ー襲撃受ける生命の滝壺ー
巨大な滝から生まれる爽やかな風が滝壺より引かれる川の流れに乗った。水流の左右には数えるほどの大きな岩が佇み、数え切れない小石の地面が広がっている。遠くに見える森から朝日が顔を出し、石の白さを徐々に明らかにする。
滝壺の周囲には数十人の人影が張りつめた表情で佇んでいる。後頭部から腰まで垂れた水色の部位は彼らが人間や他の生物と異なる種族であることを誇示しているが、その他の点においては人間と全く同じ外見をもっていた。彼らが身に着ける白地に波の模様が入った袖のない服。その裾は膝下まであって涼しげに揺れている。
滝壺の中から同じく長い後頭部を持つ老人が上がる。彼は皺だらけの顔で周囲を見回すと、細々と口を開いた。
「お集まりの皆様、お待たせいたしました。ルクシ様は無事、我ら水の民の命を司る“生命の滝壺”へとお帰りになられました」
その宣言に皆の顔が綻び、安堵の息が漏れる。彼らは水の民。平和と平等を信条とするこの世界の一種族だ。
「今年は還元を迎えるものが多い。これからも静かなる水面を保つよう努めましょう。荒波は破滅を呼ぶだけです」
老いた水の民は張りつめた顔を崩さずに言い聞かせ、この身亡き後の水の民の将来を見据えるかのように目を細めた。
「リゼエおじいちゃん! お疲れさま!」
群集の中から若い女が彼の下へと駆け寄る。桃色の二枚貝の髪飾りが水色の前髪によく映える。“リゼエおじいちゃん”と呼ばれた彼はようやく笑みを浮かべると、彼女の頭を撫でた。
「おお、リベア。ちゃんと良い子にしていたね」
「おじいちゃん。私もう十七よ? 子供じゃないんだから」
リベアはあどけなさの残る顔に頬を膨らませた。可愛い孫娘の元気な声に続いて、一同の笑い声が響く。まるで家族の絆に似た一体感。この穏やかな雰囲気が続けば、きっと彼らはいつまでも幸せに暮らしていける筈だ。
「さあ、帰ろう。皆が待っている」
リゼエが孫娘と共に水の民を引き連れ、滝壺を去ろうとした矢先、彼らに相対し立ちはだかる一人の騎士の姿があった。全身を覆う鎧の表面は岩をそのまま削り取って作られたかのようにゴツゴツとしており、赤黒いその色は血や溶岩を思わせる。右手には煮えたぎる憎しみを固めて作ったと言われても納得してしまいそうな禍々しさを感じさせる鈍い紅の槍。穂先から護拳の形状こそ他の槍に近しいが、持ち手の部分が両手で構えられるほどに長い。
二人に近づく騎士に踏まれた花は塵となって消え、わずかな水たまりはたちまち蒸発。決して水の民、ひいては水の国などと相容れる気はないという拒絶の念を具現化したような姿だ。その異様な光景にどよめきが起こるが、騎士がリゼエの前で立ち止まり跪くと、水の民は息を呑んだ。
「水の民の特長老リゼエ。お会いできて光栄です」
その声は地の底の亡者を彷彿とさせる程低いもので、周囲の水の民は足がすくみ、中には腰を抜かした者もいた。その中でリゼエはリベアを身の後ろに守りながら、毅然と騎士を見下ろしている。
「火の国の騎士よ。知らぬ筈はあるまい。ここは我らの聖域。ここに入ってくるということが何を意味するか」
「わかっておりますとも。水の民が生まれ、死んでいく場所。ここさえ潰してしまえば、我らの勝利は決まったも同然」
騎士はリゼエの言葉を遮ると重々しく立ち上がり、左の大岩に拳をぶつける。轟音の後に粉々になったそれを見て、水の民の中から気の抜けた悲鳴が上がった。
震える彼らの中から、一人の男が騎士に向かって声を上げる。
「お、お主! 我らにはヘイセンの誓いがあるのだぞ! 気高きヘイセンの誓いを破らせると、天罰が下るぞ!」
