3話 勇者始動
鬱蒼とした山の奥。精神的にも肉体的にも疲労を感じながらフェータはシェリアについていく。あの殺人未遂の後、話を聞くなら人目がない方がいいでしょうと無理矢理連れてこられたのだ。
先程から山の奥に入り込み、魔物が襲いかかってくるようになってきた。毎回毎回シェリアが一撃で倒してるが、フェータ一人なら即死レベルの強敵だ。フェータはさっきから震えが止まらない。
「……!」
馬鹿でかい熊の魔物が自分に飛びかかる映像がフェータの脳裏に浮かんだ。
が、そんな未来は訪れない。熊が茂みから出たと同時にシェリアが剣を縦に振り、文字通り真っ二つにしたからだ。
「すげえな」
フェータはその光景にただ見惚れていた。彼女の剣技は華麗で美しささえ感じる。しかも、美少女ってのは何をしてても絵になる。あと……、揺れてる。なにがとは言わないが。
「さて、この辺りでいいでしょう」
「え、あ、はい!」
シェリアが急に振り向き、フェータはビビった。見ていたのがバレたんじゃないかとか色んな思考が頭をよぎり、冷や汗がダラダラと流れる。
「どうしたのですか? そんなに震えて。あなたの力があればどんな敵も相手にならないのでは?」
いやお前にビビってるという言葉は飲み込み、フェータは答える。
「いや、俺の予知はそんなに便利なもんじゃない……。どうでもいい時に発動したり、ピンチに全く反応しなかったりコントロール出来ないんだよ」
「その割にはさっきは連続で予知を使っていましたよね?」
「あれは別だ。俺の目がなんか光ってただろ?魔力を目に込めたら、直近の未来が見えるんだ。でも、消費が激しいから短期間しか使えないし、そもそも未来が分かっていようが俺自身はそんなに強くない」
こんな事言ってよかったんだろうか。流れで色々言ってしまったが、危険人物に弱点を教えてしまったんじゃないか。フェータは後悔し始めてきた。
「なあ、もし俺が予知の力なんて持っていなかったらどうするつもりだったんだ。俺完全に死んでたけど」
シェリアはフェータの言葉を聞くとコテンと首を傾げた。
可愛いのだが、フェータからしたらそれ以上に恐怖が上回っている。
「なぜそんなことを気にするのですか?あなたは今生きている、それだけでいいではないですか」
「……」
マジかよ、こいつ。
「私はあの時はあなたの力を確信していました。あの時全力で切りかかったのはその信頼の証です」
「……」
「あなたが避けられなかったらそれは信頼に値しなかったというだけです」
フェータは終始無言だった。戦闘狂じみた思考に唖然としていたからだ。
「じゃ、じゃゃあ、俺の目的を改めて話そう」
流れを変えるためフェータは話を変えることにした。
「分かりました」
シェリアの目が真っ直ぐにフェータを見つめる。
フェータは少々気恥ずかしくなったが、シェリアを見つめ返し話し始めた。
「知っての通り俺は予言者だ。で、未来を知る手段っていうのも色々持ってる。」
フェータはジャックの狩りの調子を見たときのように水晶を使ったり、はたまたタロットを使ったりするときもある。
ただ、そういう類のものはエセ予言者や自称占い師達もみんな使っているので、フェータも同一視されがちだ。
「で、その中で最も確実なのがこの『預言の書』だ」
フェータは一冊の本を取り出し、シェリアに見せる。
「……こういうのってもっと古びた古文書みたいものじゃないんでしょうか」
フェータの取り出した本はとても予言書とか言われるようなものには見えなかった。
何の装飾もなく薄くて真っ白な本。しかも、かなり新しそうだ。
「気にするな。とにかくこの『預言の書』に書かれた事は確実に起こる。そういう世界の流れだからだ。それに逆らおうとするとそれはまあやばい事が起こる」
そう言ってフェータは『預言の書』のとあるページを開いた。
「で、一ヶ月前にこれが更新された」
「更新?どういうことですか」
「この本は世界にとって重大な出来事が起こる時、勝手に書き足されるんだ。今回の内容は真に世界を救うのは異世界から召喚された勇者じゃなくてシェリア・カインネルだっていうものだ」
フェータは続ける。
「これからこの世界は多くの災いに見舞われる。それを止められるのはシェリア、お前と選ばれた仲間たちだけだ。俺は予言者としてそれを補佐する義務がある」
そして、名声が欲しいんだ!という本音は押さえ込んだ。
シェリアはフェータから『預言の書』を受け取り、その記述を確認する。
「確かに私の名前ですね。特徴も全て当てはまっています」
シェリアは驚いたようで目を見開いていた。傍目にはかなり分かりづらい変化だったが。
「……なるほど。大体分かりました。では、一つ質問です」
「何だ?」
「勇者になればそこに強者との戦いはあるのでしょうか?」
「あ、ああ、それは多分」
「なら構いません。この山の魔物はあまり物足りなくて飽きてきたところなので」
シェリアは真顔でそんなことを言う。脳筋なのかこいつは。
「……まあ、引き受けてくれるなら良かった。そういえばなんでここに来たんだ?」
「一ヶ月ほど前から冒険者になったのですが、新人は討伐依頼はやってはいけないと禁止されてしまいまして。このトット村には付近にギルドが無く強力な魔物が生息していると聞きやってきました」
「それはギルドには内緒で?」
「もちろん」
「……」
こいつを勇者にして大丈夫なのかフェータは不安になってきた。
「……フェータさん、何か感じませんか?」
突然、真剣な顔で山のさらに奥を見るシェリア。フェータはもう勘弁して欲しかった。今日はもう帰りたい。
「何かに呼ばれているような」
「気のせいじゃないか?ほら、預言の書返してくれ」
シェリアから預言の書を受け取ったフェータは何となく最後のページを確認してみた。
……白紙だったはずのページに文字が浮かび上がっていた。フェータはそれを恐る恐る読む。
『真なる勇者、シェリア・カインネルはトット村の山頂の祠にて邪悪なる亡霊を倒し、聖剣を勝ち取る』
まさかこれ今からか……?
フェータの悪い予感は的中し、山に不気味な笑い声が響き渡る。
『クカカカカ!中々イキのいいのが入ってきたじゃないか。そら、登ってこいよ』
フェータがチラリとシェリアの方を見ると見るからに好戦的な表情をしている。
「行きますか、フェータさん」
せめて自分は帰らせてほしいフェータだった。一人では危険すぎてこの山は降りられないから無理な話なんだが。