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-ORIZO- 異世界の英雄  作者: 小浦すてぃ
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ー平穏流れる英雄の非日常ー

 翌朝ホノカが目を覚ますと、テーブルの上には二人分の朝食、そしてリベアの姿があった。お盆には昨夜も出たポテトサラダに小魚のタレ漬け。脇には海藻の入った薄い色味のスープが別の器に用意されている。ホノカに声をかける彼女の頬は少し赤かったが、他は昨日とまったく変わっていない。

 朝食を済ませると、二人は昨日入ることのなかったシュギイーの議事堂へと向かった。異世界から来た貴重な参考人として意見を聞きたいというロエゴの要請によるものだ。議事堂には予定よりも早く着いたが、ロエゴは既に議事堂の前に立っていた。

「おお! オリゾ様。お待ちしておりました!」

 ホノカは手を差し出すロエゴの手を取り、

「おはようございます……握手はこう毎回やるものでもないんですよ」

「なんと。そう単純なものでもないのですな。ますます興味深い……さあさこちらへ」

 議事堂の内部は薄暗く、リベアの家に飾られているものに似た柄の布が部屋中に飾られている。部屋の中央には足の短い机があり、五角形の天板の辺にあわせて丸い布を何枚にも重ねた椅子が土色の床に置かれている。ロエゴはその一つをホノカに促し、自らも隣の椅子に腰を落とした。

「オリゾ様。特長老が変わったこともあってしばらくは会議が続きます。決めなければならないこともありますし、なによりオリゾ様のことについても議論を重ねなければなりませぬ。故に明日からは一段落着くまで、こちらに来ていただきたいのですが、よろしいですかな」

 快く応じる彼の後ろでリベアは所在なさげに佇む。話はお互いの文化の違いへと進み、彼女の瞳にはしばらく話に花を咲かせる二人が映っていたが、やがて飾られた布へと移された。

「いやー、それにしても意外ですな。オリゾ様が生まれる以前には既に争いが終わっていたとは」

「すみません、歴史の教科書でも持って来られればもっといろいろ説明できるんですけどね」

「教科書」とロエゴの語尾が上がると、ホノカも思い当たった表情を浮かべた。

「もしかして、本もなかったりします? そういえばここまで一冊も見ていませんが」

 ホン! ――ロエゴの妙な発音が轟き、リベアの身体さえわずかに跳ねさせる。過剰な反応に仰け反るホノカをよそに、ロエゴはパタパタと離れた棚の引き出しから何かを取り出すと、息を切らしながら戻ってきた。手に持っているのは紺色の表紙に金色の文字が輝く“本”だ。

「オリゾ様はホンを知っておられる! いやはやこれはなんという幸運! こちらはオリゾ様の伝説が記された、水の国唯一のホンでございます」

 息巻くロエゴから本を受け取ったホノカはパラパラと捲り、しかし困惑の表情を浮かべた。それは一ページごとに大きく絵が描かれており、脇に横書きで説明が書いてあるらしい。らしいというのは、その文字が日本語や英語ではなくホノカがいた世界のどれでもないためだ。彼が開くページには青い甲冑の戦士が描かれ、その正面には獣、戦士の背後に立つ後頭部が垂れた姿は水の民を連想させる。ここでは水の民を襲う獣を退けているということが、下部の三角と四角をいくつか組み合わせて出来た文字が示す内容のようだ。

「この本は遠い昔、ここを訪れた旅人から授かったものです。以来神聖な物として世代ごとに書き写し、今日までこうして形を残してきました。いかがですか、オリゾ様」

 そう話す間、ホノカはロエゴの口に注目する。発せられているのは日本語だが、口の動きとまったく合っていない。この国の言語はホノカのいた世界のどれとも異なることに彼はようやく気づいたが、彼が得た力が未知の言語を翻訳しているということはまだ知るよしもない。ポカンと口を開けて見ていた口が閉じられ、彼は咄嗟に目を見開き、

「あ、ああ。安心しました。俺がいた世界では本ばかりでしたから」

「なんと! それは羨ましい! このような興味深いものが身の回りに溢れているとは!」

 いちいちオーバーリアクションのロエゴに困ったような笑みを浮かべつつ、彼は確かめるように本を触ると、小さく溜息をついた。

「どうしてこの他に本がないんでしょう。作ろうとはしなかったんですか?」

「我らには知識の祭壇がありますゆえ、こうして形に残す意味がないのです。このホンだけは特別ですが――」

「おや、オリゾ様。お早いですね」

 ロエゴの言葉に被さった逞しい低音は、入り口から歩いてくるレザンのものだった。その後ろにはライバルに厳しい視線をぶつけるロズベと、ちょこまか動くルロウの姿もある。彼らはそれぞれ椅子に座ると、小さく頭を下げた。シュギイー達による民の会議が始まるのだ。

