー?」
苦笑を浮かべるマシロに向けて、屈託のない笑顔を向けるホオジロであった。