そうだそうだ!―― 一人の勇気に一同が声を揃えた。彼らの同調は眼に見えぬ圧力となって場の雰囲気を水の民のものへと変えかけたが、騎士は全く動じない。
「フン、ホコリの被った日和見で神頼みな和平のルールをまだ大事にしているとは、水の民はまったく進歩がありませんな」
その言葉に一同は押し黙る。鼻の穴を広げ歯を食いしばり眉を痙攣させる者。鋭い目で睨みながらも歯を鳴らし足を震わせる者。青ざめた顔でただ呆然と立ち尽くす者。水の民はそれぞれの表情を浮かべたが、その全てに共通してみられるのは目の前の脅威に対する恐れ。そして騎士に次の言葉を許す沈黙だ。
「戦いたくない、という貴方方の意思は尊重いたします。いずれにせよ、貴方方の選択肢は二つしかない。降伏か、さもなくば死か」
丁寧な口調だが、その声音は水の民を見下している。もっとも力の差は歴然であり、数十対一という今の構図を見ても、軍配は騎士に上がることは言うまでもない。その余裕なのか騎士はあくまで紳士的な態度を続けていた。
「我らが火の国は、歴史への敬意や異文化の尊重といったものはない。確かにその通りです。手当たり次第に奪い、糧にし、捨てる。それが火の国です。やがて水の国という過去が我が国の燃料となって、今という炎を煌めかせる。その様は一時的なものですがだからこそ美しい。その光を、家族と一緒に眺めてみたいとは思いませんか?」
視線がリゼエに集まる。見捨てないでと縋るような目。裏切るつもりかと凄むような目。兜の奥に鈍く光る一対の眼。その全ての視線を受けた彼は周囲を見回した後、皺だらけの顔を騎士に向け、眉間に皺を増やした。
「水の民は、均衡を重んずる」
静かな呟きは滝から生まれ続ける風に乗り、まっさらな空へと澄み渡る。水の民が固唾を呑んで見守る中、リゼエは続けた。
「水は高きから低きへ流れ、やがてなだらかな水面を作る。誰か一人だけ差が付くなど、あってはならないことだ。ワシが特長老という立場にいるのも、日々を懸命に生きる皆の意思によって決められたこと。ワシの言葉で運命が決まるというなら、ワシは皆の代表として、皆の総意として、お主の問いに答えよう」
つかの間の静寂が豪雨のような凄まじい滝の音を際立たせる。リゼエの声は決して大きくはないが、それでもはっきりとその場にいる全員に伝わっていた。不思議とリゼエの声を呑みこまないその様は、まるで生命の滝壺が彼の意思に呼応するかのようだ。
「どちらも選ばぬ。お主らに水の国は決して渡さん」
「笑止」
その瞬間を誰が気づくことが出来ただろうか。騎士の掌底がリゼエの腹部を突いたのはたった寸刻の出来事で、皆が気づいた時には老いたリゼエの身体は宙を舞っていた。
「貴方とその家族は丁重にもてなす準備を既に進めていたのですが……貴方がそうおっしゃるのなら、仕方がありませんね。リゼエ特長老」
狼狽える水の民。何人かがリゼエに駆け寄って声をかけるが、反応はない。リベアの悲痛な叫びが響く。
「おじいちゃん!」
「残念だったな水の民よ。君達が選んだ代表は“抵抗”を選んだ。降伏か死かについては、こちらで選ばせてもらおう」
騎士の口調の変化はこの場が交渉のテーブルではなく戦場へと変わったことを表していた。騎士の合図により、十数の戦士が現れ整列する。おどろおどろしく血なまぐさいその外観は戦に縁のなかった水の民を怖気付かせるには十分だ。戦士達が獲物に近づいていく中、騎士は青ざめた顔で祖父の身体に縋るリベアの腕を引くと、手前に倒れこんだ彼女の頭に槍の狙いを定めた。