 最初の議題は空席になった老いし民のシュギイーの選定についてだったが、事前に知識の祭壇に集約された情報をもとに投票が行われたとのことで、ものの数分で話がついた。既に決まっていることを確認するだけの場なら必要ないように見えるが、そう簡単に進む議題ばかりではない。

「ほいじゃあ続いて昨日の、火の国からの襲撃の件に移ろう。オリゾ様にもわかるように話すつもりじゃて、心配は要らぬぞ」

 底抜けに明るいルロウの声とは対照的に、シュギイーの顔が俯き張り詰める。威厳を持たせたかったのか一つ咳払いをすると、ルロウは変わらぬ調子で口を開いた。

「えー、我らはいくつかの神聖なる場所に結界呪文を張って外的の侵入を防いでおる。しかし昨日のように、儀式のために結界を外している隙を狙われればひとたまりもないことを皆痛感した筈じゃ……まぁこれについてはオリゾ様がいるから問題ないとして」

 ホノカの目が点になるが、誰からも意見は出ない。水の民は伝説の英雄に全幅の信頼を置いているといえば聞こえはいいが、悪く言えば自分達でどうにかするつもりはないらしい。ルロウは続ける。

「問題は今後迫りくる火の国からの侵略にどう手を打つべきかじゃ。誰か意見のあるものはおらぬか?」

 真っ先に手を挙げたのはロエゴだ。彼は立ち上がって一同の視線を集めると、大きく咳払いをした。

「我らにはヘイセンの誓いがある。これがある以上、攻め入るわけには行きますまい」

「そうねぇ。私達じゃ攻められても、皆で結界を張るくらいしか出来ないんじゃないの? 守る力しか許されていないんだし」

 座ったままでロズベが同調し、それから皆難しい顔で考え込み、どのシュギイーも言葉を発しなかった。ただホノカだけがリベアからヘイセンの誓いについて説明を受けるばかりだ。するとその様子を映すレザンの瞳が大きく開いた。

「待て、だったらオリゾ様はどうなる? オリゾ様は火の国の戦士達よりずっと強いじゃないか。守る力にしては強すぎないか?」

 視線がホノカに集まる。しかしそれも数刻のことで、シュギイー達は互いを見回しながら意見を求めた。そして最初の発言はまたしてもロエゴからだ。

「確かに、力としては強すぎる。しかし、ようは使い方の問題であって、守るためだけに使えば問題にはなるまい」

「守るためって言ったって、一体どこまでが“守る”なんだ? その線引きをしっかりしておかないと、俺達は自分から誓いを破ることになりますよ」

「ちょっと待ちなさい。オリゾ様は水の民ではないのよ? ヘイセンの誓いは水の民にしか共有されてないんだから、オリゾ様は関係ないんじゃないかしら」

 議論はたちまち過熱した。侵略という脅威にどう立ち向かうかなどこれまで議題にならなかった分、難航が避けられないのは当然のことだった。

「そうは言ってもシュギイー・ロズベ。向こうは確実にオリゾ様をこっちの戦力と認識するぜ?」

「オリゾ様を私達が持つモノやチカラみたいに言っているけど、オリゾ様だって意思があるのよ? 彼の意思を大事にすべきじゃないかしら」

「彼の意思って、これは水の民全員の問題なんだからさぁ!」

「だからこそ、彼はこの話とは何の関係もないわ」

 二人の視線がぶつかり合って火花を散らす。凄まじい剣幕に気圧されるホノカは、ふと目をやった入り口に人影を認めた。同時にルロウが飛び跳ねる。

「ラガモ殿、いい所に来てくださった! 今は例の侵略に際して、ヘイセンの誓いとオリゾ様について話しておるんじゃが、ラガモ殿の意見を聞かせてもらいたい」

 ラガモはずっしりとした足取りで机に近づく。前髪の変わりにつるっとした頭を持ち、室内でなければ日の光をよく照り返しそうだ。わずかに皺のある丸い顔からは気難しさを漂わせている。不機嫌そうな表情だが、これが彼の素の表情だ。

「侵略な。侵略……ヘイセンの誓いがあれば、そんなことはないだろうと思っていた。どんな野蛮な相手でも、我らがこの素晴らしい誓いを持ち平和を愛すると知っていれば、武器ではなく我らの肩に手を伸ばすだろうと皆信じておった。侵略の朝が来るまではな。しかし所詮、それが自分達の都合のいい想像でしかないことを思い知った。もしオリゾ様がいなければ今頃どうなっていたかは考えるまでもない。水の民が遵守するヘイセンの誓い。それがなくとも戦う術を知らぬ我らには、オリゾ様の力を頼るより他にはないだろう」

 ラガモの言葉にロエゴが満足げに頷くが、レザンとロズベは納得しかねた様子で顔をしかめる。オリゾの存在なくしては国を守ることはできないというのはシュギイーの間で共通しているが、それまで国を守ってきた――と思っていたヘイセンの誓いとの兼ね合いについてはお互い一歩も譲らない。

