ーマヤツミ海岸の決闘ー
水平線に日が沈み、海岸が篝火に照らされる。水の国、マヤツミの街に住む水の民は一人の男を取り囲み、口々に罵声を浴びせている。
薄暗い夜空にパンと拍手が響き、民は静まり返る。大人ほどの高さがある木製の台の人物、特長老ルロウは、目下で手を後ろに縛られ身動きをとれずにいるロイジを一瞥すると悲しげに眉をひそめた。
「ルロウさん! 待ってくれよ! 俺ぁ奴らに騙されて」
とにかく話を聞いてくれと懇願するロイジは鎖に繋がれながらも牙を剥かんとする獣のようで、しかしルロウは構わず話し始めた。
「ロイジよ。お主の記憶を改めさせてもらった。お主が火の国からの侵略者に情報を与えたというのは、本当のようじゃな」
「だから、俺は相手が火の国の奴だなんて知らなかったんだ! 許してくれよぉ!」
クシミア達が生命の滝壺を襲撃する前日、ロイジが森の中で出会った“声”に知っていることを話したことが露呈したのは、ホノカが旅立って四十日ほど経った頃だった。それを知った民は怒りに震え、ロイジを裏切り者として追放するべきだと声をそろえる。この騒動に目を瞑っては民の平和が守られなくなると考えたルロウはこうして一同を海岸の、街を出てすぐのところへ集めて議論を行うことにしたのだった。
「じゃが、お主の情報が奴らに有為に働いた。これが事実じゃ」
“そうだそうだ!”民が声を上げる。その中にロイジを弁護するものは一句たりとてない。中には“殺せ”と物騒な言葉を飛ばす者もいる。再びルロウが手を叩くまで、その罵声は続いた。
「ワシとしては許してやりたいが、この様子ではマヤツミで生きていくには厳しかろう。シュギイー・ロエゴ。小船の準備は」
「既にできております」
答えるロエゴの面長の顔は白さを増したように青ざめている。ロイジのことを知った時の彼自身、顔を真っ赤にして怒っていたが、同じように怒り狂う目の前の民の変貌ぶりに衝撃を受けているようだ。
「そうか。皆の衆! 道を開けよ!」
特長老の合図で取り囲む民はロイジに一つの道を用意する。先で待つのは寄せては返す波を、古びた舳先で裂くぼろい小船だ。
「なんだよ……あんまりじゃねぇか! 同じ立場になってみろ! お前らだって全部話してたに決まってらぁ!」
ロイジが声を荒げて悪態をつくが、それに真っ向から相手する民はいない。皆冷ややかな侮蔑の目で、あるいは哀れみの目で見下している。視線に耐えられなくなったかロイジは地面を一度乱暴に踏みつけると、とぼとぼと小船に向かった。
「ほれ、次を出せ」
ルロウの呼びかけに、民の群れの中から男達がリベアとライバを引き連れる。二人とも後ろに手を縛られている上に口に布を噛まされている。二人はロイジがいたところまで運ばれると、口の布を外されて咳き込んだ。
「皆の衆。この二人をどうするか判断を仰ぎたい。と言っても事情を知らぬ者もおるじゃろうて、まずは説明せねばのぅ」
黒い顎鬚をいじり、勿体つけて咳払いをする。ネズミをいたぶるネコのような性悪さだが、それに気づく民は二人だけだ。
「この二人は――」
「裏切り者だ」
言葉を遮ったのは糾弾される立場にあるライバだ。その言葉にルロウも言葉を失い、民達の間にどよめきが広がる。
「見ちまったんだろ。原始の水瓶の中。オリゾがいなかったんだろ。そうさ。俺は四十日間皆を騙して、オリゾがいる風に振舞ってきた――って、気づくのがおっせぇーよ! 四十日だぞ!? とっくにオリゾ様は火の国に行っちまっただろーぜ! 残念だったなジジィ!」
