貴族型ゾンビ(後)
◇
〈悪戯〉さえあれば、全属性の魔法があやつれる。『雷』・『氷』・『水』の三つは、まだイマイチコツをつかめていないけど、ゾンビが相手なら『風』と『炎』の二つがあれば事足りる。
足止め役がいない難点はあるものの、一人二役で何とかやれるだろう。
ただ、魔法の発動は集中力を要求されるので、属性の変更にそれなりの時間を要する。反撃を防ぐには、派手に転倒させるぐらいの足止めが求められる。
それよりも、本当にあれがゾンビかどうかが問題だ。頭がおかしいのは確かだけど、ゾンビらしさはあるようでない。
コートニーの『分析』結果が出ているとはいえ、それだけの材料で相手を火だるまにするのは、躊躇がある。ここはクレアかトレイシーの判断をあおぐべきじゃないだろうか。
やはり、誰かをここに連れて来てもらうしかない。コートニーを安全に逃がす方法はないかと、不用意に辺りを見回していると、不覚にも見つかった。
こちらに向かって『炎弾』が撃ち放たれた。あわてて石塀に張りつくと、大小様々の『炎弾』が、絶え間なく脇を通りぬけていく。
男はねらいを定めることなく、デタラメに発動し続け、手加減している様子もない。まるで、魔法をおぼえ立ての子供がはしゃいでいるようだ。
もはや実力行使しかない。風の魔法なら、全力で放っても命を奪う心配はない。それは攻撃力が弱いことと同義だから、当然リスクは伴う。けれど、それしか時間をかせぐ道はない。
しかし、狂ったように『炎弾』を乱発しているため、飛び出すタイミングがない。まだ距離があるものの、着々と接近してきている。
魔法を無効化する考えが頭によぎるも、その時に飛びかかられたら万事休すだ。〈悪戯〉は接近戦で無力に等しい。
「裏から回り込みましょう」
石塀をつたって屋敷を半周した。そこから正面側をうかがうと、男はさっきまで僕らがいたところにいた。
このまま来た道を二人でかけ戻ることを思いつく。ただ、広場へ戻る道は、直線的で視界が開けている。
これでは魔法の餌食になりかねない。文学少女であるコートニーの足では、追いつかれる危険性もある。やはり、自分だけでもここに残って戦うしかないか。
ふいに振り向いた男と目が合った。牽制するように『炎弾』を放ちながら、男が追いかけてきた。
走ってる。完全に走ってる。しかも、結構速い。ゾンビって走れるものなの!?
「ねえ、聞いてた話と全然違うんだけど!」
「思い出しました! ゾンビには貴族型ゾンビというものがいるそうです!」
「その特徴は!」
「足が速いそうです!」
「きっとそれね!」
それからしばらく、屋敷の周囲で死にものぐるいの追いかけっこをした。
◆
ところ変わって、ストロングホールドの中央庁舎。
パトリックから『交信』で昼食に誘われ、ロイとスージーは街の散策を中断していた。
「ストロングホールドの街はどうでしたか?」
「まだ収穫はないですが、大変勉強になっています」
「ちょっと煙たかったですね」
工業の街といえど、商品はレイヴンズヒルに入ってきている。職人の技術レベルは工房に立ち入らなければ確認できず、また、それを判断する知識もない。
ロイは当初の計画を脇に置いて、途中から『小麦の新たな需要を掘り起こす方法』へ注力していた。
どういった食材が使われ、どんな料理が食べられているか。『食』に焦点をしぼって、市場や食堂を重点的に見て回った。
「ところで、ウォルター達はどうしていますか?」
「聞いてみますか? 一時間くらい前に廃村に着いたって連絡がありましたけど」
スージーは手にした乾パンを皿に置いて、『交信』の準備に入った。現在彼女は、ウォルター、コートニー、パトリックの三人とリンクを結んでいる。
『もしもし。今、何してますか? ……もしもし?』
『ごめんなさい。ちょっと今それどころじゃなくて』
コートニーの返事は早口で声に動揺が見える。普段の彼女からは想像もつかない様子で、緊迫した状況にあるのは明らかだ。
『何かあったんですか?』
『ちょうど今、ゾンビに追われてるところなの!』
「大変です! コートニーがゾンビに追われているみたいです!」
パトリックは携行食として支給された乾パンを、スープにひたしていたが、その手の動きをピタリと止めた。
「……ウォルターは一緒じゃないんですか?」
「わかりません」
「君のほうから連絡してあげたらどうだ?」
「そうですね」
スージーはハッとした様子を見せて、今度はウォルターに連絡を入れ始める。
『ウォルターですか? コートニーがゾンビに追われているそうです!』
『大丈夫! 自分も一緒に追われてるから!』
声を張り上げていたものの、ウォルターの声音と話しぶりには落ち着きがあった。スージーは胸をなで下ろして、ひと息ついた。
「大丈夫です。ウォルターも一緒みたいです」
「……ゾンビに追われていることに変わりはないんだよね?」
「まあ、ウォルターが一緒なら問題ないでしょう」
ただのゾンビが相手なら、ウォルター一人で造作もない。楽観的に答えたパトリックは、湿り気をおびた乾パンを口に運んだ。