 ホノカが口を出せる場面がない程に白熱した議論の結果、“本件について慎重な議論が必要であり今後も議論を重ねていく”というひとまずの結論が出る頃には日が暮れていた。

「いつもあんな感じなの?」帰り道でホノカが問う。

「いえ、普段ならすんなりと進んで、長くてもお昼までには終わるんだけど……ごめんね。お腹空いたよね?」

「いやいや、あまり動いてないからそんなに空いてないよ」

 リベアの申し訳なさそうな声に手を振って答えるホノカだが、彼のお腹が正直にも大きな音を鳴らすと二人は一緒に吹き出した。


 翌朝、朝食を済ませたホノカは一人、昨日同様会議へ参加するべく変わらない軒並みの街道を歩いていた。三日目ともあって彼の足取りは確かで、初日のように誰かの案内を必要とする様子は、少なくともこの大きな通りでは見られない。  

 少し歩くと二人の男がホノカを抜き去った。いずれも真四角に切り出された青い石を頭の上に浮かべており、よく見るとそれは彼らの張った結界の上に乗っていることがわかる。すぐ近くの家の前で止まると、一人が膝の高さほどに新たな結界を生み出して段差を作り、あっという間に屋根へと上った。

「便利なもんだなぁ」

 男達の作業を横目に歩き、唯一の目印である原始の水瓶が見えてくる頃になると、彼は水瓶のもとで上を見上げるライバの姿を認めた。

「やあ、一昨日ぶりだね。何やってんの?」

「ん、ホノカじゃん。今日はお守はいねぇんだな」

 遠慮のない物言いは子どもの特権だ。警戒していないと同時に敬意も持っていないことの表れともいえる。ホノカは苦笑いを浮かべ小さな頭をワシワシと撫でるが、すぐに振り払われてしまった。

「リベアは料理当番が回ってきたとかで出て行ったから今日は一人なんだよ」

「ふぅん。ご苦労なこった」

「で、何してたんだ?」

 問いかけにライバがそっぽを向いた。その反応にホノカの方眉だけ上がるが、少年の視線を追って首を回すともとの表情に戻った。彼は瓶を見ている。

「この瓶がどうかしたか?」

「べっつに。でっけぇなと思って見てただけだよ。他の街のはもっと小さいのにさ」

 つまらなさそうに言うライバだが、ホノカの目は丸くなる。巨大な水瓶はココナティによる祭壇や他の村との通信を助けているが、ここまで大きい必要はないとライバは言うのだ。

「他の街の瓶ねぇ。なんで大きさが違うんだ?」

「知らね。知識の祭壇で調べりゃいいんじゃねぇの?」

 当然ココナティを持たないホノカが知識の祭壇にアクセスできないことを知ってのセリフだ。少年が退屈そうに近くの家に入っていくのを見届けると、ホノカは人差し指の付け根を唇の下に当てながら議事堂へと向かった。

 その日もまた、結論らしい結論は出なかった。口を出す機会がないところも昨日と同じで、違うといえばロズベの距離が近かったことくらいだ。日が暮れてルロウ達が夕日の下へと出て行く中、ホノカも議事堂から出ようと立ち上がったところで、レザンが彼の肩を叩いた。

「何です?」

「そろそろ漁に出てた奴らが戻ってくる頃なんですよ。オリゾ様も疲れたでしょう。どうです、一緒に一杯やりませんか?」

 いいんですか!?――まごうことなき歓喜の声を上げる彼だが、その顔はすぐさま悩ましげに曇る。少しの沈黙があった後、ホノカは不思議そうなレザンの顔を見直した。

「でも帰らないとリベアが心配し――」

「よぉーレザン! 今日は目一杯飲むぞぅ!」

 言葉をかき消したのは議事堂の入り口に立つ大柄な民の陽気な声だ。汗のせいなのかサイズが合っていないのか、厚手の服が筋肉にぴっちり張り付いている。片手に掴んだ小さなタルの上には泡が乗っており、その赤ら顔に髭を作っている。しかし何と言っても視線を外さずにいられないのはその前髪だ。色こそ他の民と同じく水色ではあるが爆発したようにもじゃもじゃになっている。歳はレザンより少し上に見えた。

「ロイジ! まだ始めてもないのにそんなに酔って大丈夫か?」

「だーいじょうぶだ! 問題ない!」

 言いつつ片手のタルを呷る彼の足取りはどっしりとしており、まっすぐにレザンの方へ歩み寄ると、顔を中心とした全身で美味しさを表した。

「くーっ! やっぱ体動かした後のエリーは沁みるわぁ! おっ? あんたはオリゾさまでないかい? 飲み比べしようや飲み比べ! よーし負けないぞーぅ」

 完全に出来上がっているロイジにホノカが圧倒されている間にも、漁から帰ってきた男達が次々とやって来ては適当に座り、抱えたタルを呷っては笑い始める。無垢な空気に静寂と激論が踊る議事堂は、あっという間に酒の匂い漂う賑やかな宴会場へと姿を変えた。 

