八年前の出来事 (その1)
レリアハート・ユーステスは無駄を嫌う。
無駄とは徒労である。
もしも何かの事柄を成そうとすれば、その結果がどんなものになりえようが、基本的には無駄などないと考えていた時期が、彼女にもあるにはあった。
しかし、何かを成そうとした結果が、成しえた何かよりも益を低くしてしまう。それならばその結果は無駄であるし、その行動は徒労に終わったということになる。
もし、この世界を変えようとして、今生きる自分の手が届く範囲内を変えようとして、その結果が死ぬということであるならば、その行動は無駄なことだし、わざわざ死ぬために何かを成す必要などないのだ。
つまり、世の中には無駄なことが存在するのだ。
(嫌になる。この思考こそが無駄かもしれないのに)
だからレリアハート・ユーステスは無駄を嫌う。
なんの益も産まない行為。それどころか、不利益を産んでしまう事すらある結果。
(世の中には無駄なことなんてない、なんて言う輩もいれば、そんな兄もいたけれど)
(結局はそんな言葉すら徒労に終わってしまった)
そんなふうに、何かをわかってしまっているような自分に嫌悪感を覚える。
自分の手の届く範囲で、届く範囲を広げようとしていた2人の兄は無駄と言える行動を起こして、私は結局無駄を嫌って行動すら起こさない。
無駄なことばかり考えて、自分を嫌な方向に追いやって、結局全てを嫌になる。
(こんなことなら、私の存在すら無駄だ)
毎日を無駄に生きている。2人の兄が起こした行動を、その結果を無駄にしているのは私なのかもしれない。
もしかしたら2人の兄が、私に話をしてくれたのは、自分の身に何が起きて、もう自分じゃ何も出来なくなった時に私に何かを託すためだったのかもしれない。
それなのに私は、毎日毎日貴族達の開くお茶会やら誕生会やらに出て、貴族からの覚えを良くすることばかりだ。
第1王位継承者として、王位を継ぐ時になんの諍いも起こさない為にも、貴族からの覚えを良くしておく。
無駄なことなんてひとつもない。ただその行為全てが無駄な可能性を除いて。
私はなんの為に王位を継承するのだろうか……そんなことを考えながら、馬車は私の体を揺らしながら進んでいく。
外はもう、夕陽が紅く街並みを照らしているような時間だろうかと、ふと宝石箱を覗く心境で目をやれば、どうやら神様も憂鬱な気分のようで、空が涙を零していた。
これは明日まで止みそうにもない。
特に雨が降っていたからといって、生活にはなんの支障も来さないわけではあるけれど、なんだか私までも憂鬱な気分になっていく。
私は、妹さえ無事に生きてくれたら、それでいい。きっとなんの才覚もない私の人生は、その為だけにあるのだろう。
もうすぐ8歳になる妹。私には2人の兄のような卓越した才覚もなければ、それに付随する立派な目標も指針もない。だから、私の人生は、大勢を救う様な生き方をしなくてもいい。
ただ、本当にこの手の届く範囲で、妹だけを守っていければいいんだ。
だからいつも通り、明日の仕事を確認しよう。外を眺めて時間を潰すのはもうお終いだ。
そんなことを無意識に考えながら、馬車に備え付けられたカーテンに手を伸ばす。
ふと、視線がなんの意味もなく、先程までと同じ土砂降りの雨の方を向いた時に、目が合った。
吸い込まれるような黒い目をした、まるでもう死んでいるかのような目をした、五体満足でただただ死を待つように体を地面に転がしているその少年と目が合った。
なんて目をしているんだろう。まるで目に映る全てのものが無駄であると、そんなフィルターを目にかけているような、そんな目だった。
世界はそんなに、無駄なことで溢れてはいないのに、その目は全てを諦めていることを、見るもの全てに訴えかけているようで。
救いを求めてなんていない、そんな目をしていたから。
それは多分、無駄なことだろうに。
きっとそこまで、私の手は届かないのに。
何が理由でそうしたのかは分からないけど。
私は馬車を止めて、少年のもとに走り出していた。
人助けなんて、そんなウィンターズ兄様のような、素晴らしい趣味は持っていないのに。