ゾンビアタック(後)
◇
二人はあっさり言ったけど、相手は人間とゾンビの境目にいるような存在。自ら手をくだすとなると相当の勇気がいる。
キースと思われる貴族型ゾンビは、あれから姿を見せていない。さっきまでは、あれだけ攻撃的だったにも関わらず、反撃された途端に姿をくらませた。
逃げ隠れするだけの知能を持ち、危険を回避しようとする理性もある。つまり、人間的な面が残っているということだ。
「ラッセルとギルは来ていないのか?」
「私は見てないわ」
「僕達も見てません」
「あいつらにも知らせたほうがいいな。よし、なるべく単独行動はさけよう。二人とも合流するぞ」
◇
全員で広場へ戻った。その近くですぐにラッセル、ギルと合流できた。二人は貴族型ゾンビと遭遇しておらず、依然として行方知れずだ。
「魔法が使えない彼女はあぶない。近くの村まで避難させたほうがいい」
ギルの提案で、コートニーを近くの村に避難させることになった。彼女を一人にするのは不安だけど、自分でさえ身の危険を感じるぐらいだから、これ以上は巻き込めない。
近くの村までは僕が送りとどけ、そこからは村人にストロングホールドまで送ってもらう手はずとなった。
体の接触による『分析』――詳細情報の確認は行えていないけど、相手が相手だし、パトリックもそこまで求めていないと思う。
「村の入口までは私も一緒に行こう」
「ラッセル。お前も無理しなくていいぞ」
「何を言っているんだ。私は戻ってくるよ」
ラッセルの返答に、なぜかトレイシーは眉をひそめた。
「何かあったら、スージーに連絡してください」
「わかった」
歩きながら耳打ちすると、コートニーがうなずきながら答えた。
彼女の態度というか、僕を見る目が心持ち変わった気がする。これまでは後輩の面倒を見るような感じがあったけど、今はだいぶ頼ってくれるようになった。
「ウォルターは時間までに戻ってこられる?」
「適当な理由をつけて、早めに帰ってきます」
それが悩みの種だ。住人のいないこの村では、当然時の鐘が聞こえてこないので、正確な時刻がわからない。
日の高さから推測すると、午後二時くらいだろうか。まだあせる時間ではないけど、のん気なことをしていると、草むらをベッドにして眠る事態になりかねない。
村の入口に立つ、朽ちかけた木造の門が見えてきた。確か、馬はあの近くにつないでおいたはずだ。
その時、後ろを歩いていたはずのラッセルが、いなくなっているのに気づいた。
「……あれ?」
不思議に思って、後方を見回していると、突然コートニーにそでを強く引っぱられた。
見開かれた彼女の瞳が恐怖にそまっていく。その瞳がとらえたのは、民家の脇にひそむように立つ、あの貴族型ゾンビだった。
◆
ウォルターらの数歩後ろを歩いていたラッセル――の体を新たな『器』としたネクロが、ふいに足を止めた。
足音を立てずにソっと道をはずれると、民家の塀に身を隠す。そして、その場にしゃがみ込み、目をつむってから、ほくそ笑んだ。
ネクロの能力の名は〈死霊魔術〉。それは自身の呼び名の由来ともなった。その名が示すように、死者となった人間――ゾンビを意のままにあやつれる能力だ。
ネクロは入口付近にひそませたキース――先ほど乗り捨てたゾンビの直接操作に取りかかった。前を進むウォルター達が、ジャックしたゾンビの視界に入り込む。先に気づいたのはコートニーだ。
ゾンビに右手をかまえさせ、攻撃態勢に入った。距離の制限や、自身が行動不能におちいる欠点があるものの、まるで自分の体のように、思うがままにあやつることができる。
「こんなところに……!」
コートニーをかばうように、ウォルターが前に立ちはだかる。始めから、ネクロのねらいはウォルターの能力を見きわめること。それは願ってもない展開だった。
(さあ、さっき使った能力を見せてみろ)
ところが、直後に予想外の出来事が起きた。
ほとばしった炎がウォルターの視界を瞬時にうめつくす。しかし、機転をきかせたウォルターは、すかさず魔法を無効化した。エーテルの消失によって、炎もまた、あたかも空間の一点に吸収されるように消失した。
ウォルターの目に再びゾンビの姿が映る。
ウォルターの打つ手はかぎられている。第二撃にそなえて、魔法無効化は維持しなければならない。こうなると、彼は無力同然。魔法を使えない、普通の人間に成り下がってしまう。
ゾンビとの間合いはおよそ五メートル。コートニーの盾となりながら、慎重に後ずさる。頼みの綱としたかったラッセルは姿を消したままだ。
「何だ、今のは。魔法が消えた……?」
不可解な現象を目の当たりにし、ネクロはいぶかしげにつぶやいた。正体はつかめなかったが、ウォルターが謎の能力を所持することは確信した。
もう一度確認しようと、次の攻撃に移ろうとした矢先、ネクロはさらなる異変に気づいた。
「おや、リンクが切れてる……?」
自身とゾンビの体をつなげていたリンク――直接操作のために必要不可欠なものが、自身の意志と関係のないところで、切断されていた。
ウォルターの反撃を受け、一瞬のうちにゾンビが始末されたと、ネクロは考えるしかなかった。
しかし、実際は違った。ネクロの制御をはずれたゾンビから理性が失われていく。どこにも焦点の合わない、生気のかけらもない瞳を、四方八方へめぐらせ始めた。
ウォルターがゾンビの異変に気づいた。
「逃げましょう」
ゾンビの隙をつき、コートニーの手を取って、広場方面へ走り出した。それを物陰から見送ったネクロは、遠回りをしてゾンビのもとへ向かった。
はたして、手駒たるゾンビは健在だった。
いまだかつて味わったことのない経験を前に、ネクロはただただ混乱した。足を引きずりながら右往左往するゾンビらしいゾンビを、口をポカンと開けて、見守ることしかできなかった。