「それにしても随分機嫌がいいじゃねぇかロイジ。そんなに大漁だったのか?」

「おーうそうかそうか聞きたいかーうーん! そうなの! めっちゃでっけえやつ捕まえたんだよ。水瓶にも入りきらねぇ程でさぁ。見せてやりたかったなぁー俺の勇姿。銛を奴の目に突き刺してぇ、えいっ! ええいっ!」

 ロイジの演舞を眺める二人の手元にもひんやりとしたタルが回ってくる。上蓋を取ると真っ白な泡が吹きこぼれ、果物の爽やかな香りが鼻をくすぐる。初めはおずおずと口にしたホノカだったが、飛び込んだ風味と柔らかい口当たりに驚き、渇いた喉と空いたお腹が欲しがるのもあわせて一口で飲み干してしまった。

「大した飲みっぷりじゃねぇか! こりゃあ負けてられねぇな。おーい! 誰かタル持ってきてタル!」

 笑いながらロイジはタルを二つ受け取って蓋を開け、大きく口を開け二つ同時に注ぎ込んだ。しかしほとんど端からこぼれ、彼の足元をびしょびしょに濡らしている。

「どうだぁーハッハッハッハッハ!」

 囃したてる男達によってホノカとロイジの飲み比べ、もといこぼし比べが始められたが、飲まされる中でもホノカはまったく酔いを感じなかった。このエリーと呼ばれた飲料は見た目はビールに似て、香りや味は果実酒のそれだが、アルコールはほとんど入っていない。人間にとってはジュースも同然だが、水の民にとっては羽目を外す程に酔える唯一の酒だ。

 お互いに十数杯はタルを傾けたが、決着は着かなかった。注目の的だった飲み比べはいつの間にか他の喚声に飲まれ、自然消滅したためだ。議事堂は数え切れないほどの男でごったがえし、あちこちで笑い声が響く。酒盛りが始まって三十分と経っていないが、既に幸せそうな顔でよだれを垂らしながら地面に頬ずりをしている姿もある。ホノカが指差すが、レザンは放っておいて構わんという風に首を振った。

「オリゾ様はさぁ、あのケル追い返したそうじゃないの」

 ロイジはホノカの肩に腕を置き、ニタニタと笑いながら喋る。ケルとはリゼエの還元後に襲いかかってきたあの四足の獣のことだとレザンが説明を加える間、その話題に興味を持ったのか何人かがホノカの周りに集まった。皆一様に顔が赤い。

「でもねぇ? 俺だってケルの一匹や二匹ぐらい追い返したことあるんだよぉ。なんなら十匹や二十匹まとめて放り投げてぇ、森の中に返してやったのよ。そこでついたあだ名がぁ、凄腕のロイジってゆーわけよ!」

「おめぇそれ自称だし、ケル前にして目ん玉ひん剥いて一目散に逃げてったじゃねぇか」

 なんだぁこのぉ! ――外野の野次に怒鳴るロイジだが、決まりが悪くなったのかタルを探すフリをしながらそそくさと離れていく。邪魔者がいなくなったと見るや男達は酔いに任せて目の前の伝説に多くを尋ねるが、その態度は決して英雄相手のものではなかった。

「そういやぁオリゾ様はどうやってこっちに来たんですっけねぇ」

 背の低い男が尋ね、ホノカが答える。しかし彼らには“タンクローリー”がどういうものかいまいちピンと来ていない様だ。そのうち酔っ払い達の知ったかぶりの議論が続き、彼らの間でタンクローリーは十対の足を持つ馬鹿でかい石の青虫へと姿を変えた。

「おーい聞いてくれぇ! オリゾ様昔でっけぇ青虫にぶん投げられたんだってよぉ!」

 どっと笑いが起こるが、男達が言葉の意味を理解しているようには見えない。酔いとその場の賑やかさに理性を預けて思いっきり羽目を外しているだけだ。どんちゃん騒ぎを前に苦笑いを浮かべつつ、ホノカは思い当たったような顔をしてレザンの肩を叩いた。

