八年前の出来事 (その6)
着いてみれば、そこは森の中だった。
ワープしてきた最初の場所、野原なんかよりもよっぽど道から遠のいた気がする。
周囲360°全体にわたって立っている木は、多分針葉樹というやつだ。あんまり木に詳しくないからわからないけれど。
しかし木、と簡単に言うにはあまりにも太くて大きい。これは巨樹とかいう部類に入っても何ら問題はなさそうだ。
こんなにも巨大な木が、日本に群生している地域があるとは思えないし、やっぱりここは日本ではないのかもしれない。
僕が周囲を馬鹿みたいに見回していると、エンリーは足を止め、こちらに振り返る。
「ここが私たちの村だよ」
「村?と呼ぶには家が一軒も見当たらないんだけど……」
「ふふふ、上を見てみたらわかるよ。人間から見たらただの木でも、ここの木はそこいらの木とは違うんだから」
言われて上の方を見る。なるほど、僕は確かに周囲360°にわたっての観察をしていたわけだけれど、それだけでは足りなかった。僕の目は頭にはついてないのだから仕方ないのだけれど。
上、上空20mくらいだろうか?そこにはツリーハウスと呼ぶには憚られる程に、普通に生活するにはなんら問題のない、一軒家ほどの家が、何本もの木の上に建っていた。
基本的には1本の木に1軒程だが、どうやらよく見てみると2本3本に亘って立てられている豪邸もあるようだ。
確かに、村と呼んでも遜色ないくらいには村っぽいけれど、どうやら僕が期待しているような、そんな村ではなさそうだ。
「あら、エンリー。そこの方は誰なの?」
先刻とは比べものにもならないほど馬鹿みたいに周囲の住居を見回していた僕は、周りに何人かの人が集まっていることに、声を掛けられて初めて気付いた。
流石にこれ程のものを見せられると、人は知らない土地に対する警戒よりも驚きの感情の方が勝つらしかった。
「お母さん、この人、ツバサって言うらしいんだけど、道に迷って、記憶も無くなってるらしいの。見たところ普通の人間だし、嘘は言ってないから村に連れてきてみたの」
なるほど、この人はエンリーの母親であるらしかった。確かに、髪の色だけで判断するのもどうかとは思うが、その髪はエンリーと同じく明るい茶髪といった所で、彼女は髪の毛を娘とは違って、低めのところで結わえていた。
しかし、母親というには些か若いように感じる。その年齢は20前半くらいにしか見えない。
そして、その耳はエンリーと同じくらいに長かった。
「はじめまして、僕は天河翼です。気付いたら野原にいて、困っていて森をさまよっていると所をエンリーさんにここまで連れてきてもらいました」
とはいえ、耳の長さで人を差別するような生き方を学んでいる訳でもないし、ここに集まっているエンリーの母親以外もみんな、似たりよったりな耳の長さなので、そこはもう気にする方が野暮というものだろう。
ここは多分、耳長族とかそんな感じの部族なんだろう。いや、普通耳長族は横幅ではなく縦幅が長そうなものなのだけれど。
「あら、そうなの……あなた、中々大変だったのね。どう?もし時間が許すのであれば、記憶が戻るまででも、この村に留まってみたら?」
いきなり過ぎて、話についていけなかった。何をどうしたら、記憶喪失の少年を記憶が戻るまで面倒を見るというような話になるのだろうか。
うまい話には裏がある、と言う訳では無いけど、というかそれ以上すぎる。
「いえ、そこまでしてもらう訳にはいきません。どこか、街かどこかに通じている道でも教えていただけたらそれだけでもありがたいです」
そう言うと、エンリーの母親は本当にいいの?といった感じで聞いてくるけれど、僕もそこまでお世話になるつもりはない。彼女との接点なんて、今日出会った女の子の母親という、たったそれだけの関係なのだから。
だから逆に、彼女がなんでそんなに優しく提案をしてくれるのか分からないし、もしかしたら村に留まらせて、僕の耳も長くするつもりかもしれない。流石にそんなことは無いだろうけれど。
「そう……ごめんなさい。私はこの村を出たことがなくて、外を知らないの。村長なら知ってるかもしれないから、村長に会ってみる?」
外に出たことがないって、21世紀でもそんな部族存在するのか。
ここは、もしかして南アフリカかどこかなのか?それともアマゾンの奥地?どうにも、少なくとも先進国ということはなさそうだ。
「もし可能なら会ってみたいです」
「どうせ村長は暇だからいつでも大丈夫よ。さて、村長の家はあっちよ。エンリー、案内してあげなさい」
「はーい。ほらツバサ、行くよ」
エンリーに手を取られて、母親に教えてもらった方に歩いていく。
実は僕は女の子と手を繋いだのはこれが人生で初めてだったりするので、多分今の僕の顔は、見るに堪えない顔をしていると思う。
*
「で、これってどうやって木の上まで上がるの?」
案内されて着いたのは、先程見えた、木を2本3本に亘って立てられている豪邸の木の下だった。
「そっか、人間だから分からないよね。うーん、驚くかもしれないけど、絶対手は離さないでね」
そういってエンリーは、僕と手を繋いでない方の左手を広げると、そこに風が発生した。
比喩でなくて、その広げられた左手の上には、風の、なんというか吹きだまりみたいなものを感じるし、それに伴った音が聞こえる。
「ほら、しっかり掴まってね」
エンリーは、それまで広げていた左手を下に落とし、そしてエンリーと僕は空を飛んだ。