原始の水瓶にオリゾがいないことがわかったのはその日の昼間のことだ。レザンやライバはルロウをできるだけ水瓶から遠ざけるよう動いていたが、不自然に思ったルロウはロズベに様子を見に行くよう頼んだ。そして当然中には何もなく、こうして議題として上がっている。ルロウとしては穏便にことを済ませたかったのかもしれないが、ライバの態度に流石の彼も怒りの表情が浮き出てくる。
「お主、自分が何をしでかしたのかわかっておるのか!」
険しい剣幕で問いただすも、ライバは開き直ってなお一歩も退こうとしない。口論を始めた二人に、興奮状態の民は思い思いに野次を飛ばす。そんな中でリベアの口が小さく言葉を発していることには誰も気づかない。
「レザンは何者かに襲われて気を失っておるが、それをやったのも」
「そうだよ! ボケた頭でよくわかったな」
嘘だ。この日レザンは一日中ルロウに付きっきりで、ライバには会っていない。
「そーいえば、なんで水瓶の中には“何もなかった”んだろうなぁ!? 神が海底からさらった水で満たされているんじゃなかったのかよ!」
一際大きなライバの声に、ルロウの顔が引きつり民の間にもさらなる動揺が走る。この瓶とその中の水のおかげで知識共有範囲の拡大がなされ、行き来の出来ない街同士でも意思の疎通が可能となっているというのに、中は空だと言うのだ。ロズベが肯定するや否や、空ならば他の街との知識共有ができるのはおかしいと説明を求める声がルロウへと流れ込む。
「こらこら、今はあやつらの処遇について話すときじゃ! 静粛にせい!」
しかし嵐の中の奔流はちょっとやそっとで止められるものではない。それはライバも同じで、レザンを襲ったことでの非難とそれに対する罵声が飛び交う。
「平等だの平和だの言って、このザマかよ」
小船に乗ったロイジは遠くの喧騒を眺めてぼやくが、彼の声に応えるのは波の音だけだ。しょぼくれた顔で俯いて深い溜息をつき、やがて小船を海に出そうと立ち上がる。誰も腕を縛る縄を解かなかったため、足で小船を押し出すしか方法はなく、彼は船尾を何度か蹴って足の指を角にぶつけてのた打ち回った。けれども、そんな彼に気が付く民はあの喧騒の中にはいない。
やっとの思いで小船を押し出し、乗り込もうとしたのも束の間、小さな船底に海水が入り込んでいることに気づく。嘘だろと呟いて飛び乗ると、あっという間に小船は波打ち際で底を付いてしまった。彼は呆気に取られて体を倒し、次第に湧き上がる怒りのままに水面を蹴り上げる。
「くそっ、何で俺がこんなこと……くそっ! くそっ!」
「大丈夫か? ほら、しっかりしろ」
黒い影が手を伸ばし、ロイジは顔を引きつらせて仰け反る。しかしその正体がレザンだと分かると、目と口を大きく開けながら声もなくただ固まった。
「お前にしか頼めないことがある。ついてきてくれ」
レザンは手際よくロイジの両腕の縄を解くと、身を屈めて波打ち際を駆け出した。ロイジは驚いた顔のまま、言われるがまま後に続く。二人分の足跡も足音も全て波が呑み込んでいく。程なくして二人が足を止めたのは、特長老ルロウが立つ台のはるか後方だった。
「おい、何するつもりだよ! てかお前体の具合はいいのかよ」
声を潜めるロイジを振り返り、レザンは頼もしい笑みを浮かべる。
「それならこの通りだ。それよりちょっと耳貸せ」
レザンの耳打ちにロイジの顔は薄暗い夜の中でもわかるほどみるみる蒼ざめる。全て聞き終えたロイジは冷や汗を垂らしながら、レザンの肩を掴んで小刻みに首を振る。
「まずいよ。そんなことしたら追放どころか晒し首だよ」
「じゃあヒトリで海の中彷徨ってるか皆で晒し首になるか選ぶんだな」
体を伏せ匍匐前進を始めたレザンに、ロイジは口の中で文句を消化しながら続いた。姿は夜の闇に紛れ、音は民の喧騒が隠し、二人は順調にルロウの声がはっきり聞こえるところまで辿りつく。