「そういえば、どうやったら元の世界に帰れるんでしょうかね? 何か知りませんか?」

 レザンを含め周囲の男達はポカンとした顔でホノカを見るが、ホノカが戸惑いの声を漏らすとやがて一際大きく笑い出した。

「はっはっはオリゾ様! 冗談言っちゃいけねぇ。途中で帰られちゃ伝説と違うよ」

「そうそう! もうオリゾ様もだいぶ酔ってますなぁ!」

「またでっけぇ青虫に投げられりゃいいんじゃねぇのー」

 男達の笑いに混ざるホノカの笑い声はぎこちないものだったが、酒が進むうちにホノカの顔も緩み、レザンや他の男達と自然に笑いあった。酔いつぶれて突っ伏す男が十を越えた頃、彼はまた一つタルを飲み干すとキョロキョロと辺りを見回し、やけに身体の線が細い影を見つけて眼を凝らした。その影がまっすぐにホノカの方へと近づくにつれて彼の目が開き、頬の赤みが消え失せていく。やがて部屋の明かりが影の正体を露わにすると、ホノカは片手に持っていたタルを落とした。

「や、やあリベア」

「帰りが遅いと思ったら、こんなところで飲んでたんですね」

 ホノカは引きつった笑みを浮かべながら目で男達に助けを求めるが彼らは我関せずとその場を去り、レザンでさえも口を噤む。男達を圧倒する彼女は他には目もくれず、ただ軽蔑するように冷たくホノカを見下ろしていた。

「これには理由が」

「ほら、もう帰りますよ」

 それだけ言うとリベアは外へと歩きだした。慌てて追いかける姿は英雄も形無しだ。議事堂を出て追い付いたところで弁明を重ねるが、リベアは聞く耳を持たず歩くペースを緩めない。シュンとした顔でただ彼女の後に続くようになってようやく、彼はリベアの肩がわずかに震えていることに気が付いた。

「ごめん! そんな泣くほど心配かけてたなんて、本当にごめん!」

 正面に回りこむが、彼女は口を押さえてそっぽを向く。ホノカの顔が一層蒼くなると、ぷはっと彼女の口から空気が漏れた。肩の震えは笑いを堪えてのことだったのだ。そうとわかったホノカの顔に血色が戻ると、二人は隣同士で歩きだした。

 通りは既に日が沈み、二人の行く先に見える大きな影が原始の水瓶であると判別するには民家の間口二つ分まで近づく必要があった。そこを通り過ぎる間、ホノカは水瓶の表面を手のひらでなぞる。不意に今朝ライバが入って言った民家を振り返ったが、程なくして帰り道に向き直った。

「どうしたの?」

「いや、今朝ライバが言ってたことが気になって……他の街にある水瓶はあんなに大きくないって聞いたからさ」

 彼女が人差し指を顎に当て、少し目線を上にする。考えるような仕草でしばらく反応がないのは、知識の祭壇にその情報が入っていないためだ。

「言われてみれば……まあここが一番知識の祭壇も生命の滝壺も近いし、本当にただの目印みたいなものだと思うよ」

「目印かぁ。でも水の民のルールによると、民は均衡を保つんだろう? マヤツミだけ水瓶が大きいなんて、なんだかおかしくないか?」

 確かに――リベアの表情が難しくなり、再び考える仕草を取る。祭壇を通して皆に聞いてみようかと尋ね、そこまでしなくてもいいといった会話は家に帰ってなお続き、結局どうするか決まらないまま二人とも話し疲れて眠ってしまった。


 それから二週間の間、ホノカは水の民の暮らしを送った。議会に顔を出し、子供達と遊び、還元の儀式に付き添った。襲撃は一度もなく、やがてシュギイーの議題にも上がらなくなっていった。水の国は古くからある、あるべき姿の日常を取り戻したと言っていいだろう。楽園のような世界で満喫とまではいかないが、彼の顔色はこの世界に来る前よりもずっと好くなっていた。

 ある日ホノカとリベアはロズベの家を訪ねた。彼を出迎えた彼女は破顔したが、もう一人にはたちまち鋭い視線をぶつける。さあどうぞ、とねっとりとした声で促すロズベに、ホノカはいや、と小さく手を振った。

「ここでいいです。それよりロズベさん言ってましたよね。最初に会った時、いいものを見せてくれるって」

「やぁねぇ、ロズベでいいわよ。それにしてもオリゾ様、ちゃんと覚えてくださってたのね。嬉しいわぁ」

 喜ぶその所作は少女のようで、彼女があと十数歳若ければ可愛らしくも見えただろう。あるいは見るに耐えうる程度かもしれないが、それでも十分ましだ。

 ロズベは家を出て二人を引き連れると、海とは反対側に進んだ。やがて青い住宅街を抜け林の坂道を登る。彼女の足取りは軽く、スキップに近い。木の根や岩のせいで決して歩きやすい道ではないが、それでも水の民はなんでもないと言わんばかりにペースを落とさない。ホノカの額にじわりと汗が吹き出した頃、ようやく林の出口が見えてくる。

「もうすぐですよ。オリゾ様」

 林を抜けたホノカの顔に、驚きと感動が宿る。その瞳には、黄色や赤や桃色といった色とりどりの花畑がずらりと広がっていた。爽やかな風が運ぶ芳しい香りに彼の口は感嘆のうなり声をこぼす。

