洋上巡航列車の車窓から Ⅱ
宿屋の部屋を引き払った後、マシロとホオジロは再び駅のホームに立っていた。
水上に浮かぶ駅舎と、船舶による接舷も可能なターミナルとが一体となった建物で、その周囲には術式による結界器が配置されている。天候不順時には、その機能により、線路から駅本体が切り離されて独立する構造となっているため、緊急避難所としても使えるようになっている。
「もうすぐ来ますねー」
「余裕を持って準備したら、予想以上に余裕が有り過ぎたのが問題だったけどね…。まあ、良い事さ。お陰でゆっくり、この場所の写真が撮れるし」
自分たち以外は誰も居ない、波と風の音のみが聞こえる灰色のホーム上に三脚を立て、ただシャッターを切る。
一枚、二枚。カシャリと音が鳴るたびに、風景の一部が切り取られてフィルムに保存されていく。
「ここから見えますねー。湖月城」
「そうね」
言葉の後に、シャッターを切る音が二回。三脚を移動させる音が一回。
「またここに来ること、ありますかねー?」
「ここに来ること自体が予想外だったからねぇ。目的地はまだ向こうだから。まあ、機会があれば、また来るかも?」
三脚を閉じる音と、荷物を入れ物に戻す音が連続で聞こえ、ホオジロが目線を戻したころには、全ての道具が片付いていた。
「そう言えばマシロ。元々の目的地は、遺跡でしたっけー?」
「そうそう。空地戦争時代の要塞だね。今は管理区域もある危険地帯だけど」
鞄から地域図を取り出し、広げる。
各ページには、いくつもの印と付箋とが付けられ、内容には必要に応じて書き込みが行われている。旅に必要と思われる情報がほとんどだが、中にはマシロやホオジロによる感想や、カメラマンとしての総評などが書かれている部分もあった。
そして、該当のページが開かれる。そこには、遺跡にある二段重ねの城壁や、計算された迷路構造を持つ要塞が緻密に描かれており、解説の文章と併せ、その偉容と歴史とが表現されていた。
「この絵の景色を直接見てみたいんだよね。何処から見たとか、内部の絵もどこら辺なのか知りたいし。ついでに写真撮っていきたい」
「これ、凄い要塞ですねー。ここがどれだけ激戦区だったか分かるってものですねー」
ページを覗いていたホオジロも、風景画に感心したように声を上げた。
「そうそう!凄い楽しみなんだよね。湖月城も凄かったし、今回の旅は土産話も大漁さ」
「良かったですねー。マシロ」
マシロの、心から楽しそうな声と笑顔に、ホオジロが柔らかく微笑んだ。
すると、遠くから汽笛の高い音が聞こえてくる。
「お、来たかな。切符は持ってるね?」
「もとろんですよマシロ。忘れるわけが…」
そう言うと服を探り、ポケットを探り。
「忘れるわけが…」
最後に鞄の脇ポケットを探って、ようやく四角いカード状のそれを見つけ出した。
「ないですよー」
「いやいや、危なすぎる…」
やっとのことで自分の切符を探し出したホオジロに冷や汗を垂らしながら、自分の分の切符を革製のカードケースから取り出したマシロは鞄を背負い直す。
その胸に宿る思いを運んでくれるだろう存在が、旺盛に蒸気を上げながら接近してくる様子を見やり、先ほどホオジロがそうしたように、ふっと微笑むのだった。
※一旦、このお話で擬人見聞録は終了となります。ここまでのお付き合い有難う御座いました。
※感想等、あればお気軽にコメントして頂けると、作者が心の中で転げまわります。




