白百合の城にて 〔再訪〕
(※名無しの冒険譚の外伝となります)
ある日、とある廃城の中を二人の少女が歩いていた。
二人とも使い込まれた旅装に身を包んでおり、一目見ただけで旅慣れている事が分かる。
「へぇ…。本当に何もないんだなぁ、ここ。なんか面白い!」
二人の少女のうちの一人、機械的な特徴を随所に有する少女が、心底楽しそうに感想を口にした。瞳の中心で光を薄く明滅させながら、崩れている壁へと駆け寄っていく。
崩れた壁の向こうには、ちょうど城の中央を貫くように生えた大木が見えていた。
「…はしゃぐのは良いけれど、床を踏み抜いたり、壊さないようにしてよ?ホオジロ。キミって、内部機構のせいで結構重たいんだからさ」
そんな様子の少女ホオジロに、もう一人の少女が釘を刺す。その言葉にホオジロが頬を膨らませた。
「あー!女の子に体重の話は禁句ですよ、マシロ様!私が人型自動人形じゃなくて本当の女の子だったら、殴られても文句言えないですよ?」
ホオジロの言葉に、マシロと呼ばれた少女は溜め息をついた。意味は二つ、発言への呆れと、記憶力への感心だ。
「それ、この前王都で読んだ雑誌に書いてあった特集の内容じゃない…。そもそも、それって男性が女性に言ってはならない言葉とはって感じの見出しだったでしょ?」
「それはそれ、これはこれです。私が気にしているので!」
「やれやれ…」
マシロは、なぜか胸を張っているホオジロの様子を半ば無視して、鞄からカメラと、一枚の写真を取り出した。写真には、目の前の景色を描いたと思しき絵画が映っている。写真の下の方には「白百合の城にて」と言う題名が付けられていた。
「……」
カメラを構え、崩落した壁から見えている大木にレンズを向ける。
レンズの先には、飛んでいく数羽の鳥や大木の根元で群生している白百合など、幻想的かつ雄大な景色が広がっている。唯一の違いとしては、絵に描かれている風景よりも経年による植物の成長と、廃墟の状態の劣化があることだった。
「ふぅん…」
数枚の写真を撮影した後、マシロはカメラを下した。
「あれ?もう良いんですか?マシロ様」
少し先の方を見ていたらしいホオジロが戻り、早々にカメラを片付け始めているマシロの隣に立って不思議そうに尋ねた。
「ええ。この場所が白百合の城と呼ばれる由縁も分かったからね。またあれに襲われる前にここを出よう」
あれと言う表現を用いたマシロに、ホオジロはそれが理解できているのか、すぐさま頷いて同意した。
「アンデッドが彷徨ってますからね、ここ。通常の魔性生物ならともかく、黄泉帰りが普通に闊歩しているのは異常ですから」
片付けを急ぐマシロの横で、ホオジロも荷物の整理を手伝う。その過程で、マシロは手に、精方術行使のためのイメージを媒介する触媒である蒼銀色の指輪をはめ、ホオジロは両腕に同じ色の腕輪を装着した。
二人の腕に燐光と共に幾何学模様の線が走る。
ただマシロの線はそのまま消え、ホオジロの線は腕全体を包むように広がり、その後、腕輪の周囲に光の砲塔を生み出して消えた。
「戦闘準備、完了。いつでも魔性生物を相手取れますよ、マシロ様」
「こっちも術行使の準備は整ったわ。さ、行きましょ」
「はい、行きましょー、どんどん行きましょー」
手際良く準備を終えた二人は、そそくさと廃城を後にして城下町へと戻った。
人が、生き物が絶えて久しい白磁の眩しい街並みに、二人は足音を静かに刻み込む。
時おり黄泉帰り達が、その当時に手にしていた刃物の欠片や武器を手に襲ってくるものの、マシロの放つ攻撃イメージの具現である精方術「光の槍」と、ホオジロが腕輪の周囲に展開した砲塔から放たれる光弾が、次々に迫るそれらを退けた。
そのまま二人は、目の前に立ち塞がる黄泉帰り達を滞りなく撃退し続け、特に大きな問題に直面する事も無く、国の出入り口たる城門へと到着した。
「さようなら、遠い過去の記憶。いつかまた来るね」
「ばいばーい」
そして二人は、過去に棄てられた街並みや、大木そびえる古城に向けて別れを告げ、城門から外へと出て行くのだった。