「ここは私達が育てている花畑なの。どーお?」

「いやぁ、すごいですね。こんな……」

 言いながら花畑の手前にしゃがみこんで目を凝らすホノカ。その一つ一つは、彼が今まで見たことのない形をしていた。と言ってもホノカは花の知識に詳しいわけでもないので、ロズベにどの花が好みかと聞かれても“アレ”と指差すしかできなかった。

「あの赤い、蝶みたいな花びらの花。まだパッとしか見てないですけど、綺麗ですね」

「あれはクロリスって言うのよ。ちょうど満開の時期でよかったわぁ。クロリスはね、咲いて数週間すると、茎から離れた花が飛んでいくのよ。花びらを羽みたいにしてね……オリゾ様には是非見て欲しかったの。私達が育んできた平和の象徴を」

 一望では収まりきらない花々の大地を眺め、三人は側に腰を落とした。一輪一輪が思い思いに揺れている筈だが、花畑全体が揺らめいているようにも見える。空は青く、いくつかの小さな雲がのんびり泳ぐ。

「クロリス、でしたっけ」

 静けさに飛び入ったホノカの声に、ロズベが即座に反応する。

「ええ。名前通り、かわいい花でしょう? まるでわた――」

「そうですね……どうしてクロリスっていう名前なんです?」

 ロズべがキョトンとし、久しぶりにホノカの顔から血の気が引いた。民の生活に馴染んだように見えても、まだまだ彼の知らない常識は山のようにある。名前に理由なんてあるのという問いにホノカはまず深呼吸をすると、自身の名前について話しはじめた。

「僕の名前、ホノカっていう名前は、昔嫌いだったんですけどね。女の子みたいで。でもこの名前には、“やわらかい仄かな光に包まれながら育ち、ゆくゆくは俺自身が誰かの仄かな光になれるように”って。要は優しい人間に育ってほしいって、両親なりに考えた理由があったんです。それを聞いて、この名前も悪くないなって思えたんですよ……人にしても物にしても、名前には何かしらの理由や思いが込められる。僕のいた世界ではそうだったんです」

 興味深そうに眉を動かし頷いていたロズべは身体の向きを変え、ホノカの顔が見えるように両手で頬杖をつきつつうつ伏せになった。その目は自然と上目遣いになるが、当のホノカはまっすぐ花畑を見つめている。

「確かにオリゾ様の“ホノカ”っていう名前は、聞いていてなんだか落ち着くわぁ。私達にはそういうのないから、ちょっと羨ましいわねぇ……もし――私の名前に意味があるとしたら、どんな意味を持つかしら」

 人差し指の付け根を唇の下に当て、それが下されるのには十数秒しか経っていない。一歩ずつ確かめるような声が進み出る。

「薔薇の、花びら。俺の世界じゃバラの花は男性が好きな女性にプレゼントする、愛を象徴する花なんですよ。その花びらなら、女性らしいおしとやかな感じがしますかね」

 上品に笑いながら顔を伏せるロズべだが、その顔が紅いのは耳を見ても明らかだ。二人の様子をしげしげと見ていたリベアはこれ以上は引けないと言うかのように、ずいと彼の腕を取った。ホノカの首が回る。

「わたっ、私のはどうです? ホノ……オリゾ様」

 先程と同じく彼は人差し指の付け根を唇の下に当てるが、その腕は中々動かない。姿勢を崩さないまま、

「リベア……ベア……クマ?」と呟いた。

「クマ? それはどんな花なんですか?」

「花じゃないよ。動物の名前。大きな体は茶色い毛皮で覆われているんだ。生で見たことはないけどね」

 言葉の途中でリベアの顔が紅くなり始めたが、ロズべが紅くなった理由とは別だ。見るからに不快といった顔を酌んだのか、耳が丸いよと慌ててホノカが付け加えるも、拗ねた紅い顔はぷいとそっぽを向いた。

 リベアの機嫌は夜まで直らなかった。野蛮な獣に関連付けられた年頃の女の子の怒りや悲しみは推して知るべし。追い出されていないだけ彼は幸運とも言えなくもないが、結局これも痴話喧嘩の一つに過ぎない。

「それより、最近寝るのが遅いみたいだけど、大丈夫か?」

「ホノカには関係ないでしょ」

 夕食の空気はいつになくさばさばとして、時おり訪れる沈黙が料理から色味を奪っていく。味気ない夕食までに何度かホノカは謝ったが、まだ許しを貰うに至っていない。プレートの常連であるポテトサラダの甘みも、今の彼には味わう余裕などなかった。

 晩はいつものようにホノカが先に床に着いた。そして目覚めると、テーブルの上には二人分の朝食、そしてリベアの姿があった。ホノカに声をかける彼女はいつもと変わらぬ様子で、昨日はごめんという言葉にも朗らかに返した。


