敵情視察(後)
◇
「侵入者うんたらかんたらと言ってたな」
「侵入者対策室じゃないですか。たぶん、部署の名前ですよ。学長から聞いたおぼえがあります」
食事を終えてひと息ついていると、ロイが取り上げた洋ナシを『梱包』し、手品さながらに消失させた。
「……持って帰るんですか?」
「おみやげだよ。この程度なら文句言われないだろ」
〈悪戯〉もだけど、ロイの能力はかなりの悪用ができそうだ。
「そういえば、僕の〈梱包〉は作業の自動化もできると書いてあっただろ? 昨日の夜に君が帰ってから実験したんだが、リンゴとナイフを『梱包』してから、皮をむく工程をイメージしてみたら、見事に皮のむけたリンゴが出てきたんだ」
「へぇー、そんな使い方もできるんですか」
「むしろ、そっちがこの能力の真骨頂なのかもしれないな」
便利とはいえ、『梱包』自体は荷物が軽くなって、手があくだけだ。そんなことができるなら、幅広く応用できて、様々な使い道がありそうだ。
そろそろ帰ろうかと思い始めた頃、ベレスフォード卿が食堂の前を通りすぎた。それにユニバーシティの制服を着た女性が続き、そのさらに後ろを歩く男を見て、反射的に身を隠した。
例のパトリックを敵視していた目つきのするどい男だ。こんなところで会うなんて。
「知り合いか?」
「はい。学長ともめている相手なんです」
顔を合わせると面倒なので、さっさと屋敷を出ることにした……んだけど、玄関から出るには、彼らがいる部屋の前を通らなければならないようだ。
部屋の扉は開いていて、そばで足を止めると中から話し声が聞こえる。それはベレスフォード卿と女性の声で、言い争うようなトーンだった。
「こっちももめているみたいだな。せっかくだから、盗み聞きしていくか?」
それには同意しなかった。ただ、目撃されるとマズいので、とりあえず、さっきまでいたサロンへ避難した。
「別の出口を探しましょうか?」
「聴力を上げられないのか。もしくは音が壁を通りぬけるようにさせたり」
ロイはあきらめていない。気乗りしなかったけど、実現できるかどうかは興味があった。戸口に張りついて、部屋からもれ出る声に意識を集中する。
「いいぞいいぞ、もっと音量を上げてくれ」
話し声が耳元でクリアに聞こえてきた。スマホを耳に当てているかのようで、時々、衣ずれの音まで耳に届いた。感覚がとぎすまされたのか、音が伝わりやすくなったのかは判別がつかない。
「元々、存在していたものを利用して何が悪いというんだ。第一、あの水路はそのために作られたものだろう」
「利用すること自体は悪くありません。ただ、身元の確かでない水夫が、ノーチェックで市街に入り込んで、荷揚げにまで関わっていることを問題視しているんです」
相当険悪な雰囲気だ。話の内容以前に、声の調子からしてケンカ腰だ。
「まあ、君ら〈雷の家系〉の人間の事情もわからなくはない」
「一族は関係ありません。今日は対策室の一員として足を運んだのです」
「君ら二人が〈雷の家系〉なのは偶然かね?」
「この男は勝手について来ただけです」
「そうです、俺は勝手について来ただけです。だから、どちらの肩も持ちませんから安心してください」
ようやく目つきのするどい男の声が聞こえた。なぜか第三者をきどっている。
「折衷案としましては、街の外でいったん積み荷を下ろして、陸路で運び入れるか、荷揚げ作業を全て市街の人間に担当してもらうかです」
「二度手間だ。ここまで荷物を運んできた水夫を、何もさせずに送り返すなど考えられない。人手が足りないのはこちらも同じ。水夫はきっちりこちらで管理している。身元不明の人間など雇っていない」
「水夫自身に問題がなくとも、〈侵入者〉が積み荷にまぎれ込んでいる可能性だって考えられます」
「それは陸路の場合でもさけられない問題だろう」
「陸路なら、検問所できびしいチェックが行えます」
「ならば、水路経由の場合も同様の検問を行えばいい」
「市街に入り込んでからの検問では意味がありません」
その後、両者の押し問答はしばらく続き、落としどころを見つけられないまま、物別れに終わった。問題は根深そうだ。街の出入りは自由にしてたけど、外から入ってくる人間にはきびしいのか。
棚ぼたでベレスフォード卿の弱みをにぎることができ、リスクを負った価値があった。さらに興味深かったのは、ニコラという女性が帰ってからの会話だ。
「対策室はあなたの身辺をかぎ回っていますよ」
「君は対策室の人間ではないのかね?」
「表向きはそうです。ですが、あいつらとは別に動いています」
「……何が目的だ」
「あなたは短期間で莫大な資産を築き上げた。はた目から見ても不自然です」
「新しい事業がたまたまうまくいっただけだよ。時流に乗ったというべきか」
「でも、必ずしも周囲はそう思っていない」
「何が言いたい」
「言いたいことはありません。強いて言えば、〈侵入者〉に会ってみたいんです」
「あいにく〈侵入者〉の知り合いなどいないよ」
しばらく沈黙が続き、遠くで扉がきしむ音が鳴りひびいた。
「まだ君は名を名乗っていなかったね」
「ヒューゴ・ブライトンと言います」
「ミスター・ブライトン。用が済んだのなら帰りたまえ」
◇
目つきのするどい男――ヒューゴの姿が見えなくなってから、僕らもこっそりと屋敷をぬけ出した。
「僕ら以外にも、ベレスフォード卿と対立する人間がいると確認できただけでも大収穫だ」
「アシュリーの件を見ても、やり口が強引ですから。敵を作るはずですよ」
「でも、各方面へケンカを売れるのは、それだけ力がある証拠だけどな」
結局、ヒューゴの目的は何だったのか。〈侵入者〉に会って何がしたいのか。そんなことを考えながら、屋敷前の通りをまがった――時だった。




