催眠テスト(後)
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「とにかく『樹海の魔女』について調べたいので協力してください」
「いやにこだわりますね」
「巫女につながる情報なら、どんなささいなものでも欲しいんです」
ウォルターの巫女に対する純真無垢なまでの執着。それはパトリックの目に異様に映った。
〈催眠術〉に似た能力がかけられているのではないか。そんな疑念が頭によぎった。その前提に立てば、ウォルターはトランスポーターが送り込んだ〈侵入者〉だ。
なぜ、〈催眠術〉と同種の能力者が〈外の世界〉にいるという考えがぬけ落ちていたのか。パトリックは自身のうかつさと、能力への過信にあきれ返った。
「中央広場事件と関わっているからですか?」
パトリックの非協力的な態度に業をにやし、ウォルターはなかばヤケになっていた。それを聞いたパトリックが苦笑をもらした。
「誰の入れ知恵ですか? それを教えてくださったら、そのことについて話しましょう。あくまで教えられる範囲内のことですが」
「名前は知らないんですけど、この間の会合で大声を上げた背の高い人です」
「わかりました。彼ですね」
パトリックはうんざりした様子で頭を振った。
「機密に該当する事件のため多くは語れません。しかし、大多数の人間が知る客観的な事実だけなら、お教えできます」
パトリックはそこで息を入れてから、こう続けた。
「あれは五年ほど前の出来事です。当時、我々は〈侵入者〉の一味とある交渉を推し進めていました。
もっぱら〈樹海〉において行われた交渉は最終的に決裂しました。そして、敵方と交戦する事態におちいり、護衛に同行した辺境守備隊の精鋭がほぼ全滅したのです。それも、なす術なく一方的にです」
ウォルターがゾッとする内容に息をのむ。この平和な国に似つかわしくない凄惨な内容に、これまで〈侵入者〉にいだいていたイメージが、瞬時にくつがえった。
「中央広場事件が起きたのはほとぼりが冷めた数週間後。元老院議長を皮切りに、計画の中心にいた重鎮達が相次いで暗殺されました。殺害の手口は軌を一にして電撃とナイフ。犯人と目されたのは辺境守備隊の長を務めていた男です。
ジェネラルに勝るとも劣らないと呼び声高かった彼は、〈樹海〉において戦死したと思われていました。しかし、このレイヴンズヒルに突如姿を現し、残忍な犯行におよんだ末に、再び行方をくらましたのです」
「例の男は学長がその友人を売り渡したと言っていました」
「これより先は機密のため、話すことはできません。しかし、私は彼を売り渡したつもりはありませんし、彼が犯人であったと確信しています」
パトリックは悲壮感をただよわせながら断言した。沈痛な面持ちには悔恨が見て取れ、その発言を疑う気持ちはウォルターに生まれてこなかった。
「以前話したトランスポーターは、〈侵入者〉を送り込む際に好んで〈樹海〉を用います。単に潜伏先として好都合なのか、それとも能力的な限界なのかは判断がつきかねます。
これは私の憶測にすぎませんが、おそらく『樹海の魔女』は〈侵入者〉が噂となって広まったものでしょう。〈侵入者〉はたかだか数カ月で〈外の世界〉へ帰還しますから、十数年前の目撃証言しか存在しないのが、それを裏づけています」
仮説には説得力があった。やっとつかんだ手がかりが根元から断ち切られ、また振り出しに戻ってしまい、ウォルターはため息まじりに肩を落とした。
「我々にとって、先の事件はあまりに衝撃的でした。敵が〈樹海〉の外へ出てこないのなら、あえてリスクをおかす必要はない。〈樹海〉および〈侵入者〉とは一切関係を持たない。それが事件後に出した我々の方針です。
そういうわけですから、『樹海の魔女』について調べるのは控えてください。あなたに表立った行動をされると、私の体面にも関わります」
「わかりました」
ウォルターは渋々ながら同意した。
ウォルターの疑念は解決を見た。けれど、パトリックのそれは別だ。話をしている最中、彼の頭に妙案がひらめいていた。思惑を気取られぬよう、つとめて平静をよそおい、こう切り出した。
「ウォルターは別の世界から来たと、以前言っていましたよね?」
「はい」
「その世界から他の方を連れて来られませんか? ウォルターの様な協力者が他にいてくれれば心強いですし、能力者ならば、なお幸いです」
「他の人をですか?」
ウォルターが渋い顔を見せる。自身がどういった手段でここへ来ているかもはっきりしない。この世界自体、自身の心の中に存在するものと考えていた。
なぜパトリックはこの話を持ちかけたのか。それはトランスポーターがかかえる能力的制限に関連している。トランスポーターが有する〈転送〉の能力では、この国へ同時に送り込める〈侵入者〉はたった一人だ。
厳密には、転送元への帰還を無視すれば、そのかぎりではないが、〈侵入者〉の立場になれば、それはこの国への永住を意味し、現実的な手段ではない。
この情報は以前拘束した〈侵入者〉から得られたものであり、これまで捕まえた〈侵入者〉が例外なく単独行動だったという傍証もある。それらは全て、〈転覆の国〉と〈外の世界〉の完全なる隔絶が原因だ。
仮にウォルターが〈侵入者〉ならば、新たな人物を連れてくるのは現実的でない。本人はまちがいなく躊躇するだろう。パトリックの思惑はそこにあった。
「無理かもしれませんけど、試してみます」
ところが、ウォルターからは前向きな発言が返ってきた。パトリックは質問への反応で、正体を見きわめるつもりだっただけに、肩すかしを食らった。
「何か当てがあるんですか?」
「当てというほどでもないんですけど、とにかく試してみますよ」
目をキョトンとさせたパトリックとは対照的に、ウォルターは楽天的だった。
(部屋のベッドで寝れば、誰でもこっちに来れたりしないだろうか)
ウォルターの頭にあったのは自身のベッドが異世界の入口という短絡的な発想だ。パトリックの発言を受けて、それを検証したいと考え始めていた。