 それからまた日は過ぎて、ホノカが水の国に来てちょうど一ヶ月が経った。彼はすっかり民の生活に馴染み、文化の違いに驚くことも減っていった。それは変わった文化に慣れてしまったというのもあるが、もともとホノカの住んでいた世界と変わらない点が多かったということもある。レザンやロイジ達と漁に出て、ライバ達と遊び、ロエゴやロズベに文化の違いを話し、ルロウとエリーを酌み交わした。彼は今新天地で、環境も身体も、そして心も平穏無事に過ごしていた。

 この日彼は、林を抜けた花畑に呼ばれていた。朝の漁を終えた彼が住宅街へ入ると、水瓶のところでライバとすれ違った。彼は声をかけようとしたが、わき目もふらず駆け抜けていく少年。その手に持った二本のオールがたちまち遠ざかると、ホノカも林の奥へと急いだ。

 水で汗を流しながら抜けた林の先、一面に広がる花畑の前で彼を待っていたのは、リベアだった。近くの木を背に、隣に座るよう促されホノカが腰を落とすと、彼女が口を開く。

「この花畑は昔、荒れた土地だったの。草なんか子供よりも高くて、長い根っこやツタが絡み合った、見るもおぞましいような場所でね」

 信じられないやと感嘆の声を漏らすホノカに、彼女は寂しそうに笑いながら、

「ここを開拓しようってなった時、真っ先に手を挙げたのが、私のお父さんだった。普通なら皆が誰かを選んで決めるものなんだけど……それからお父さんと一緒にお母さんも私も、他の皆も力を尽くして整地を進めたの。でもあの日、突然の嵐に襲われて」

 饒舌だった彼女の声が不意に途切れる。ホノカも言葉の先を読んだのか口を横に結び、目も伏している。

「お父さんが、私とお母さんを逃がしてくれた。他の皆も助けるから先に行けって。それで林の中を走ってて」

 ホノカがすすり泣くリベアをそっと抱き寄せ、もう言わなくていいと首を横に振るも、彼女は嗚咽交じりに続けた。

「途中でケルに襲われて、お母さんは私を、庇って」

 細い両手が彼女の顔を覆う。大きな手が彼女の頭をやさしく撫でると、彼女は涙をぬぐい、苦い思いを隠すように笑みを浮かべた。

「だからこの花畑は、お父さんやお母さん、それに皆の弔いの場所なの。還元に至れなかった民達が、ここに縛り付けられてしまった魂が少しでも安らぐようにって」

「それで花畑を作ったわけか」

 リベアが小さく返事をすると、二人はしばらく自然の音を楽しんだ。穏やかな風は鼻歌を歌いながら、色とりどりの花や青々とした葉の枝を撫でる。加わった小鳥達のハーモニーが、二人の空へ響き渡る。包み込むような暖かい日差しさえ、聞こえずとも声を震わせているようだ。

 二人の側に一羽の白い鳥が降り立つ。水場が無いにもかかわらずその体は水鳥のそれで、住処からわざわざ飛んできたことが窺える。鳥はそっと座り、自然が織りなすオーケストラの鑑賞に加わった。

「白鳥……」

 鳥に目をやるホノカがぽつりと呟いた。

「ハクチョウ?」

「ああ、そこの鳥、俺のいた世界でも見たことがある。……厳密には違うんだろうけど、綺麗な鳥だよな」

「ふうん……確かに。こっちではアークって呼んでる。普通は水面の穏やかな湖から出ない筈なんだけど、この子はよくここに来るの」

 言いながらリベアが白く艶やかな毛並みを撫でると、アークは目を細めて頭を彼女の方へ傾けた。豊かな自然の中で動物と日向ぼっこする彼女は、さながら森に住む聖女だ。

「綺麗だ」

「ええ」

 二人と一羽は自然の鑑賞を再開した。煌びやかな景色は大きな変化を見せないが、どの顔にも退屈は見られない。ホノカが口を開いたのは再開から数十分も後のことだ。

「お父さんやお母さんはどんな人だったの?」

 リベアの人差し指が彼女の顎に触れる。

「お父さんは、皆を引っ張るのが好きだった。みんなから頼りにされて、よく笑ってて、命は大切にしろって口癖のように言ってた。お母さんは綺麗で優しくて、いつかお母さんみたいになりたいってずっと思ってた。だからお母さんの好きな編み物も身に着けたし、この貝の髪飾りもお母さんから貰ったのをずっとつけているの」

 マヤツミの街において、鮮やかな桃色が映える二枚貝の髪飾りを付けているのはリベアだけだ。個人的な持ち物は基本的に無い水の国だが、“身体はそれぞれで異なり統一のしようがない”ため転じて統一の必要がないという理由で、アクセサリーや髪形は各々で好きなものを選んで所有してよいことになっている。リベアの説明に彼は首を捻るばかりだが、彼女は青い前髪を揺らし、澄んだ目で遠くを見つめる。