「恨み言なら祖父に言え。あの世でな」
頭の理解が追い付いていないようなリベアの目には涙が浮かんでいる。彼女の見上げた先には鋭い槍と恐ろしい男。周囲に響くのは怯えた大人達に詰め寄る戦士の足音。彼女は歯をカチカチと鳴らし身を震わせ、この場から逃げようともがいた。しかしアリジゴクにかかったアリと同じく、いくらもがけど立ち上がることすらままならない。理不尽にも襲い来る突然の圧倒的脅威に直面した時、いかなる生物も逃げることは出来はしない。そして――今がその時だ。
「な、なんだ!? 何が起こっている!?」
騎士の口から狼狽の言葉が発せられるのと、リベアの瞳から涙が零れ頬を伝うのは同時だった。見上げた彼女の先で、騎士は既に彼女の向こう側、滝壺へと目を凝らしている。
当惑の表情でリベアが振り返った先では、滝壺の水面から発せられる眩い光が柱状に空へと伸びる荘厳な光景が広がっていた。その場にいる全員が圧倒され一様に言葉を失っているらしく、周囲に響くのは水音のみだ。
やがて光の中に人影が浮かび上がったかと思うと、滝壺の水が光の柱の内側を滝の水筋を裏切って勢いよく流れだす。空に散らばった水は雨を真似て降り注ぎリベア達の身体を濡らした。その様子はまるで巨大な噴水だ。
光の柱がわずかに太さを増したかと思うと、弾けるように光の壁が四方へと広がり溶け込む。目を見開く一同の視線の中心には、滝壺の水面に立つ青き甲冑の姿があった。
――オリゾ――
そう誰かが呟いたのは、水の民に伝わる古の戦士の名。その場にいる水の民誰もが幼き日に聞いた伝説の男の名。その名は目の前の甲冑と齟齬なくリンクする。
「何のこけおどしか知らないが、幻影で我らを惑わそうなど無駄なこと。我に使えし戦士達よ! あの幻影を蒸発させ、それに縋る愚かな民に絶望をくれてやれ!」
騎士の声に応じ戦士達は、弓や銃など各々が持つ飛び道具を構え躊躇なく甲冑へと撃ち込む。しかしその首一点をめがけて放たれた矢や銃弾は目標に触れるわずか手前で、滝壺から噴出する圧縮された極めて細い水流に撃ち抜かれて砕けた。その様子はあまりにも早く、一目には銃弾等が消滅したようにしか見えない。
一同の間にどよめきが広がったが、一歩下がったクシミアは押し黙る。彼は実力主義の火の国でも王直属の一兵団を率いる実力者。彼がそこまでのし上がれたのには、身体に加えて感覚を鍛え上げたことが一因だ。だからこそ目の前で何が起こったかを唯一理解出来た彼だけが呼吸を乱していた。
クシミア配下の戦士達が放った無数の軌跡は、その存在が幻影ではないことを証明した。ゆっくりと滝壺のほとりに降り立つ甲冑。両陣営に対照的な表情が浮かぶ。
「私が切り込む! お前達、援護しろっ!」
赤黒き槍を構え直すクシミアの合図を受け、戦士達がそれぞれの行動をとる。彼らの表情は自らの内側に芽生えた恐怖に強張りかけていたが、その俊敏な動きは流石王直属の兵といったところか。
まず襲い掛かるは無数の飛び道具。しかし先程と同じく滝壺から超圧縮された水流がそれらを打ち消していく。続いて巨大なブーメランが首を狙うが、甲冑はそれを捕まえると地面に叩きつけて粉砕した。一寸遅れて戦士の投げた煙幕が周囲を包む。その中でも走りこむクシミアの眼は伝説の戦士の姿を捉え、一寸のブレもない槍の一撃を食らわせる。
しかし、煙幕が晴れつつある中で皆が見た甲冑は、槍の柄をがしりと脇に抱え、クシミアの渾身の一撃を受け止めていた。
「ああっ!」
「バカな、クシミア様の突貫を止めるなんて」
