対抗戦対策会議(前)
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魔導士の失踪事件が解決してから三週間。スコットが出向から戻ってきて、〈資料室〉は平穏――勤務の半分が自由時間という日常を取り戻した。
みんなが待ち望むカーニバルへの関心もあるけど、その二日後から始まる対抗戦のことで、今は頭がいっぱいだ。なぜなら、ストロングホールドで出会ったトレイシーと試合をする約束をかわしたからだ。
ベレスフォード卿が推進する河川整備計画に、反対の意思を表明してもらうことが交換条件なので、約束は反故にできない。
人前で戦う以上、無様な試合はできないし、今後協力していくトレイシーの期待にも応えなければならない。さらに言えば、前回のように魔法無効化に頼る事態もさけなければならない。
そんなわけで、自然で常識的な魔法の技をみがくため、鍛錬を始めてみたものの、重大な問題が発覚した。
終業までの自由時間に、相談があるとスコットとケイトに持ちかけ、以前魔法の特訓をした〈資料室〉の裏手へ移動した。まず、トレイシーと試合をする話を打ち明けた。
「トレイシー・ダベンポートって言ったら、辺境守備隊でも一、二を争う人だぞ」
「えっ……?」
スコットの話を聞いて、思わず絶句した。本題へ入らないうちに、問題がさらに深刻となった。
「ただ、辺境守備隊は例の事件で有名な人がごっそりいなくなったから、城塞守備隊の上位陣とくらべると実力的に見劣りするけどな」
例の事件は、五年前に〈樹海〉で起きた戦闘のことを指しているのだろう。その時、辺境守備隊の精鋭部隊が全滅に追い込まれた。
「確かその方、去年の序列が九位だったと思います。誰かが『辺境守備隊のトップが九位かあ』と残念そうに話されていたのをおぼえています。
でも、九って言ったらひと桁ですよ。両手の指で表現できる数ですよ。どうして、そんな方との試合を引き受けたんですか?」
ケイトが詰問する調子で言った。ほんの出来心というか、目の前のエサにつられたというか。まちがった判断だとは思っていない。
「確か、あの人は『水』と『氷』の組み合わせだったな。つまり、ジェネラル戦を見すえた肩慣らしってところか」
「そこまで考えてなかったけど……」
「ウォルターは本気でジェネラルをめざしているんですね。何だか、スゴく遠い存在に感じてきました」
「そういうことか。その人に『風』オンリーでどう対抗するか、俺に聞きたいってわけだな。あらゆる組み合わせと死闘をくり広げた、この『風』のエキスパートにどんと任せろ。これに関したら、俺の右に出る者はいない」
「耳を貸してはいけません。好き好んでやる人が誰もいないだけですよ!」
話が切りだしにくい。重大な問題とは魔法の連携のことだ。独学で取り組み始めたものの、やり方が根本的にまちがっているのか、全くできなかった。
「実は魔法の連携を教えてもらおうと思ったんだ」
「その話をどうして俺に聞こうと思った?」
「確かにお門違いというか、人選ミスですよね」
そうはいっても、魔法のことを気がねなく相談できる相手はスコットしかいない。クレアだと話がこじれそうだし。
「スコットも魔法の連携ができないわけじゃないよね?」
「俺は悟りの境地にいたったから、どうも別属性の使い方が思いだせない」
魔法無効化はカモフラージュの方法を発見できないかぎり、封印しようと考えている。そもそも、自分自身に効果がおよぶのでフィニッシュに持ち込めない。
エーテルの濃度上昇による魔法強化は、距離を取った状態なら有効だ。ただ、相手が能力の有効範囲に入れば、こちらに牙をむく食わせものだ。まさに、あちらを立てればこちらが立たない。
だから、接近戦だけでも能力ぬきで戦うしかない。けれど、上位陣と互角に渡り合えるかは疑問符がつく。技術や経験の差がどうしても出てくるはずだ。
少しでもその差を埋めるため、二つの属性を連携させられるようになろうと考えたんだけど、スコットを甘く見ていたかもしれない。
まあ、トレイシーは実力者だから、『風』のみで戦えば、負けても言いわけが立つ。手をぬいたという非難もあびないだろうし、行きすぎた周囲の期待に、冷や水をあびせられるかもしれないな。
「難しいことではないです。私が代わりに教えます」
「悪あがきはよせ。付け焼き刃で試合に出るとケガするぞ。『風』一本にしぼり込んだほうがいい」
「私の指輪をお貸しします。今日から試合の日まで、みっちり練習しましょう。安心してください、この指輪は本物です」
ケイトがはずした指輪を僕の手のひらにおさめ、望みをたくすようにギュッと両手でにぎりしめた。
「まずは『火球』を出してみましょう」
差しだした右手の上に、全力の『火球』を発現させた。中心点へうずを巻くように収束させ、太陽のような高密度の球体を作り上げた。
「さすがです! このレベルなら、絶対に試合で通用しますよ!」
我ながら上出来だったけど、これが指輪のみの力なのか、〈悪戯〉の力を借りているのかわからない。一緒に重力操作でもすれば、はっきりするんだけど。
「ちっ」
「舌打ちしないでください」
スコットが不満げにしたそれを、ケイトが見とがめた。
「せっかくだから、五つの属性を残らず連携させてみるってのはどうだ?」
「無理難題を押しつけて邪魔しないでください。さっそくですが、『風』と『火』を連携させましょう。そうですね……、今見せた『火球』を『突風』であやつって、向こうの壁にぶつけるってのはどうでしょう」
「やってみる」
そう応じたものの、先日はそれができなかった。ただ、二つの指輪を使えば、状況が変わるかもしれない。
二十メートル近く離れた城壁にねらいを定める。控え目な『火球』を発現させ、それを押しだすイメージで、続けざまに『突風』を発動した。
すると、あさっての方向へ飛ばないよう手加減したのに、起こした『突風』は『火球』を軽々とかき消してしまった。
「吹き飛ばしちゃダメですよ!」
「あれあれ? どうした、ウォルター」
スコットが声をはずませた。原因がわからない。この前と全く同じだ。感覚的に言えば、二割程度の力で『突風』を発動した。これ以上の繊細なあつかいが必要なのだろうか。