「準備はいいな?」
「よかないけど、やるんだろ」
レザンは頷き、自身とロイジを包むように結界を張る。台の上ではルロウが小さな体で子供のように杖を振り回し喚いている。ああなっては特長老も形無しだ。
『黙ってアッシの言うことを聞いとれこの愚かモノ共が!』
その声は機械で増幅されたように大きく、音の波がルロウを中心に広がる。それは紫の稲妻のように目に見えて、声を上げていた民はその雷に触れた者から次々に倒れていった。
「今だ!」
レザンの合図と共にロイジはルロウを結界で包み込み宙へと浮かび上がらせる。そしてさらにその上から不思議な模様が走る厚い結界が包み込む。ルロウは慌てふためくまま空中の結界に閉じ込められた。
「やったな。いくぞ」
二人とも結界を維持したまま、倒れた民達を踏まぬよう気をつけてライバ達と合流する。こちらの二人もまた同じ方法でルロウの動きを封じていたのだ。
「クソッ、貴様ら、特長老に歯向かうなど、水の民失格じゃ!」
水の民は均衡を重んずる。特長老はあくまで代表、言うなれば世話役であって、指導者ではない。そんなことは知識の祭壇にアクセスすればすぐにわかることだ。しかしルロウは民の意見を意のままに操る暴君へと変わってしまった。
「ルロウ。答えなさい。さっき皆に何をしたの」
レザンによって腕の縄を解かれたリベアは結界を詠唱から指の動きに切り替え、腕を突き出してすばやく模様を描きながら問う。模様は結界の表面で可視化し曲面を流れ、その強度を増していく。
「貴様と同じ、新しい術を覚えただけじゃよ。敵に情報を売った裏切り者を自白させ、オリゾ様を逃がした犯罪者を気絶させられる。便利なものじゃのう」
捕らえられているというのに、にっこりと笑みを浮かべるルロウは顎鬚をいじりながら四人を見下している。
「できればオリゾ様にも使ってみたかったが、奴はここを去った。我らを守る使命を捨てた! 伝説など嘘だった! 奴は戦士でもなんでもない!」
開き直って笑いながら声を荒げるルロウの変貌ぶりに四人は戸惑い、怒りを滲ませる。レザンは食って掛かろうとするライバやロイジを留め、前に出て尋ねた。
「なんでオリゾ様を目の仇にするんですか」
「本当に愚かな奴らじゃ……まだ気づかぬのか?」
老いた眼に哀れみの色が浮かぶ。球状の中で杖をゆるりと回しながら、やれやれと首を振った。
「大昔の伝説が今になって現実に起こる。本来なら逆ではないか? 英雄の活躍があって伝説が作られるのが筋ってもんじゃろ。……我らは伝説を繰り返しているだけにすぎないのじゃ」
「伝説の、繰り返し?」
「これは特長老のみに引き継がれる情報じゃ。知らぬのも無理もないが、我らは遥か昔からとても長い周期でオリゾを目覚めさせ続けていたのじゃ」
彼の言葉は、暗に水の民はオリゾを目覚めさせるために生まれ繁栄してきたことを意味している。“そんなこと信じられるか”とロイジが突っぱねるが、その視線は“嘘に決まっているよな?”と問うようにレザンへ流れた。しかし答えが返ってくるはずもない。
「わけわかんねぇよ。何言ってんだ」
ライバも言葉を飛ばすが、ルロウは気にも留めずに、四人を見下したまま杖を回し続ける。
「リゼエは繰り返しからの脱却を求めた。だからこそ奴のお守に貴様を指名したのじゃ」
リベアの指がほんの一瞬止まる。それと同時にルロウを封じる結界の表面を走っていた無数の模様が消えるが、すぐさま新しい模様が生まれて走る。
「奴をここで飼い殺しにすることで伝説の進行を止め、その間に伝説のループを絶つ手を打つ。英雄とはいえ若い男女だ。特別な感情も生まれよう。そして、リゼエの狙い通り貴様らは絆を深め合った。が、それが裏目に出てしまったらしいのう。貴様は奴を思うあまりやつを逃がした」