「いつか私も“お母さん”になる日がくるのかなあ」

 夢見る少女の台詞に目を丸くしつつ、

「子供ってどうやって生まれてくるか知ってる?」

「勿論、還元の滝壺から生まれてくるのよ」

 とは水の民が子供たちに聞かせる話で、当然そうではない。誕生の仕組みは人間と同じであり知識の祭壇で調べればわかることなのだが、彼女は滝壺から生まれてくると信じて疑わないために今まで調べることもしてこなかったのだ。彼女が母となるにはまだまだ早い。

「ホノカのお父さんやお母さんは、どんな人だった?」

「普通だよ。父さんは銀行員で、母さんはレジ打ちで……」

 異界の言葉にきょとんとするリベアは、言葉の途切れに首を傾げた。

「どうしたの」

「……ずっと思ってたんだ。皆に元の世界のことを聞かれて言葉に詰まってる俺がさ、それは説明が難しいんじゃなくて、説明できるほど真剣に自分の世界を見てこなかったんじゃないかって。もっといろんなことに目を向けていればって思うよ。こうして自分の親のことさえまともに説明できないなんて、ただでさえ親不孝者だってのに……酷いよな」

 溜息混じりに言う彼の手に、リベアの手が重なった。彼女の顔がふるふると横に振られる。

「ありがとう。せめてこの世界くらいは、しっかりと目に焼き付けておくよ。ミナリに会った時に話せるようにね」

 リベアは聞きなれない名前を復唱すると、それは誰かと尋ねる。しかしホノカの言葉が詰まったのは、彼も意識しないうちに口にしていたためかもしれなかった。ホノカは元の世界で最後にできた友人の話を始める。一目じゃ男か女かわからない様な外見。子供のように高い声。いつも小難しいことを考えているかと思えば、何も考えていないときもあり、とにかく不思議な友達。そんな話を聞く彼女の顔は羨ましいのか妬ましいのかどこか複雑だ。

「それに、ミナリは命の恩人でもある」

 ショッピングモールでの一件を話すその声は、よく注意して聞かなければ震えているのはわからなかっただろう。リベアがそれに気づいたのは、その声がこの場に広がる音の調和から弾かれているのを敏感に感じ取ったためだ。

「命を助けてもらったって言うのに、それからの俺はまるで抜け殻だった。生きていたって仕方ないって……こんなんじゃミナリに申し訳ないってわかってるのに、思えば思うほど動けなかったんだ」

 もしも心が袋なら、裏返して細かな塵まで吐き出すのに似たホノカの懺悔。悔いた表情はリベアにも伝染し、複雑な顔から慈しむそれへとまとめた。尚もホノカは続ける。

「でもこっちに来て、全部変わったんだ。水の民の暮らしを知ることが、そのままこの世界を見ることだったからかもしれないけど、やっとミナリの分も生きていこうって気になったんだ。勿論リベアのおかげでもある。ありがとう」

「いや、私は何も……」

 謙虚に手を振る彼女だが、やがて小さな笑いをこぼすと遠い空を眺めた。

「同じだね。私も、お父さんやお母さんの分まで生きようって思ってる」

 リベアの声にホノカは一度答えて頷く。からっとした風が二人の頬を撫で、花を揺らして遊ぶ。

「だからできるだけ危ない場所にも行かないようにしてきた。お父さんがよく“命は大切にしろ”って言っていたけど、それは大げさでもなんでもないんだってわかったから……お父さんとお母さんの分まで長生きしようって決めたの。といっても、還元の六十までだけどね」

 最後だけ笑って言うリベアの頬は少し赤い。花畑へと目をやったホノカの頬も自然と上がる。

「それは違うよ」

 えっ――小さな声と共に花畑の赤がぶわりと動く。クロリスの花が茎から離れ、青い空へ染み出すように広がってゆく。慌てんぼうの夕焼け、あるいは空へと落ちる紅葉に目を見張りながらも、ホノカは小さな声に答えた。

「多分、違う。リベアがやってきたことは間違いじゃない。けど、お父さんが言いたかったのは――」

「オリゾ様!」

 林の奥から彼の言葉を遮ったのは、切迫した表情で二人に駆け寄るレザンの声だ。その後ろにはラガモが膝に手を付き肩で息をしている。あまりの慌てぶりにホノカの顔も引き締まった。彼は立ち上がると、男達を落ち着かせながら問う。

「何があったんですか」

「それが、知識の祭壇から黒煙が」

 たちまち青ざめる二つの顔。男達を見上げるリベアの表情がいち早く驚きから怯えへと移る。

「うそ……ココナティが使えない」


 遠ざかる足音。空に消えたクロリスの花。アークはすくっと立ち上がると、悲しげな眼で林に消えた。


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