八年前の出来事 (その5)
さて、起きてみれば全てが夢でしたなんて、そんな都合のいい展開が待っているわけでもなかった。
まぁ、生まれてから全てが夢で、起きてみれば僕は母親の胎内にいた、なんてことも当然あるはずもなく。
ここからどうするかなんてことは悩むことですらない。どうせこんな場所にいても、救助なんて来る可能性の方が低いのだから、何らかの人工物を探しにこの場所から離れるのが好手だろう。
とりあえずはどの方向に向かうかだが、そんな悩みを解決できるような手段までは流石にない。当然だが今まで一度もこんな事態に陥ったことなんてないし、万が一に対して何かをしたことも無い。あくまで僕なんてただの一般市民である。
こんな状況であっても、喉が渇くものである。とりあえずは川は何かを探して歩いた方が良さそうだ。
幸い、今になって気付いたが、右の方から水のせせらぎの音が聞こえてくる気がする。本当にせせらぎという程微かな音だから、あんまり当てにはならないけれど、行動の指標がない今の状態ではそれに縋るしかない。
段々喉も渇いてきたことだし、とりあえずは音のする方向へ進んでみようか。
*
結果的に、音がする方向へ進んだのは正解だった。これ以上ないくらいに。
前方、50mくらいだろうか。そこには第一村人(仮)がいた。
どうやら小川の近くで草を摘んでいるようだ。その肩にかけた鞄に入れているのがわかる。背格好は今の僕と同じくらいだろうか。牧歌的な格好をした麦わら帽子の、どうやら女の子であるらしかった。髪の色は、ここからだと遠すぎてはっきりとは確認できないが、明るい茶髪……金髪というには少し暗めだ。
対する僕はというと、背の高い草に隠れて見つからないようにして、その女の子に気を払っている。
なんというか、気軽に声をかけていいのか分からない。
いきなり声を掛けて、不審者だと思われたらどうしよう。森の中に一人でいるなんて、どう考えても不審者である。
しかし、怯えてばかりでは始まらないのも事実だ。とりあえずは不審者にはならないくらいの感じで声を掛けてみるしかない。
背の高い草むらから立ち上がり、その女の子に近付いていく俺。
これがワープする前の、高校生ほどの体格のままであれば、中々に不審者映えしそうな絵面だ。
「あ、あの〜。何やってるの?」
できるだけ怯えさせないように、俺はまず草を摘んで鞄に入れる、その動作について質問した。
割と疑問だった。なんでこの子は草を摘んで鞄に入れるのだろうか。鞄に入れるということは、持って帰ったりするのだろうか?もしここに群生している草が、雑草ではなく、何らかの価値がある草なのであれば、踏まないように気をつける必要があるくらいの、そんな意味での質問であった。
「君だあれ?ここら辺に住んでる人じゃないよね?」
こちらの方を向いた女の子を見て、驚嘆に息が詰まる。耳が、長かったのである。
耳が長いどころか、両耳を足したら軽く頭のサイズと同じくらいなんじゃないかというくらい横に伸びている。
美しいとは思わないし、むしろ気持ち悪くすら感じる。瞳の色も緑色で、それが耳の長さと相まって更に気味悪く感じさせる。
しかし、近付いてみると明るい茶髪、位の髪色の髪を、後ろに纏めて、いわゆるポニーテールにしていて、そこだけが逆に際立って可愛く見えた。
確か、漫画とかで耳が長いといえばぱっと思いつく限りで、エルフとか妖精、それと悪魔くらいだろうか。
しかし流石に、現実にそんな種は存在しない。もしかしたら、それらに憧れた親が娘の耳を伸ばそうとした結果かもしれない。とはいえ、それだけでここまで耳が伸びるのか、という疑問もあるが今は置いておこう。
「えーと、実は気付いたらこんな場所にいてね。後頭部が痛いし、最近の記憶も曖昧だから、記憶を失ってるっぽいんだ……だからここに住んでるのかどうかも分からなくて」
我ながら、残念過ぎる言い訳である。
正直、なんて説明するかなんて全く考えていなかったものだから、杜撰すぎる言い訳にも勘弁してもらいたいものだ。
しかし、事実をありのまま話すとなればそれは、記憶喪失が実際に起こるよりよっぽど可能性がない話である。
この人は元々頭のおかしな人なんだなぁ、なんて好き好んで思われたくはない。それくらい現実味のない事実なのだから。
だが、女の子はどうやら、俺の杜撰すぎる言い訳に納得したのかどうかは定かではないが、とりあえずは問題なかったようだ。
「へぇ、大変だったね。ならとりあえず、私たちの村に来る?村にお客さんが来たことなんてないけど、悪い人じゃないならきっと歓迎されるよ」
「えっ、いいの!なら是非お願いします!」
いきなりの願ってもない話に、二つ返事で返してしまった。なんだか、最初からそれを狙ってたみたいでちょっと恥ずかしいけれど。
「うん、困ったら助け合いだよ。私はエンリー、よろしくね。」
「僕は天河翼。別になんて呼んでくれても構わないよ」
「アマカワツバサ?変わった名前なのね。変なの」
外国人っぽいし、日本語は流暢でも実際外国人なのであろうエンリーは、日本人の名前にはあんまり慣れてないのだろうか?
エンリーが日本語で話すものだから、ここは日本なのだと勝手に判断していたけれど、もしかしたらここは日本ではない外国で、エンリーは実は日本人と外国人のハーフで、親が日本人だから日本語が話せるだけなのかもしれない。
「とりあえず、ツバサって呼ぶね。村はこっち。ついてきて」
そういって草を摘むのをやめて、エンリーは小川にそって歩いていく。
「そういえば、草を摘んでたようだけどもう大丈夫なの?別に急いではいないし、用事が終わるまで待てるけど」
「あー、もういいの。別に薬草を摘むのも急ぎってわけじゃないし。明日またやればいいんだから」
「薬草?ここら辺の草って薬草なの?」
「うん。しかもここらに生える薬草は薬草の中でも効能がかなり高い方で、調合師次第では一等ポーションも作れるくらい凄いのよ」
「いっと……一等ポーション?」
「そんなことも忘れてるの?まぁ、庶民には縁のないものだものね。仕方ないから教えてあげる。ポーションは数あるけれど、一等ポーションっていうのは………」
エンリーは、どこか誇らしげにその一等ポーションというものについて説明してくれているけど、その説明は全く頭に入ってはこなかった。
ポーションって、なんだそれは。まるで異世界みたいじゃあないか。
主人公の第一人称を「俺」から「僕」に変えました。
このページまでの主人公の「俺」は、全て「僕」に変えたつもりですが、もしかしたらまだ「俺」が残っていた場合、報告してくだされば直ちに直しに行きます。あと感謝も凄くします。
急な変更にご迷惑おかけするとは思いますが、これからよろしくお願いします。