独り言のように視線を遠くへやりながらもどことなく責めるような口ぶりのルロウをキッと睨み、リベアは指を動かし続ける。
「すべて、皆のためを思ってのことじゃった。周りを見ろ。貴様らが余計なことをせずアッシの言うことをきいていれば、こんなことにはならなかったじゃろう」
「おめぇがやったことだろうがジジィ!」
「この常闇の力を使わせた貴様らにも、責任があるということじゃて」
ルロウの回していた杖が皺だらけの手元を離れる。それはするりと結界を抜け、台の上へと落ちた。ルロウにとってはほんの一瞬、例えば落ちる杖に注目を集めているちょっとした時間さえあれば、模様の薄い結界を次の瞬間のように粉々に砕くことなど造作もないことなのだ。
四人は唖然とし、老体ながら見事に台の上へ着地する特長老に眼を見張った。ルロウが杖を拾いつつ一度手をかざせば、その先にいたロイジが後ろへ弾き飛ばされる。明らかに水の民の力ではない何かが働いている。
「皆が原始の水瓶だと思い込んでいたあの壷。今にして思えば、あそこに捕えたのが間違いじゃったわい」
台へと飛び乗ったリベアは拳と脚に結界を張りルロウに挑む。ホノカが旅立ってから、彼女も自分にできることと信じ鍛錬を積んできたのだ。
「なんと野蛮な。もっとおしとやかにせねばモテぬぞ」
「興味ない相手からモテても仕方がないからねっ」
リベアの投げた石が、ルロウの張った結界にぶつかって粉々に砕ける。その間に距離を詰めたリベアが拳を繰り出すと、ルロウは後ろへ吹っ飛んだ。ルロウの結界を中和してなお崩れない結界のグローブ。その表面には無数の模様が水のように流れまわっている。
起き上がったルロウが台の上に這い上がり、土を払って手をかざす。リベアはその直線上から身をそらし、再び距離を詰めんと駆け出す。
「大したものじゃ。アッシの味方につかないのが残念でならんよ。アッシのために働くと言うなら、今からでも遅くないぞ?」
「私は、自分のために生きる!」
リベアの拳を杖で受けてみせるルロウだが、絶え間なく繰り出される打撃に防戦を強いられる。
「そんな自分勝手が許されるものか。破滅の道だ。アッシのように水の民の皆のことを思いやるべきじゃ」
「違うわ。他人を慮っているフリをして、あなたは自分の欲求を満たすことしかしていない。他人を利用してる貴方こそ自分勝手よ」
リベアの猛攻を杖でかわすルロウも次第に息が上がり、足元の守りが甘くなる。それを見計らったかのようにリベアは脚払いをかけるが、彼女の足は空を切った。
「ほっほ! 特長老を舐めるでないぞ」
杖を支えに飛び上がったルロウは足元に結界を浮かせ、魔法の絨毯のようにその上に立って勝ち誇る。しかし結界を足場にしているのはルロウだけではなかった。
「こっちだぜ!」
頭上から響く声を見上げたルロウの顔がライトグリーンに染まる。結界の足場を作りルロウのさらに上に陣取っていたライバが立て続けに緑の球を落とし、相手の視界を奪いながら自らも飛び降りる。咄嗟に頭上にも結界を張るルロウは急いで目元を拭ったが、その頃には既にレザンの拳が迫っていた。
ズドン、上下の結界の中から音が響く。それは打撃音でも勿論銃声でもなく、今まで耳にした事がないような、それでいて溢れる力が惨劇を生んだとわかる重い音。レザンの拳はわずかに届かず、ルロウの右手から溢れる黒い蛇のような煙がレザンの身体を押しとどめている。やがてレザンは力なく倒れ、結界をすり抜けて台の上へと落ちる。