起こりえないと思い込んでいたことを実際に目にした時の驚きはごく一瞬身体の制御を奪い、顔を歪める。例に漏れない戦士達だが、当のクシミアは抱えられた槍がびくとも動かせないことを確認すると、兜からわずかに覗く目だけで笑みを浮かべた。
「おしまいだ。時代遅れの伝説よ」
騎士は言い放ち、槍の長いグリップを握りしめて捻ると、護拳の部分からすっぽりと抜けた。それを目で確認しながら即座にクシミアが飛び退いたのと、残された穂先から護拳の部分が赤く熱を帯びわずかに膨らんだのは同時だった。直後に凄まじい爆発が生命の滝壺を震わせる。
「ハハハハハハハ――よく聞け! 哀れな水の民よ。貴様らに残された希望はたった今潰えた! 水の国の歴史はここから終焉を迎えるのだ!」
彼は万が一防がれたときの対応として、槍に仕掛けを施していた。それはいわば槍の形をした爆弾であり、グリップを引き抜けば間髪を置いて爆発する。どんな鋭い剣や厚い盾を構えた強靭な兵士であろうと、爆破の中心にあってはなす術もない。必殺の一撃を止めてやったといい気になって油断した敵に敗北を叩きつけるとっておきの隠し玉だ。
クシミアの興奮しきった声が黒煙に乗って空に昇り、少しずつ煤けた岩場が顕わになる。
「……っ! 化け物め」
薄まった煙の中に立つ人影を認め、彼はひとりごちた。クシミアの突貫を防いだ者は今日まで誰一人としていなかった。故にほんの少し前までクシミアの拳は打ち震えていたのだ。だが、眼前の甲冑は疲弊した様子はおろか、ヒビ一つ、汚れ一つついていない。
爆発をもろに受けながら尚も膝をつかないその姿は、敵対する戦士達の目を見開かせ言葉を奪った。それぞれ武器こそ構えるものの、余裕と自信に満ちた表情は既にない。凄まじい滝の音は彼らの中に在ったであろう、王直属の兵士というプライドと、鍛え上げてきた戦闘技術からくる自信、また紛争の多い火の国にあって今日まで生き延びてこられた中で、無意識の内に芽生えていた慢心の崩れる音を思わせる。しかしその中でも彼らは判断しなければならない。歴戦の戦士の連携も、これまで強さにおいて絶対的信頼を寄せていたクシミアの一撃さえも通用しない目の前の敵に回してしまった存在を、いかに対処すべきか。――あるいは、いかにこの場から逃げだすか。
「クシミア様、ここは一度引くべきかと」
いち早く答えを出した戦士が声を上げる。クシミアはわずかに逡巡したが、キッと目の前の化け物を睨みつけると、声を張り上げた。
「燃え尽きるにはまだ早い……転進だ! ヤツの注意は私が引こう!」
転進。別の攻撃目的地へと進路を変更すること。だが事実上の撤退であることは誰の目にも明らかだ。戦闘の知識に乏しく言葉の意味を知らない水の民も戦士達が逃げていく様子には安堵の表情を浮かべた。
仲間が一人、また一人と去っていく中でクシミアは甲冑へと歩み寄る。八つ当たりにも見えるその一歩一歩は岩に足跡が残るほど強く重い。“戦わない民族”を標榜する水の民。火の国の者からすれば負ける筈のない相手だ。故に転進という言葉で事実上の敗北を喫したクシミアの屈辱がこうして足跡として残されるのも無理はない。兜に隠れて表情は見えないが、その目には憎悪の光が渦巻いている。
彼は微動だにしない甲冑にあと数歩の所で立ち止まると、槍だったものを慣れた手つきで回し構えた。護拳から引き抜かれた部分は鋭く尖っており、十分武器として機能しうる作り。爆発で仕留め損ねた敵に止めを刺す、あるいは鎧のヒビを突くにちょうどよさげだが、目の前の化け物相手では頼りなく映る。それでも練度の高い兵士を出来うる限り失わずに逃がす時間を稼ぐには、ないよりはましと言えよう。
