2人の兄 (下)
「全く世知辛いねぇ。私はただ、兄の死を悼んでいるであろう妹の元に来て、慰めてやろうとしただけなのだが。まぁ、確かに妹を慰める私というのも悪い夢のようだし、そろそろ本題に入ろうか」
世知辛いというか、正直私が辛い。
別に長い時間、会話に耽っていた訳では無いにも関わらず、私がこの人に対して持った第一印象としては--めんどくさい--だ。
正直な話もうこれ以上この人と話していたくない、時間の無駄といった感じだ。
本当なら今頃、部屋にでも戻って妹と、未だもって兄を失った悲しみにくれる妹と兄を偲ぶ話でもしていただろうに。
ただ、早くこの時間を終わらせたい私の気持ちに気付いたのか、兄は話を続けた。
「正直、私は王位を継ぐつもりはなかったんだ。なにせウィンターズがいたからね。彼は民からの信も厚く、貴族からの覚えも悪くはなかった。全く、よくそんな本来両立のできない物事の辻褄を合わせることができるんだろうね」
「だけれど、彼は魔獣の手にかかり、最早この国の王となることはできなくなってしまった」
「では、メーザー兄様が王になると。しかし、それについてわざわざ私に話を通す必要があるのですか?別に、なりたいならなればいいではありませんか。私はどうせ王位継承権は第3位。メーザー兄様を蹴落としてまで王になるつもりはありませんこと」
「うん、まぁその通りなんだけど。だからこれは宣誓なんだ。私の意思をハッキリさせる為にも、今は亡きウィンターズの為にもね」
そうして彼は、まるで自らの信奉する、何かに語りかけるように言う。
なるほど、決して私でなくてはならない訳ではないらしい。私が聞く必要は無い言葉。私をもって世界に自らの思いを吐き出しているだけに過ぎないのだろう。
「私は、ウィンターズの目指した世界に向けて、平民は己の可能性のために生きることの出来る世界を。自らの可能性を可能性で潰さないような、優しい世界を目指していこう。少なくともレリア王国においては、我が生涯をもってそのために生きていくことを誓おう」
だからその言葉に、その誓いに意味はあるのだろう。私が聞く必要は無い言葉、けれどその誓いは、きっと私が聞いていなくてはいけなかったのであろう。
「もし誓いが果たされなかった時は、なに、その時は後ろから刺してくれても構わないよ。私が道半ばでウィンターズのようにその先に進めなくなった時は、後は妹に託すとしよう。兄弟とはそういうものだろう?」
存外、私はレリアハート・メーザーのことを誤解していたのかもしれない。
まぁ、たった一度の会話で、その一度目の会話で分かった気になるなんて片腹痛い話なのだけれど。
ウィンターズ兄様は民を想い、残された私達はウィンターズ兄様に恥じないよう、託された意思を後世に繋いでいく。レリアハート家に生を受けたものとして、世の中をメーザー兄様と、もっと生きやすい世界に変えていくのだ。
そうやって繋いでいくのも、兄弟とはそういうものなのだろう。
*
メーザー兄様が、だからウィンターズ兄様のようにと、彼は王国の中から変えていくことを選んだ。
ウィンターズ兄様のようにはいかなくとも、きっと優れた為政者としての才覚を存分に発揮して、王国の中から、理想へと変えてゆくだろう。
しかし、きっとその理想は高すぎたのだ。
ウィンターズ兄様は、ただその行動にして理想を実現しようとした。
だけれど、メーザー兄様は、ウィンターズ兄様とは違い武官ではなく文官であるから、その言葉にして理想を実現しようとした。
なに、簡単な話である。
行動で示される内は理解できなかった内容も、言葉にして示されれば、如何様なバカでも理解できる。
そうして早合点した馬鹿な貴族の内の幾人かが、平民が可能性を持つことを、自らの可能性が奪われることとした貴族の幾人かが、自ら行動を起こし、自らの理想のために行動したに過ぎない。
レリアハート・メーザー。彼はその理想を兄から受け継ぎ、そのたった三ヶ月後、貴族の反乱によりこの世からその命の灯を消した。