リベアが駆け寄って声を掛けるも、彼は生気の抜けた瞳を晒すばかりだ。さらに頭上からライバの声が響く。彼女の仰ぎ見た先でルロウの頭上に張られていた結界が、ライバを包むような箱型に形を変えていた。
「小娘が手を煩わせおって。大人しくしないとこやつの命はないぞ? ん?」
ライバを包む結界が徐々に狭まり、彼は窮屈そうに体を丸める。練度の差かライバの結界の力ではルロウの結界を破れず、結界はなおも縮まろうと少年の体を締め付ける。
リベアは奥歯をかみ締めルロウを睨みつけながら、手脚に纏っていた結界を解いた。するとライバを縛る結界もほんの少し緩くなる。
「それで良い。さて、言うことを聞いてもらうとしよう」
俺のことは気にするなとライバが叫ぶが、かつて両親を亡くしたリベアに自分以外の犠牲を払うのは難しい。台の上へと降り立ったルロウに彼女ができることといえば、視線で射殺せるほどの敵意を向けることくらいだ。
「そう怖い顔をするでない。さて、伝説では、“終焉を前に命を賭して打ち消す”とあったのう。それはつまり、奴が終焉を前に逃げ出してしまえば、奴はオリゾではなくなるということじゃ。言わば“死を持って英雄になる”ということかのう」
「何をさせるつもりなの?」
杖をつき海を眺めるルロウはニヤッと笑った。
「なあに、奴には手におえない程の終焉を我が手で起こす。その、ちょっとした手伝いじゃよ」
振り返ってルロウが指差す街の方から、かつてホノカを閉じ込めていた大きな水瓶が結界によって運ばれてくる。ひとりでに動く巨大な水瓶は禍々しい重圧を放ちながら、やがて伏した民達の上で制止した。
「ライバの言うとおり、これは原始の水瓶ではない。水の民が誤った時、全てを洗い流す津波を起こすための物じゃ。“終焉の水瓶”と言ってもいいかもしれんのう。ところで、水の民が誤った時、その全てを洗い流すことができるというのなら、火の国の全ても同じく洗い流すことができる。そう思わぬか?」
彼の至極穏やかな口調にリベアは息を呑む。彼はまったく軽い気持ちで、家の周りを少し散歩しようかとでも言うように、火の国を滅ぼそうと言っている。
「ヘイセンの誓い破ってるじゃねーか!」
ライバの声に顔を上げると、ルロウは少年を囲む結界ごと街へ飛ばした。
「平和な水の国を攻めるという、誤った行いをした火の国への罰じゃ。我々が攻め入るわけではない。不幸な自然災害なのじゃ……コホン。起動には優秀な力を持った水の民が必要でな。貴様にはその鍵になってもらうとしよう」
左手に杖をつきながらリベアの前に立ち、手には黒い煙を沸き立たせるルロウはカカカカと無邪気に笑った。水瓶を支える結界を揺らし、逆らえば民が犠牲になるぞと暗に脅している。
「荒波を立てず静かな水面を保つのが、水の民ではなかったの?」
「然り。だが流れぬ水はやがて腐る。我らは、新しい段階へ流れていく必要があるのじゃよ」
押し黙ってうつむくリベア。そして何かを決心したように前を見据え水瓶へと歩を進める。生ぬるい風と共に小さなルロウの横を過ぎて立ち止まり――ヴォウン。彼女の回し蹴りが風を切ってルロウに炸裂する。その老体が宙を舞う様を見ることもなく瓶の下に結界を張り、民が潰されるのを防いだ。
「さあ、もう終わりに――」
「そうじゃ。終わりにしよう」
振り返った彼女の眼前に漂う黒い蛇のような煙は瞬く間にリベアの口から中へと入り、彼女は抵抗する間もなく意思を失った。糸の切れた操り人形のようにペタンと膝が折れ、座り込んでぼんやりとした目でルロウを見上げる。
「さて、火の国につくまで……その常闇の中で大人しくしていなさい」
リベアの身体はゆらりと立って振り返り、底部が血に汚れた水瓶を見つめ、言われるがまま結界の段差を作って瓶の中へと飛び込んだ。