「気にいらないな。生まれついての伝説とは。何の努力もなく我らの培ってきた力を軽々と上回る。そこにどんな苦難があろうと、我が力の犠牲になった者があろうと……アイツ同様、まったく気に入らない」
クシミアの口調は依然冷静を装うものだったが、その声は震えていた。
火の国の戦士達はあらかた滝壺付近から姿を消したが、だからといって自由になった水の民達には自らを助けてくれた甲冑を援護する術は持ち合わせていない。ただこれから繰り広げられる戦いを、誰もが固唾を呑んで見ていた。
「貴様らの存在は、私を……私達を否定する。だからこそ私は、貴様らを打ち破らなければならない。まずは貴様、次はあの“新参者”だ!」
叫びと共に槍の構えを崩さず敵へ突っ込むクシミア。甲冑が身をかわすと同時に体を翻し、槍の石突を叩きこむ。しかし石突が甲冑に触れた瞬間その先端が濁流に呑まれるように上へと滑り、甲冑の前に無防備な胴を晒してしまう。鎧を着ているとはいえ一撃を貰えばタダでは済まない。クシミアは槍先を地面に突き刺し、それを支えとして後方へと飛び退いた。
「くっ、やはり……今の装備じゃ力不足か」
「クシミア様! もう十分です。さぁ早く」
どこからともなくクシミアの下に、赤みがかった肌をもつ長身の女性が現れ撤退を促す。腰元まで伸びた髪は更に紅く、その身に纏う灰色に汚れた装束はかつてどこかの村で使われていた聖衣なのか儚げな美しさを見せ、他の無骨な戦士達の姿とは一線を画していた。彼女がクシミアに耳打ちすると彼は頷き、二人揃って水の民達の前から忽然と姿を消した。
しばらく警戒する水の民だが、その静寂は破られない。脅威が去ったとわかるや否や、彼らの注目は青き甲冑へと移る。
「なるほどな。伝え聞きたる伝説は、この日の事を指していたのか」
リゼエが腰を押さえながら立ち上がると、ずっと傍にいたリベアが抱き付いた。彼は目を腫らして泣く彼女や水の民に“大丈夫だ”と言い聞かせながら、目の前の甲冑に目をやる。
戦いが終わり飾り物のごとく立ち尽くしていた伝説の戦士は、突然彼らの目の前で倒れた。まるで木が倒れるように直立の姿勢を保ったまま砂利の上に体をぶつける様子に民が駆け寄る。すると彼らの目の前で甲冑が戦士の体の内側へと滲み込んで消えてゆき、甲冑を纏っていた正体が露わになった。
「これは……!」
一人の男が声を上げるが、驚くのも無理はない。横たわる者は色や形といった大まかな見た目こそ彼ら水の民に近いが、後頭部から伸びる水色の部位がなく、かわりに黒い髪がびっしりと生えていたのだ。伝承どおりのその姿にリベアは目を見開いて口を押さえる。リゼエが戦士の身体を仰向けにして声をかけるが、反応はない。
「嘘だろ、死んじまったのか?」
「いや、この者の身体の中に水の流れを感じる……ひとまず街まで運ぼう。我らと違う種族のようだが、我らの恩人であることに疑いはない」
リゼエの声に頷くと男達は手際よく男の身体を抱えて歩きだし、他の者も後に続く。列になった彼らの一番後にリゼエが付き、滝が遠くに見える所で振り返ると呪文を唱えた。
「おじいちゃん! 早く帰ろう。はぐれちゃうよ?」
呼びかけるリベアの声は快活だがどこか震えている。繋いだ手もその命の温もりを確かめるかのように握りしめている。無理もない。水の民が誰も経験したことのない武力による争いに、殺されるかもしれないという危険に初めて晒されたのだ。これでまだ平静を保とうとするその姿をリゼエが顔をくしゃくしゃにして抱きしめると、二人の口から嗚咽が漏れた。